わたしはアリー
ある日わたし、お母さんに知らないところへ連れてこられて、置き去りにされたの。
とてもびっくりしたけれど、でもきっとお兄ちゃんが迎えに来てくれると思っていたから、そこから動かずにいたんだ。
そうしたら知らない男の子たちがあらわれて、「おまえ、誰だよ」「ここは俺たちのシマだぞ」って怒られて、追いかけられて、入り組んだ道を一生懸命逃げたの。
ますますそこがどこなのかわからなくなって、お家に帰れなくなって、わたしは泣いた。
大きな声で泣いたけど、みんな通り過ぎるだけで、誰もたすけてくれなかった。
泣きつかれて、知らないお家の壁に寄りかかって眠っていたら、そのお家のおばさんに怒られて、水をかけられて、追い立てられたわ。
わたし悲しくなってしまって、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」て泣きながら歩いた。
でもね、やっぱりひとりだった。
何日かそんな風にすごしたの。
一度だけ親切な人が、食べ残しのパンをくれたわ。
それまで食べたことがないくらい、本当においしかった。
どうしたらお家に帰れるかしら。
わたし、いろいろな人に声をかけて、「お兄ちゃんとわたしのお家を知りませんか」ってきいたの。
でもね、ときどき振り返ってくれる人がいるだけで、誰も教えてくれなかった。
とてもお腹がすいてしまって、わたし本当に疲れてしまって、泣きながらとぼとぼ歩いた。
ある日顔を上げたら、とても大きな男の人がいたの。
じっとわたしを見ていたから、わたし、「お兄ちゃんとわたしのお家を知りませんか」ってきいたのよ。
そうしたら少しだけ首をかしげて、かがんでわたしの頭をなでてくれたから、びっくりしてわたしは泣いてしまった。
ほっとして、うれしくて、さみしくて、悲しかったから、男の人の足にすがりついて泣いた。
するとね、男の人はわたしを抱き上げて、「俺の家に行かないか」と言ってくれたのよ。
わたしびっくりしてしまって、男の人の顔を見た。
とてもきれいな青い瞳、それにお兄ちゃんと同じ黒い髪の毛。
わたし、うまくお返事ができなかったけれど、男の人は笑ってわたしをお家に連れて行ってくれた。
おふろに入れてくれて、ごはんを食べさせてくれて、ふかふかのベッドで寝かせてくれた。
わたしほっとして、でもお兄ちゃんに会いたくて、ちょっとだけ泣いた。
男の人はベンって呼ばれていて、わたしのことをアリーと呼んだ。
いろいろな人がやってきて、そのたびにベンはわたしを紹介するから、わたしはいろいろな人から頭をなでてもらったわ。
ちょっとだけ緊張したけど、ベンがうれしそうだったから、わたしがんばっていい子にしてたの。
でもね、お兄ちゃんに会いたくて、わたしときどき泣いた。
「お兄ちゃんに会いたい」って言うとベンが困ったようにわたしを見るから、わたしはもう会えないのかなって、お布団の中で泣いた。
でも、それもいいかもしれない。
ここには、わたしを置き去りにするお母さんはいない。
ベンはとてもやさしくて、お仕事に行くのをわたしが嫌がると、やっぱり困ったようにわたしを見るの。
ひとりになるのは嫌よ、また置き去りにされるのはいや。
毎朝ベンはわたしの頭をなでて、「ちゃんと帰ってくるから、いいこにしていて?」とつぶやくのよ。
わたし、さみしくて泣いてしまうこともあるけれど、ちゃんといいこにして待っている。
ベンはいつもおみやげを買って、ちゃんと帰ってきてくれるから。
お兄ちゃんに会えないのは悲しいけれど、わたし、ベンに会えてしあわせなの。
ベンがいると胸があたたかくて、ベンがいないとぽっかり穴が空いたよう。
あるとき「愛してる」ってベンがわたしにささやいて、それが愛だってわかったのよ。
「ベンの野郎は女でもできたのか」
「なんでそう思った?」
「仕事も定時で帰るし、妙に楽しそうじゃないか」
「『アリー』が家に居るんだよ」
「聞いた、先月拾ってきたっていう女の子だろ?」
「この近所でちょっと有名だったんだよ、人懐っこく誰にでもついてまわる栗毛の子」
「なんだそりゃ、家のない子か?」
「だろうよ、ベンのでかい図体でも怖がらないって、喜んでたわあいつ」
「だからって連れて帰るのは事案じゃないか……?」
「まあ本人らがしあわせならいいんじゃね?」
「めっちゃ可愛い子だった、お前らも会いに行ってこいよ」
「おいおい、人さらいみたいなもんだろう、なに肯定してんだおまえら」
「堅いこと言いなさんな、帰りにベンの家寄ってみるか? 大歓迎してくれるぞ、アリーちゃん」
「いいねえ、行ってみるか、俺も会ってみたいしなー」
「……おまえら道徳観念てえもんはないのかよ!?」
ベンが今日もおみやげを持って帰ってきた。
わたしはうれしくてかけよって、ベンの胸に飛びつくの。
お兄ちゃんのことはもうあまり思い出さない。
悲しいことはなにもないから。
「かわいいアリー、愛してる」
わたしもよ、とにゃあとわたしは鳴いた。
わたしはアリー、ベンの恋人。
彼に会えて本当にしあわせ。