『最後の四精獣』
赤い翼を持った女の人の後ろ姿を思わず見入っていると、突然その人がふらつき、手摺から身を乗り出して吐いた。
「船酔いかな」
「船酔いだろうな」
可哀想に。
ターリャが鞄から酔い止めを取り出した。
「渡してくる」
「行ってらっしゃい」
ターリャが羽の人に駆け寄り、大丈夫ですかと声をかける。羽の人、ターリャを見て「あ」と指差す。
おや?もしや四人目の四精獣の方か?
薬を飲んで落ち着いたらしい羽の人が、ターリャを変なものでも見るような目で見ている。
「まさか貴女に助けて貰うとは思いませんでした」
「あはは…」
ターリャが気まずそうに笑う。覚えてないもんな。
俺を見る羽の人が翼を広げて胸に手を当ててお辞儀をする。
「私は南の朱雀、アカスズミと申します。スズとでも呼んでください」
こちらの世界にしては不思議な響きの名前だ。
「南方の国の名前の響きか?」
思わず訊ねたらスズは「いいえ」と首を横に振った。
「これは相棒が付けてくれた愛称。本来の名はスージェと言います」
「そうなのか」
なんとなく残念に思ってしまった。なんでだろう。
「俺はトキナリ、トキでいい。そしてこっちは知っているだろうが、ターリャだ」
スズに習いこちらも自己紹介すると、スズは俺の方を見てこてんと首を傾けた。
「へぇ、面白い響きの名前は相棒だけだと思ってたけど、他にも居るのですね」
「?」
どういう意味だろう。
すると、遠くの方でスズを呼ぶ声が聞こえてきた。若い女性の声だ。
「あら、どうしたのかしら。ごめんなさい、相棒が呼んでいるから私は先に失礼しますね」
言うやすぐさま扉の方へ駆けていってしまった。
すぐにまた会えるだろうと思ったけど、なかなか会えず、島に付いてしまった。
「近くで見ると更に迫力が増すな」
「ね。空の半分が山だよ」
どどんと黒い壁が視界の半分を占めていて昼夜一緒くたになったような不思議な感覚に陥っている。
「ととっ、ふぅー、やっと揺れない地面についた。大丈夫ー?スズ」
スズの言葉で振り返ると、そこには昨日の四精獣であるアカスズミ事スズと、その相方であろう人物が船から降りてきた。
降りてきたスズを改めて見ると、昨日大人かと思ったがターリャと同じ程のようにも見える。
そして相方はというと…。
「……」
俺は思わず目を疑った。そこにいるのはどう見たって日本人だった。いや、よくよく見たら違う気もする。ハーフに近い感じの顔付きで俺は混乱した。
俺と同じなのか、それとも南方の国では日本人に似た見た目の人達なのか。
すると、視線を感じたのか相方の方が不意にこちらを見た。そして不思議そうな顔をする。
「…スズ大丈夫かな」
ターリャがスズを見ながら言う。顔色が悪い。きっと船酔いが続いているんだろう。
「酔い止めの薬を渡してくる」
「良いのか?多分記憶無いのバレるぞ」
「いいの。どうせバレちゃうし。行ってくるね」
「ああ」
ターリャが残り少ない酔い止め薬を持ってスズの元へと向かっていく。それを見送りながら、俺はずっと視線を感じていた。見なくても分かる。スズの相方からの視線だ。
「一応安定のノンラ ドラ トオーユーも掛けたからすぐに効くと思うけど」
「……貴女がそんな勉強好きだとは初めて知りました」
「うーん、ちょっとね…」
二人の様子を見ていると、急に「ねぇ」とすぐ近くから声を掛けられた。
「貴方があの四精獣の主人?」
拙い共通語に、俺はなんとなく懐かしさを覚えた。
「そうだ。それで、貴女があのアカスズミの相方か」
俺は相手が聞き取りやすいように、ゆっくりと話す。すると、その女の子は「ええ」と頷いた。
「スズから話は聞いた。面白い名前だと。“トキナリ”さん、であってる?」
この世界で初めて“ちゃんとした発音で”俺の名前を呼ばれた。
「はい。貴女の名前は」
「私の名前は、日向子。皆見日向子です」
確信を得た。この子は俺と同郷だ。
「もしかして、日本人…」
「!」
バッと日向子さんが顔をあげた。信じられないといった顔だ。
『今…日本人って…』
日向子さんが日本語で話した。懐かしい言葉だ。だから、俺も忘れ掛けていた日本語で返した。
『俺も日本人だ』
日向子さんは驚きつつ笑顔になったが、同時に困惑したような表情も混ざる。
『あの…でも、だって貴方は日本人には……』
『……』
『あっ、ごめんなさい。その悪い意味で言ったわけじゃないの。ええと…』
言いたいことは分かる。
俺はここにきてだいぶ容姿が変わったと思う。髪の色だって黒から薄い茶色へと色が褪せてしまったし、過酷な環境で年齢よりもだいぶ年上に見えなくもないだろう。
そして、認めたくはないが、日本語が下手になっている気がする。
『その…、何て言うのかな。貴方はとてもここの人達に近い感じがしてるから…』
日向子さんの言葉が萎んでいく。
そんな日向子さんに俺はなんでもないと口元に笑みを浮かべた。
『いいや、それは仕方がない。ここに来てもう結構長いからな』
『そうなんですか。何ヵ月くらいなんですか?1年くらい?』
『日向子さんは?』
『私はもうすぐ一年です』
凄いな、そんな短期間でそんなにも言葉を話せるようになっているのか。
『……俺は、15…、いや、16年かな』
『!!?』
驚愕された。それと同時に同情の視線も向けられる。
『そう…なんですか…。じゃあご家族とかも心配してますよね…』
『かもしれない』
『あっ、でももう大丈夫ですよ!ここまできて、ちゃんと合格出来れば貴方もちゃんと帰れますから!』
『?』
ちゃんと帰れる?何の話だ?
『だって──「ヒナ!」──あ、スズ」
スズに呼ばれて日向子さんの言葉が戻る。スズが船酔いから復活したようだ。
ターリャも早足で戻ってきて、俺の隣にやって来た。
「もう大丈夫なのか?」
俺が訊ねると、スズは笑顔を向ける。
「はい。二度もありがとうございます」
顔色が良い。これはターリャの魔法も効いてるな。
スズが日向子さんの服を軽く引いて後ろを指差した。その先に若い男の人が馬車の前でこちらを見ている。
「ヒナ、そろそろ行きますよ。アロンさんが待ってます」
「忘れてた」
ヒナが男の人を確認しながらそう言う。そして俺の方へと顔を向け、軽くお辞儀をした。
「ごめんなさい。仲間が待っている。本当はもう少しお話とか、手合わせとかしたかったけど、最後の試験を突破すれば神域でまた会えるから、また今度に!」
すると、ターリャが「え」と変な声を出した。
「どうした?」
「いや、今までの流れだったら力比べしてたから…」
するとスズはフッ…と静かにターリャに微笑み掛けた。
「ここを焼け野原にしたくはありませんので。貴女もここら一帯を沈めたくは無いですよね?」
「……」
ターリャが口をつぐんだ。
そうだ。スーグとの小競り合いから更にターリャは強くなった。成長は出来なかったとはいえ、強くならなかったわけではない。
確かに、スズが言う通りターリャ達が本気でやりあえばそれくらいの被害は出せるのだ。
「それでは、ターリャ。次は聖域で会いましょう。ふふ、貴女とこんなにも楽しくお話しできたのは初めてですよ、精々死なないようにしてくださいね」
『あの!トキナリさん、お互い帰るために頑張りましょうね!では、失礼します!』
最後にそう日本語で言うと、日向子さんが頭を下げ、スズと一緒に馬車に乗って行ってしまった。
「また聖域で、か」
それにしても、帰れるってどういう事なんだろうか。
「トキ」
「ん?」
「宿、取りに行こう」
「そうだな」




