せっかく会えたのに
ナツ君の問いに答える前に、私は動いていました。彼の手を握り、視線を合わせる。
「お久しぶりでございます」
「お、おう。会わないうちにキャラが変わったのか? お前」
「そんなことないですよ。これからお茶でもどうですか?」
「いきなりだな。まあいいんじゃないか? 総夏も喜ぶだろう」
まるで他人事のように言うと、本当に別人のようです。
別に近寄りがたいとか話しかけづらいとかはないのです。しかしどこか達観していて、感覚的に私達と同じ世界に住んでいるとは思えないのです。……実際、そうなんですけどね。
でも、私がナツ君を好きになったのは、一目惚れとか直感じゃないのです。
「総夏じゃなくて、あなたとお茶がしたいのです。久しぶりですし」
顔が赤くなるのを承知で、そう言ってみますが、
「総夏とお茶してやってくれ。毎日顔を合わせててもじっくり話すと何か違う発見があるかも知れない」
さらりと躱されてしまいました。やっぱり、女の子を好きとか嫌いとかつまりは恋愛感情ってやつがないのかもしれませんね。
私は視線をそらし、ため息を一つ。
「鈍いですね」
「ん?」
「なんでもないです」
「そうか。じゃあな、夜は早めに寝ろよ」
「え!? あ、ちょっと待って下さい」
急いでナツ君へ視線を戻します。
「せめてもうちょっと話を」
「話?」
そこにはポカンとした総夏が立っていたのでした。
ああ、同じ顔なのにナツ君じゃないです。
逃げられました。
私は道のど真ん中で膝と手をつき、四つん這いになって項垂れました。
チャンスを逃したという意味での敗北です。
「あ、有栖?」
次こそは……!
結局私は総夏と喫茶店に来ていました。
ナツ君をお茶に誘っておいて、そのまま帰るわけにもいかないですし。
たまには総夏と話をするのもいいかもしれません。
向い合わせで座った喫茶店のテーブル席。総夏は何やら緊張した様子でアイスコーヒーをすすっています。
「珍しい、よね。有栖が僕を誘うなんて」
「あー、そうですね。正直に言いますと久しぶりにナツ君が出たから、誘ったんです。なので……こういう店が苦手なんですかね?」
すると、総夏は安堵したように肩の力を抜きました。私が、らしくないことをしたから警戒してたみたいです。
「そういうことだったんだ。最近はあんまり出てこないな」
「そうなんですか? ちなみにさっきは何があったんです?」
「車にひかれそうになった子を助けようとしたんだけど、僕も一緒に轢かれそうになって。あ、それで出てきてくれたんだった」
そうだったんだ、ラッキーナツ君に会えて! ……って喜ぶ前に私は目の前の幼馴染みが心配です。
「ぼーっとし過ぎです。ちゃんと寝てるんですか?」
すると総夏はギクリと肩を揺らした。
「こ、ここのところ夜更かしが続いてたから」
「なら今日は早く寝て下さい。本当に車に轢かれたら大変ですよ」
そういえば、ナツ君は昔から不思議な力を使うんですよね。病気で現れた人格だからなのかも知れないですけど。
普通に考えたら車に轢かれそうになった総夏の体と子供を抱えて回避するなんて無理ですし。
「あ、うん。……うん。だよね。あ!?」
「え!?」
何故か総夏が大声をあげたので、私も驚いたのです。
「なんです、突然?」
顔を引きつらせた総夏がテーブルに手を着いた。
「も、もう出ようよ。飲み終わったし」
「せっかく入ったのに、ですか?」
「早く」
妙な気迫に押された私は、しぶしぶその喫茶店から出たのでした。
「それでなんなんですか? ていうか、家と反対方向に歩いてますけど」
「今日はまだおばさん帰ってきてないんだよね?」
声が震えていました。
「まぁ、そうですけど」
「だったら、もうちょっとブラブラしない?」
なんかやたら積極的ですね。
「まぁ、良いですけど。じゃあ、行きたいお店があるのでそこへ付き合ってもらえますか?」
「う、うん。もちろん」
総夏の挙動不審な態度は珍しくもないですけど、今日は特に酷い気がします。
さて。
私の目的のお店は駅前の雑貨屋さんです。こんな私ですが、可愛い雑貨集めが趣味なのです。
「あ、ここ、新しく出来たんだよね」
駅前のバスのロータリーの入り口付近にある、童話を思わせるメルヘンな建物です。目立つので興味がなくても知っている人が多いと思います。
「中々入る機会がないんですよ」
総夏と連れ立って店内に入ると、意外にも広いことに驚きました。女性客でごった返していますが、それ以上に可愛い雑貨に心奪われます。
「有栖はこういうの、好きだよね。可愛いとは思うけど、お金出して買わないなぁ」
「モテないのも納得の発言ですね」
「え!?」
女子にそんなこと言ったら嫌われますって。
「ご、ごめん、僕変なこと言った?」
言いました。それがなんなのかわからない時点で終わってます。
と、私は視界に入った商品に目を奪われました。
「あ、これ可愛いですね」
私が棚から手に取ったのはトランプデザインのミニ植木鉢でした。立体的で丁寧に作られています。
「これは買っちゃおうか迷いますね」
と、その時でした。私は横から体当たりをされてしまい、
「きゃっ」
その拍子に植木鉢を落としてしまったのです。
店内に植木鉢の割れる音が響きました。
ぶつかってきた、女子高生は一瞬、表情を歪めたものの、そのまま立ち去ろうとします。
「ちょ、ちょっと」
私が静止しようとした時です。
彼女の腕をつかんだのは、他ならぬ、総夏でした。
「ちょっ、信じらんない。触んないでよ!」
頭の悪そうな金髪ギャルが総夏を睨み付けます。
「ぶ、ぶつかったんだからせめて謝ってよ。お店のもの、壊してるんだよ?」
「はぁ? 落としたのはそいつでしょ。かんけーないし。つーかさ、離せって言ってんの」
総夏はその気迫に負けて、押し黙ってしまいます。
「キモッ」
そこで怯むからつけ上がられるんですよ。
やがて、店員さんが駆けつけてきた。
「お客さま、お怪我はありませんか?」
金髪ギャルは盛大に舌打ちをして、大きく手を上げた。
「ちょっと店員サーン、こいつ痴漢なんだけどぉ、どうにかしてよ」
「な!?」
黙って聞いてれば、信じられないクズですね。
「ち、痴漢?」
店員さんが戸惑うように言う。
「待って下さい。元はと言えば」
「んで、そこのそいつは万引き犯だから。あたしが止めようとしたんだけどさ、間抜けなことに落として壊しちゃったんだよねー」
にやにやと笑いながら悪質な嘘をつきまくるクズです。
もう、限界です。掴みかかってやりましょうか。
と、総夏が彼女から手を離しました。
「いい加減にしろよ」
総夏が低く響くような声を出しました。
どきりとします。ていうか、金髪ギャルもびくりと肩を揺らした。
「お前に弁償しろなんて頼んでねぇんだよ。ぶつかってきたのはお前で、商品を壊す原因を作ったのはお前だろ」
総夏……いや、ナツ君は冷たい目で金髪ギャルを見据えました。
「俺の連れに謝れ。って言ってんだよ」
金髪ギャルは途端に泣きそうな表情になりました。あまりの迫力に、店内がしんとなります。
「あ、あのナツ君。あんまり手荒なことは」
するとナツ君は無言で首を振った。止めるな、ってことですね。……ずるいですね。勘違いしちゃうじゃないですか。私のピンチに出て来てくれたんじゃないか? って思っちゃいますよ?
「だ、だって、あたしは」
「だってじゃねぇんだよ。聞こえなかったのか? 謝れ」
この後の展開は言わずもがな。
金髪ギャルは泣きながら謝ってきました。弁償するとは言われましたけど、丁重にお断りしました。後腐れなく終わりたいじゃないですか。
その帰りの電車の中。
「はぁ、よかったよ。ナツが出てきてくれて」
すでに元に戻ってしまった総夏と並んで席に座っている私は二重の意味でため息を吐きました。
「明るく言わないで下さい。あのバカ女を止めてくれたところは格好よかったのに、途中から押されてたじゃないですか」
「うう、ごめん」
まったく。総夏は正義感は強いんですけどね、行動がいまいち中途半端なんですよね。
「まぁ、でもありがとうございました。ナツ君にもそう伝えて……」
横を見たら、総夏が寝てました。
もしかして、ケンカ売られてるんですかね?
ひっぱたいてやろうかと思ったんですが、私は脱力して背もたれに背中を預けました。アホらしいです。
車内には客がまばらです。遠くの座席に二、三人の客が見えますが、周りに人はいません。
「そんなんだから悪いんですよ。そんなんだから、私は総夏よりナツ君のことが」
「俺のことが?」
「……は!?」
慌てて横へ視線を向けると、腕組みをしたナツ君が座っていた。
「ななななな!?」
あまりにも不意打ちで、取り乱さずにはいられません。ナツ君、出現です!
「いや、悪い。俺も出てくるつもりはなかったんだ。でもあいつが寝落ちたせいで強制的に」
ナツ君は珍しく困ったような表情を浮かべている。
「そ、そうだったんですか」
どうしたんでしょう? ゆっくり話をするチャンスなのに、不意打ちを食らったせいか、頭が真っ白です。心臓の脈打つ音が全身に響き渡って脳に届き、くらくらしてきました。
「さ、さっきはありがとうございました」
「常識のない奴に絡まれると大変だよな。ああいうのには嘗められないように強気で行けよ」
「は、はい」
ああ、本当にどうかしてますよ、私。
と、その時でした。
私の前髪がかきあげられたのです。
「っ!?」
ナツ君が私の額に手を当てたのでした。
「な、なんですか」
「いや、顔が赤いから熱があるんじゃないかと。風邪か?」
「だ、だからっておでこに直接手を当てなくても……!」
「お前、総夏にも同じことしてただろ」
総夏とナツ君では違うんですよ!
「まぁ、いいや、早く帰って早く寝ろよ」
「は、はぁ」
結局まともに会話できず、駅に着く頃には総夏に戻ってしまったのだった。
疲労感を引きづりながら駅から家までの道を歩いていると、
「あの……」
「なんです?」
「ごめん、なんでも」
途中で寝たことがよほど気になるのか、さっきからこんな調子なのです。
何か言いたそうにしてましたけど、結局私の家の前で分かれるまで、総夏は口を開きませんでした。




