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09.『困惑』

読む自己。

 土曜日。

 花ちゃんが家にやって来るというわけで、晴の部屋から追い出されてしまった。

 丁度これから新しいモンスターを倒しに行こう! としていた時だったから、もやもや感が強く残る。

 ちなみに、雛さんはお母さんと出かけているので、家にいて自由なのは姫だけという状況だ。


「姫、どうする?」

「そうだね、商業施設にでも行く?」

「あ、そうね、暇潰しにはなるわよね」

「うん、行こうか」


 というわけで施設に到着。

 特に混んでいるというわけではないようだ。

 甘い香りやコーヒーの香りが漂っていて少し空腹のお腹に響いた。

 ……いや、きゅぅと実際に音が鳴って凄く恥ずかしい。


「ふふ、お腹空いたの?」

「え、ええ……おかしいわね、朝ご飯もしっかり食べたのに」

「パンでも買う? ちょっと安いみたいだけど」

「そうね、あれくらいなら私でも買えるわ」


 私はクリームパン、姫はカレーパンを買った。

 備え付けられたベンチに腰を下ろしもぐもぐと食べていく。


「美味しいわ、食べる?」

「うん、貰おうかな」

「はい」

「あむ……うん、美味しいよ」


 こういう行為をしているからというわけではなく、単純に彼女が視線を集める。

 男の子は彼女の胸を、女の子はその格好良さに目を引かれるようだった。

 単純に私達が意味もなく高校の制服を着ているというのもあるのかもしれない。

 でも、特に可愛いというわけではないし、私も彼女もスカートを短くするタイプではないので、あくまで普通だ。となるとやっぱり――――彼女だからってことになるわよねぇ。

 ……私が横にいるのは申し訳ない気がする。


「玲?」

「ねえ姫、私があなたといていいのかしら?」


 恐らく反応がなくなったことが気になったのだろう。

 丁度いいので私も聞かせてもらうことにした。

 

「玲、次言ったらこのお店にいる間と帰る時にお姫様抱っこするから注意してね」

「な、なんでよ?」

「あのね、玲はマイナスに考えすぎ! それとも……僕といたくないの?」

「そんなわけないじゃない……」


 離れないでって私は頼んだじゃない。

 それこそ彼女には届いていなかったということなのだろうか。


「だったらそういうこと言わない! いい?」

「ええ……」

「良し! それじゃ行こっ?」

「ええ」


 次に寄ったのは雑貨屋さんだ。

 アクセサリーや文房具、服飾品などが売っている小さなお店。

 今更な話だけれど、同じ施設内に沢山のお店があるのは面白いような気がする。


「姫、なにか欲しい物ない?」

「んー君かなあ」

「そういう冗談はいいわよ。いつもお世話になっているし贈り物でもしようかと思ったのよ」

「じゃあお揃いのシャーペンでも買ってく?」

「あ、いいわね! クラスが違うから少しでも繋がってる感がほしいのよ。あ、ねえ……先生に買っていっては駄目かしら?」


 この子に渡してもらえばいい。

 名前をだす必要は一切ない。

 要は自己満足感を得られればそれでいいのだ。

 あのまま、このままなにもしないままなんて、できるわけがないのよ。


「シャーペンくらいならいいのかなあ、玲が買いたいならいいんじゃない? 僕だって中学生の時は男の先生にプレゼントしたことあるからね」

「な、なら、買っていくわ! あ、あなたが渡してね?」

「……分かった、選んできなよ」

「ええっ」


 と言っても男の人の趣味なんて分からない。

 あと、先生=ボールペンを多用するという偏見があって、ボールペンコーナーをずっと見ていた。


「これ、黒くて格好いいわ……」


 大人になったところで男の子の心であることには変わらない。

 値段は……3……3000円……。

 いや、これに決めた。それくらいなんてことはないのよっ。


「姫、これにするわ」

「えっ、高くない?」

「ううん、値段が全てじゃないことは分かっているけれど、これくらいは当たり前な気がするのよ」


 もっともっとお世話になったけれど、残念ながらお金に余裕がなかった。

 姫とお揃いのなにかを買いたいので、お金は余らせておきたかったのだ。


「……そっか。でもそれなら自分で渡しなよ、流石にこれを僕の手から渡すことはできないから」

「え……でもいいのかしら? もし無視されたら……投げ捨てられたら多分引きこもるわよ?」

「先生はそんなことしない、そうでしょ?」

「あ、そうよね! ええ、絶対そうだわ! ……ところで、姫は決まった?」


 ついお礼を渡せると考えたらはしゃいでしまった。

 自重してテンションを抑えつつ彼女に聞いてみる。


「……僕はいいよ」

「なんでよ……なんでそんな怖い顔……」

「あははっ、怖い顔なんてしてないよ? そもそも僕が欲しいものなんて決まってるんだ」

「え、言ってみて?」

「君だ」

「だからそういうのは……」


 商品を持ったまま会話していると怪しまれてしまうので会計を済ます。

 これで所持金の残りは5000円だ。


「玲、冗談だと思ってるの?」

「そうではないけれど、雛さんがいるじゃない」

「大丈夫、説得するからさ。瑛子さんだって同じだよ、必ず認めさせてみせる」

「そうじゃなくて……雛さんがあなたを好きじゃないかってこと!」


 鈍感はこの子だ。

 雛さんだけじゃない、彼女を好きな子は……多分いっぱいいる。

 あまりそういう噂を聞かないものの、隠している子だっていることだろう。

 なのに大して仲良くもない私が欲しいなんて、どうかしてるし、どこかおかしいのだ。


「それに欲しいってどういう意味で?」

「それは抱きしめたりキスしたりとかでの意味かな」

「特別な意味でってことよね? 私とあなたは大して仲良くないじゃない」

「え……酷くないそれ……確かにぶつかりあったりした時もあったけどさ! 僕達仲良しでしょっ?」

「いえ、違うわよ、それはあなたが勘違いしているだけだわ」


 先生もそう、私をそういう意味で好きになることなんて有りえない。

 実の母が好きでいてくれているのかどうかすら、分からないのだから。


「……そんなに先生が好きなら行けばいいじゃん」

「プレゼントを渡しには行くわよ?」

「……そういうところが嫌いだ」

「あ、ちょっと……」


 やっぱり嘘なんじゃない。

 あなたは「2度と離れない」なんて言っていったくせに、すぐに去るじゃない。

 だから信用したくないのよ、簡単に他人なんて。

 ……とりあえず私は施設を後にしてそのまま高校へ向かうことにした。

 制服なのは好都合だった。そして恐らく土曜日なら先生もいることだろう。

 その予想は当たって廊下から覗いてみると職員室で先生が書き物をしていた。

 他の先生が今のところはいないみたいなので、入らせてもらうことにする。


「失礼します……」

「あ……」

「あの先生、これ! 受け取ってください! さようならっ」


 小さな紙袋を手渡して職員室を出た。

 まあ見ていないところで捨てられてもそれはもう先生の自由だ。


「……今泉」

「……話しかけないんじゃ、なかったんですか?」


 階段の踊り場で追いつかれてしまう。


「あれ、ありがとな。たださ、値段、高すぎだろ」

「いえ、それくらいお世話になっていたということですよ。あの、嫌だったり邪魔だったら捨ててくれていいので、あなたに渡せただけで嬉しいんです。あはは、ついでに言えば話せたことも嬉しかった。でも……苦しめるだけなのよね? 自分勝手で自己満足よねこんなの……」


 けれどこれも、先程のあれも、後悔はしていない。

 自分のしたいこと、気持ちを正面からぶつけただけだ。


「……もう間違いは犯さない。だけどさ、やっぱり普通に会話くらいはしたいんだよ、駄目かな?」

「駄目かなって、あなたが言ったことなのよ?」

「そうだったな。気持ちは捨てる、だから関係を少し戻そう」

「ええ、あなたがいいならそれで」


 握手を求めてきたので握り返して笑う。


「先生」

「どうした?」

「あれ、できることなら使ってほしいです」

「はははっ、それなら使わせてもらうよ。ありがとな!」

「はい!」


 先生と別れて帰路に就く。

 先生が元気良く笑ってくれているところが好きだ。

 なら姫は? 姫の笑っているところは好きなの?

 答えは『YES』でも『NO』とも言えない気がする。

 出会いからの流れが唐突すぎた。

 いきなり「大切」とか言われても信じられない。

 だって私はそう言ってくれていた人に裏切られたから。

 姫が悪いといわけではないだろう。

 もう自分が悪いとも言うつもりはない。

 言えるのは彼女に相応しい人間が他には沢山いること。 

 なにも拘る必要はない。

 来る者拒まず去る者追わずよ、姫。




 月曜日。

 私はHR前に少し早くやって来た先生に挨拶をする。


「おはようございます、先生」

「おう、おはよ! あれ、早見達はどうしたんだ?」

「あ、それが少し微妙な関係になっていまして、どうなるのかは分からないですね」

「お前……なんでそんなドライなんだよー」

「と言ったって、相手の意思次第じゃないですか。私がいくら足掻いたところで、いてくれるかどうかは確定するわけじゃないんですよ。だから待つだけです、去っても別に構いませんから」


 で、放課後まで実際に来なかったのよねぇ……。

 安心できる点は一応家には帰って来てくれていることだ。

 ま、理由は単純に雛さんがいるからだろう。

 それか瑛子――――お母さんのご飯を好きになった可能性がある。

 あの子は結構簡単に泣くところがあるし、母の温もりに触れて案外落ち着けているのかもしれない。

 母だってあれから笑顔が増えて安心している。

 名前で呼んでくれる、話もしてくれる、甘えると膝枕もしてくれるくらいだ。

 その点は彼女に感謝しなければいけないのだけれど……。

 ……この脆い関係がいつまで続いてくれるだろうか。

 あの日の父みたいに急に消えはしないだろうか。


「あぁ……駄目ねぇ……」


 リビングのソファに寝転んで私はひとり呟く。

 去る者追わずは昔ならできた芸当で、暖かいを知った今ではできそうにない。

 だからって適当に「あなたが大切な存在よ」なんて言えるわけもない。

 気持ちは変わってない。でも、それは変わらないのではなく、焦る必要はないと判断しているだけだ。


「ただいま……」

「姫」

「……なに?」

「あ、焦る必要はないでしょう? 私達はまだ出会ったばかりなんだから!」

「……そうだけどさ、あんなきっぱりと『仲良くない』なんて言われたら悲しいよっ!」

 

 彼女は直接きっぱりと言われることは嫌いなのだろうか。

 今だって涙を流してそれを必死に拭っているけれど、それが止まらないようだった。


「ごめんなさい、また考えなしだったわ」

「……ずずっ! うぅ……先生に渡せたの?」

「ええ、あの後すぐに渡してきたわ」

「むぅ……本当に行ったんだ……」

「あなたが言ったんじゃない……」


 難しすぎて分からない。

 なんで彼女が不機嫌になるのかも、こうして涙を流すのかも。

 指示どおりにしてみれば今度は文句を言われる始末!


「だから、仲直りしましょう?」

「……ぅん、だって玲といられないのやだもん……」

「それはあなたが離れただけで……ま、悪かったわ」

「ううん……こっちこそごめんね?」

「ええ、これで仲直りよ?」


 私は立ち上がりこくりと頷いてくれた彼女を抱きしめる。


「落ち着くわぁ……」

「おばさん臭いよ……」

「失礼ねぇ……」


 でもこれで少し信用してほしいものだ。

 私がこう何度も抱きつくのは晴か彼女だけなのだから。


「これ大きいわねぇ」

「あっ、やっ!」

「なに少女みたいな声出してるのよ」

「女だよ僕も!」


 ま、じゃれ合いもこの程度にして解放する。


「ねえ姫、晴の好きな人ってどんな人かしらね?」


 ソファに座り直して私は聞いてみることにした。


「うーん、あんまり常識がない子かなー?」

「えぇ、それだったら私が『可愛い晴に近づくんじゃないわよ』と言うでしょうね」

「ぷっ、あははははっ!」

「な、なによ?」

「な、なんでもないっ! くくくっ、あー駄目だっー!」


 さっきまで泣いてたくせに……あ、でも――――


「姫の笑顔、私は好きよ?」

「ふぇっ!?」


 ええ、これは心から好きだと言えること。

 笑っていた彼女は顔を真っ赤にしてこちらを見つめていた。

 それが少し可愛らしく「可愛いわよ」と重ねておく。


「ま、まだ、これからなんじゃないの?」

「思ったことは口にする性格だもの」

「……心臓が保ちそうにないなぁ……」

「大丈夫? 心臓病だったのかしら?」

「あーま、君はそういう子だよね!」


 私は赤面ではなく困惑した。


「分からないことばかりだわ」

「でもさ、これからなんでも分かるかもしれないってことでしょ!」

「あ、そういうポジティブな考え方いいわね!」

「うん、マイナスに考えてもいいことないもん。だから、どうせなら明るくねっ?」

「ええ、なるべくそれを心がけるわ」


 できることをとことんやると決めたじゃない。

 だったらそれを守るだけ。

 何回失敗したとしても、人生はまだ長いのだから。

ショッピングモールに恨みでもあるのか……。


暗い雰囲気はあまり出したくない。

でも、会話ばかりですまんね。

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