『ボアベア』
翌日、早速ターリャのクエストを受注した。
討伐依頼はボアベアという摩訶不思議な妖魔だ。
見た目は熊なのだが、頭や指の一部が蹄という要所要所で猪の部分が出現する熊よりも危険な妖魔だ。
知性はあまり高くないけど、そこらの枝を棍棒代わりにするくらいはできる。
普段は群れで活動しているはずのボアベアが、何故か一頭で彷徨いており、村の畑や家の中に侵入して荒らしていくらしい。
ちなみにコイツらはたまに人を喰う。
このボアベアが人食したかは分からないが、していたとしたらかなり危険なレベルに訂正しないといけない。
まぁ、ドラゴンと比べると大したこと無いがな。
火も吹かなければ咆哮もない。
出没地点の森は静かだ。
そよそよと風が赤くなった葉っぱを揺らしている。
「ゼウイ、ずいぶん大人しいね」
隣でルシーを歩かせているターリャがゼウイを見ながらそう言った。
「そうだな。よく調教されている」
指示にちゃんと従うし、ルシーを攻撃したりしない。
偉いぞと首筋を撫でると鼻を鳴らした。
問題は咆哮に耐えられるかどうか。
念のために耳当てを買っておくつもりだけど、果たしてどこまで耐えられるか。
「とと、ここらだな」
ゼウイを下りて木に繋ぐ。
「こっからは歩きだ。こいつらが襲われたら大変だからな」
「なるほど。じゃあまたねルシー。ゼウイも良い子で待っててね」
妖魔避けの魔方陣が彫られた札を下げた。
これで少しは目眩ましになるだろう。
「よし、行くか」
しばらく歩くと、木の幹についた傷が増えてきた。
これらはボアベアが縄張りを主張するために付けるものだ。
「ねぇ」
ターリャが何かに気付いて袖を引っ張る。
「あれなにかな」
「なんだ?……土饅頭だな」
「土饅頭??」
「熊や熊型の妖魔が作る特有のエサ隠しだ。熊っていうのは自分の所有物に強い執着心を持つ。本来ならこういうのは刺激をしないために避けて通るべきだが……」
土饅頭に俺は近付いていく。
「狩るならばむしろ刺激した方がいい。……!」
足を止める。
「ターリャはそこで待て」
「え、どうしたの?」
「どうしてもだ」
死角になって見えなかったが、良かった俺が最初に気が付いて。
人が食い散らかしが埋められていた。
最悪の事態だ。
こりゃ結構狂暴妖魔になってるな。
食い散らかされている人は内臓がなくなっている。
俺だけだったからこれを引きずって囮にすることも出来るんだが、ターリャには刺激が強すぎる。
なら、こっちの作戦で行くか。
バッグから最近ご無沙汰のミント油を取り出した。
熊避けなら唐辛子の粉が冒険者の間では一般的だが、今回は違う。
要は刺激を与えて誘い出せればいい。
「ターリャ、奴が現れたら引き連れて戦いやすいところに誘導しよう。できるだけ奴が動きにくそうな木の密集しているところで戦えば普通に勝てる」
「わかった」
瓶を開けて振りかける。
辺り一帯に強いミント臭が漂う。
さて、近くにボアベアがいた場合、異常に気付いてすぐさま襲って──
──ボアアアアアアアアア!!!!
──きたな。
こんなに近くにいたのかよ。
ボアベアが咆哮を上げながら物凄い速度でこちらに突進してくる。
数分なら自転車くらいの速度を出してくるから、すぐさま逃げないと
「ターリャ急げ!!」
「うわうわうわ!!」
バタバタと慌てて逃げ出したその瞬間、ほんの数メートル先で木が倒れた。
その傍らには黒い影。
まてまて接近してくるの早すぎるだろうが!!!!
「ターリャ!!水で何とかして足止めしないと追い付かれる!!」
「足止め??足止め!!?えーとえーと!!」
走りながらターリャが水を周囲に生成して、後ろに手のひらを向けた。
「四角い水!!!」
一瞬のうちに水が合体して水の壁が出来上がり、それがボアベアへと飛んでいく。
ドゴンという、およそ水が出すはずの無い音が後方で響いた。
「多分命中した!!!」
「車が事故ったみたいな音だったな」
一体どれほどの衝撃だったんだろうな。
一回車で跳ねられたことあるけど、最初は痛み無いんだよな。
ビックリが痛みを上回る経験は後にも先にもあれが最初で最後だよ。
さて、ここらへんだな。
いい感じに倒木が配置され、足場は良くない。
だけど、水の帯を移動できるターリャには、関係ない。
ターリャもここがベストだと感じたらしく、速度を落として周囲を見渡して地形を頭に叩き込んでいた。
「俺は離れたところから見ておくから、頑張れよ」
「うん!かっこよく仕留めるよ!」
ターリャが頼もしい。
いつの間にこんなに頼もしくなったんだか。
つい先日まで俺の腰にも届かないくらい、ちっちゃかったのにな。
さてと。隠れますか。
大きな体がズシンと強く地面を踏み締め、やってきた。
頭は猪、体躯は熊。
これがボアベア。
身長はトキより少し大きいくらい。
体毛は茶色で、固そう。
確かに大きくて怖そうだけど。
脳裏によみがえるグレイドラゴン。
全てが圧倒的で、初めて死を感じた存在だった。
だからだろうか、棍棒を振り回して私に向かって吼えているボアベアがそんなに怖くない。
「うっしゃ!やっちゃいますか!」




