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フレンド

作者: 栖坂月

この作品は夏ホラー2009用に書かれたものですが、夏ホラーとは何の関係もありません。

ぶっちゃけホラーですらありません。

夏の爽やかな笑いを、貴方に(キラッ☆)


 貴方の隣で笑っている人は本当に友人ですか?

 貴方を思いやり、親切にしてくれる人が本当に友人ですか?

 これは、そんなお話です。



 二人の高校生が、住宅街の一角を並んで歩いている。

 どちらも男子、しかもどちらも垢抜けていない。普通、標準、どこにでもいる――そんな形容をするしかない二人だ。せいぜい、片方はマジメ、もう片方はオタクっぽい、という程度の個性が見えるくらいだろうか。

 天の中ほどにいる太陽は、激しく照りつけるでもなく、さりとて家路を急いで赤く染まるでもなく、午後のティータイムを楽しんでいるかのように柔らかな笑顔を浮かべていた。

 この時刻に下校している彼らは、言うまでもなく帰宅部である。

 むろん、凡庸な彼らに青春の汗など無縁の代物だ。

「……珍しいな」

 マジメな方が、いかにもな眼鏡を押し上げながら呟きを漏らす。

「お前が、学校を出てから一度もしゃべらないなんて」

 そんな言葉を受けて、オタクは足を止めた。それまで俯かせていた顔が上がり、陽光を反射した彼らしい眼鏡がキラリと光る。

 あ、どっちも眼鏡だから描写しなくて良かったかも。

 まぁいいか。眼鏡&眼鏡も需要があるだろ。

「実は昨日、大変なことがあってな……」

 盛大な溜め息を吐きながら歩みを再開する。それは落ち込んでいるというより、何かを恐れているような、嫌悪を抱く何者かから逃げているかのような、そんな風にマジメの目には映った。

「何だよ、大変なことって?」

 再び横に並ぶまで待ってから、話を促す。

「……そうだな。今後のためにも、聞いてもらった方がいいのかもしれん」

「今後?」

「そう、今後のために、だ」

 オタクは大きく頷き、表情を引き締めた。それは何かを決意した顔だ。いつもはモニターを見てヘラヘラしている彼が、この時ばかりはおとこに見える。

「ずいぶん大きく出たな。何があったんだ?」

 その態度に興味が湧いたのか、マジメが話に乗ってきた。

「実は、オレは以前から一冊、探していた本があったんだが……」

「本?」

「あぁ、ちょっとマイナーなジャンルだったから、なかなか扱っているところがなくてな。それを詳しい奴に相談したら、街外れの本屋にならあるかもしれないと言われてよ。昨日そこに行ってきたんだ」

「街外れって、どこの本屋だ?」

 二人とも地元の人間だ。隅々まで把握しているとまで断言は出来ないものの、コンビニや本屋のような身近な場所の情報なら知っていて当然である。

「北の外れ、国道の向こう側だ」

「は? あんなとこに本屋なんてあったのか?」

「知らないのも無理はない。オレも知ったのは友人に聞いた時だったからな。正直言って、アレは本屋と呼ぶべきかどうか微妙な場所だな。教えてくれた奴の言を借りれば、異界と称すべき場所なのかもしれん。まぁ、オレにとっては楽園でもあったが」

「どんな場所だよ……」

 とりあえず、まともな場所でないことは間違いない。

「とにかく聞いてくれ。それは本当にあった、身の毛もよだつ体験だったんだ」

 視界を上げて青い光を浴び、オタクは目蓋を閉じる。

 途端に、昨日という名の忌まわしい過去が、暗闇を照らすように映し出された。



 古びた戸車のぎこちない音を響かせて、彼は店内へと足を踏み入れる。

 出迎える声はない。日差しの過酷さも手伝って、照明の乏しい店内は余計に暗く見えた。微かに漂う紙の匂いが、辛うじてその場所を本屋に見せているに過ぎない。

 目立つことを恐れるように足を止め、後ろ手に扉を閉めると、まだ早い夏を先取りしたような蝉の大合唱が遠のいた。それまで店の奥に潜んでいた静けさが影と共に這い出して、周囲を取り囲み始めていくようだ。

 別の世界に足を踏み入れたのではないかと、大袈裟ではなく彼の中に不安が持ち上がる。しかしそれでも、ここまで来て簡単に引き下がる訳にはいかなかった。

 彼には明確な目的がある。

 散歩の途中にフラリと立ち寄ったのではないのだ。

 彼は意を決し、その歩みを再開する。視線だけを忙しなく巡らせて、ターゲットの捜索に入った。店内は狭く、人一人が通れる程度の通路が三本並んでいるだけのスペースしかなかった。しかも奥行きに至っては、僅か数歩で突き当たってしまうほどだ。その狭い空間の全てを――膝の辺りから天井近くまで隈なく書籍と呼ばれる物体が占領している。

 彼の家にある本棚にもギッシリと並んでいるものの、この圧倒的な迫力は本屋でなければ味わえない。到着当初は規模の小ささから期待を縮小させた彼だったが、思っていたよりは物量がありそうで安心したようだ。

「あ……」

 そして見付ける。

 彼にとってはまさしく、宝の山に他ならなかった。通常の本屋でも一棚占領程度が関の山だというのに、そこは三棚分――壁一面が全てパラダイスだった。しかもジャンルによって細分化され、普段なら紛れて見付けるのも困難なマイナー作品が、しっかりと自分の居場所を確保していた。

 感無量とは、こんな時に使う言葉かと、彼は生まれて初めて実感する。

 そこには『こだわり』があり、明確な『意気込み』があり、深い『愛』に満ちていた。単に儲かれば良いと、似た作品を無秩序に並べているどこぞの本屋も見習って欲しいものだ。

 そのラインナップを追う彼の視線が、不意に止まる。

「あった」

 右手が伸び、震える指先が一冊の本を引き出した。どの本屋を探しても見付からなかったソレを、ついに胸元へと引き寄せる。しばしの余韻が、彼に時間を忘れさせた。

 だが、それも束の間のことだ。

 彼はすぐさま我を取り戻し、小さく首を振って周囲の様子を確認する。店内には気配どころか物音すら響かない。それはまさしく、絶好と呼ぶべき局面であったと言えるだろう。

 コツコツと穏やかに、しかし確実に足を踏み出す。

 レジまでの距離は極々僅かだ。その途中で一度だけ足を止め、ついでに購入する二冊を素早く選定すると、合計三冊となった愛すべき獲物を重ねてレジへ――正面に見えるカウンターへと向き直る。

 その際、ふと持ち上がった視線がオヤジと合いかけて、彼は思い出した。

 友人の忠告が頭の中に木霊する。

 彼は、こう聞かされていた。

 曰く『もしレジにいるのがオヤジであった場合、決して目を合わせてはならない』と。


「待て待て待て待てっ」

「何だよ、いいとこなのに」

 慌てて話を止めるマジメへの抗議をするように、オタクは口を尖らせた。

「それはこっちの台詞だ。どんな都市伝説だよ、そいつは!」

「まぁ、驚くのも無理はないな」

「いや、驚いてんじゃなくて、変だと言ってんだ」

「変だとも」

 真顔で、オタクは断言した。

「友人の話を聞いた時から、オレにはわかっていたさ。しかしそれでも、あそこが我がパラダイスであることに変わりはない」

 オタク力説。むろん、一般人には何一つ伝わっていない。

「……じゃあ逆に聞くが、目を合わせてどうにかなった奴がいるってのか?」

「残酷な質問だな」

「どこがだよっ」

「友人の話によれば、幾人もの猛者達が挑み、屍となって還ってきたらしい。ちなみにその友人は、ブツを投げ出して命からがら逃げ出してきたそうだ」

「どんな本屋だよ……」

 呆れる気力すら失われそうな顔をしている。

「というか、何だか知らないけど怖がりすぎだろ。まさか目が合った瞬間石にでもなるワケじゃあるまいし」

「石……」

 オタクは顎に手を当て、ふと考え込む。

「どうした?」

「いや、言い得て妙だと思ったものでな」

「アホな感心の仕方をするなよ。んで、結局どうしたんだ?」

「そうだな。まだ話の途中だった」

 思考を中断し、語りが再開された。


 正直なところ、この時点の彼は悩んでいた。

 今ならまだ後戻りができるという事実が、心の裏側に迷いの炎を灯らせていたからだ。これまで散々探して見付からなかったこともあり、昨日までは半ば諦めていただけに、迷いは決して小さくはなかった。

 しかし、彼は勇気を奮って一歩を踏み出す。

 伸ばした片手が届いた今、もう後戻りをするという選択肢はないに等しいものだった。相手が得体の知れない、あるいは対処の不可能な化け物の類であったなら、回れ右をして撤退していたのかもしれない。だが幸か不幸か、彼はすでにオヤジの攻略法を耳にしていた。先人達の偉大なる屍があったればこそ、その歩みは前進という形を成すのだということを、彼はしっかりと踏み締めながらレジへと近付く。

 そしてついに、その歩みが止まった。

 顔は上げない。

 声も上げられなかった。

 彼は音すら響かせることを遠慮するように、カウンターへ三冊の本を置いた。

 一瞬、互いの動きが完全に停止する。それはまるで時が止まったかのような、あまりに荒唐無稽な発想すら彼の中に湧き上がる。静か過ぎる、暗過ぎる店内は、どこまでも停滞に満ちていた。

 生唾を呑む音が、やけに大きく響く。

 だがそれを合図とするように、オヤジの手が動き始めた。慣れた様子で三冊の本を引き寄せ、タグを抜き取っていく。

 が、三冊目のタグを抜いたところで、その動きが止まった。

 見えずとも、その顔がこちらへ向けられたことがわかる。彼は今、確実に見られていた。もし今顔を上げてしまったら、あまつさえその眼差しを返してしまったりしたら、何もかもが終わってしまうだろう。

「……お客さん」

 野太い声が、彼を呼んだ。

 それはまるで、口から手を突っ込んで心臓を引きずり出すかのような、無粋で強引な声だった。心音が胸を叩き、自らの危機を否応なく主張してくる。

 まさかと思いつつ、彼は不安を押し隠す。

 十八歳未満であることを問題にするような本屋が実在するなど、信じたくなかったからだ。


「待て待て待て待てっ!」

「またかよ、今度は何だ?」

「お前、どんな本を買うつもりだったんだ?」

「エロ漫画だけど」

 一つの恥じらいや躊躇もなく、オタクは宣言した。ここが住宅街の一角で、世間の風聞にさらされる公共の空間であるということすら失念してしまいそうなほど、彼の言葉には重みというものが感じられない。

「……お前な、こんな往来で堂々と言うなよ」

「聞かれたから答えただけだ。それに、オレにだって照れはある」

 あまりの嘘臭い発言に、マジメの目があからさまに細くなった。

「ホントだって。その証拠に、目的のブツは萌え萌えランジェリー図鑑とパソコンパラダイスで挟んで、キチンとカムフラージュしてたんだからな」

「どこがだよっ。全部アウトじゃねーか!」

「いやいやいや、ランジェリー図鑑の方は全年齢対象だから」

 ちなみにパソコンパラダイスはエロゲー雑誌である。攻略よりも紹介に力を入れており、とにかく画像掲載が多いことで有名な雑誌だ。ゲーム攻略の友というより、夜の友という色合いが強い。

 と、知り合いが言ってた。

「……まぁいいや。で、通報されたのか?」

「されてたら学校なんか行くか」

 もっともな言い分である。

「じゃあ、どうなったんだ?」

「とにかく聞け。大事なのはここからなんだ」

 あまりに真剣な眼差しが、崩れかけた雰囲気を再構築する。彼のいうところの『恐怖』がどんなものであるのか、それはまだわからない。しかしマジメは、姿勢を正して聞くしかなかった。目の前に居る男が、これほどまでに熱くも真っ直ぐな眼差しを見せることなど、これまでになかったことだからだ。

 オタクは一つ大きく息を吐き、それから口を開いた。


 顔は決して上げなかった。

 この呼び掛けは罠だと、彼は何度も自分に言い聞かせる。どんな罵りであろうと、蔑みであろうと、説教であろうと、彼は甘んじて受ける覚悟が出来ていた。

 いや、少なくともそう思っていた。

 しかし、どこかに甘さが残っていたのだろう。

「いやー、お目が高い!」

 そのあまりに意外な言葉に、思わず顔を上げてしまう。しまったと思った時には、すでに彼の視界をオヤジの笑顔が覆っていた。そのどこまでも嬉しそうな――例えるなら自分以外に『ねるねるねるね』の美味しさを語る輩を目撃したみたいな、朝方の凪いだ海を連想させるキラキラした瞳をしていた。

「え、おめ?」

「若いのに慧眼けいがんでいらっしゃいますなー。いや、感心感心」

「かん、しん?」

 あまりの衝撃に、耳から入る言葉が単語として認識されないらしい。

「かく言う私も大好きなんですよ。というか、ここだけの話ですが、この作品は私の個人的な希望で入荷したヤツなんですがね。なかなか売れないんで淋しい想いをしていたところなんです」

「は、はぁ……」

 さすがの彼も、頷くのがやっとだ。

「最近はホラ、表紙詐欺っていうんですか? 表紙絵はやたらとエロいのに、中身はありきたりのツマラン漫画が増えちまってねぇ。表紙で縛ってるんなら中でも縛れよと、私なんぞは常日頃思っていたりするワケなんですよ」

「はい」

 頷きながら、目だけを動かして扉の外へと視線を向ける。

 誰かが突然入ってくるような気配は、今のところない。

 しかし、それがラッキーなのかアンラッキーなのかは微妙なところだ。むしろ誰かが入ってきてくれた方が、この地獄のような状況に終止符を打てる可能性が高い。むろん、そのために必要な恥は、覚悟せねばならないが。

「これはあくまで個人的な意見ですがね、エロに芸術性とか物語性なんてイランと思うんですよ。むしろ、よりエロくあることにこそ、その真価を認めるべきだと思いますね。最近の流行でえーと、何でしたっけ……ツンドラとか言うの」

「ツンデレ?」

「そうそう、そういうキャラと適当に会話してヤるだけの作品なんて、どうやってこちらの昂ぶりを同調させろって言うんですか。まぁ、確かに可愛いとは思いますよ、私もね」

 二人の間にある三冊の本は、タグを抜かれたまま露出している。袋に詰める気配は微塵もない。それどころか、会計をしようという意欲すら感じられなかった。

 さすがに万引きで捕まるのはシャレにならないので、強引に目的の一冊だけを奪って逃げるというワケにもいかない。彼は進むことも引くことも出来ず、呆然としたまま嵐が過ぎ去るのを待つよりなかった。

「この人の作品は他のもそうなんですが、とにかく責め方がネチっこくてヤラシイんですよねー。時々見かけるんですが、単にれるのが目的で、それ以前の行為は何かの儀式みたいな調子で描かれてたりすると、私としては文句を言いたくなりますね。そうじゃないだろ、相手をいかに悦ばせるか、苦しませるかを堪能するところにこそ、観る作品としての価値があるんじゃなかろうか、とね」

「そっすね……」

 彼の目は虚ろだ。

 何というか、レイプされた人みたいだ。

「その点、これは素晴らしい。まさしく至高の一冊ですわ」

 話が全く終わる気配のないまま、客も全く訪れる気配のないまま、三十分が経過する。この時オヤジが尿意をもよおしていなかったなら、あるいは閉店まで付き合わされていた可能性すら否定できなかった。

「……疲れた」

 扉を後ろ手に閉め、細く呟く。

 天国と地獄、その本屋には二つが混在していた。



「何と恐ろしい……」

「アホくさ」

 マジメは一言で切り捨てた。

「ワザワザそんなとこまで出向いてエロ本なんか買うからだ」

「テメーには赤い血が通ってないのかっ」

「お前こそ青い血が通ってるんじゃないのか?」

「うぬぬぬぬぬ……」

 悔しそうに歯軋りをするオタク。

 対するマジメは、まさしく我関せずといった調子で前を歩く。丁度そのタイミングを見計らったように、脇の路地から中年の男性が姿を現した。

「あ」

「え?」

 オタクの声に反応して、オヤジが二人を見付ける。

 向かい合う一瞬の後、オタクがわらう。

「昨日の本は、コイツに頼まれたヤツです!」

 マジメにとっては意味不明な、オヤジにとっては衝撃の新事実を残して、素早くきびすを返して走り出した。

「お、おいっ!」

 呼び掛けも届かず、というより完全に無視して、一つ手前の路地へと消える。何が何だかわからないままに視線を正面に戻すと、そこにはいつの間に近付いたのか、路地から出てきたオヤジが大写しになっていた。

「え、あの……」

 戸惑って半歩下がるマジメの肩を、恍惚とした表情でオヤジはガッチリとホールドする。

「素晴らしいっ。君こそロリコンの鏡だ!」

「はぁ!?」

 こうして、地獄の出張サービス(人違い)は真面目な高校生男子を奈落の底へと突き落としたのである。



 路地から顔を覗かせてゲラゲラ笑っている人は本当に友人ですか?

「違うわっ」

 貴方を思いやり、親切に性癖を誉めてくれる人が本当に友人ですか?

「んなワケあるか!」

 これは、そんなお話でした。

「やかましいわっ!」


夏ホラー第四夜は、とてもネタ系が多かったので、この作品も入れてやればよかったなーと後悔しました。

でも、やっぱり怒られていたかもしれません。

いえね、書いてる時はもう少し怖くなる予定だったんですよ?

まさかこんなことになるなんて、思ってもいなかったんです。

きっとアレですね。霊の仕業に違いありません。

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[一言] 読みましたー。 『トイレのハナコさん』でも感じたのですが、栖坂月さんはコメディのツボというか、笑いどころを的確に捉えていると思います。書き出しの語り口調から、「あれ? この話なんか変だ」と読…
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2009/08/22 23:37 退会済み
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