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08.『好意』

読む自己。

 今日は服部先生に頼まれて放課後居残りの仕事をやることになった。

 仕事と言ってもアンケートの選択肢別に分けていくだけ、だから自分だけでやることにした、のだけど。


「い、意外と量が多いわね……」


 従来の不器用さもありどうしても手間取ってしまい、終わった頃には18時を超えていた。


「終わったか?」

「あ、すみません……時間かかりすぎてしまって」

「いや、頼んだの俺だからな。お疲れ様。って、暗いな外……ひとりで帰すのは心配だから送ってやるよ」

「いえ、そういうわけには……それに学校から近いですよ?」

「お礼だお礼、いいだろ? 別に家を知ったって悪用しないし、そもそも担任だから知ってるしな」

「別にそこは疑ってないですよ。私、この学校の中で先生が1番好きですから、信用しています」


 先生は「ありがとな」と言って笑う。

 気づけば私も笑っていて悪くない時間なのは確かだった。

 今から帰るという旨の連絡をし、先生と下駄箱まで歩いて行く。

 どうしてか先生は着くまで1回も話してくれなかった。

 私はしているけれど、向こうにとっては違う、ということだろうか。

 それならそれで信用してもらえるよう頑張りたいと思う。

 晴の件、母の件、あの謎の子の件、問題は軒並み解決できているので集中するのもいいはずだ。

 靴に履き替え外に出る。


「あ、先生の靴はここじゃないですよね?」

「あ、そういえばそうだな! ちょっと校門で……いや、すぐそこで待っててくれ」

「分かりました……」


 校門に出たほうが先生的には近いのに……気を使ってくれているのかしら。

 とりあえず待っていると先生がやって来てくれたので家へと向かって歩きだす。

 またもや話してくれないため少し頭を悩ませていると、先生が言った。


「最近の今泉を見てると安心できるよ、少ししか経っていないのに別人みたいだ」

「それは周りの人がいてくれるからですよ、先生だって支えてくれていますから」

「いや、早見とかの方が役に立ってるだろ」

「ま、ないというわけではないですけど、本当にありがたいと思っていますからね?」

「……だったらさ、玲って呼んでいいか?」


 電灯に照らされた先生の顔は真剣だった。

 どうして皆が名前呼びに拘るのかは分からない。

 それでも拒むようなことでもないだろう。


「他にも先生から名前で呼ばれている子も知っていますし、生徒の方から先生の名前で呼ぶのも聞いたことありますから、大丈夫ですよ?」

「……玲」

「はい、今泉玲です!」

「……友達の作り方が分からないと言っていた玲っぽくないな。それに普段の喋り方、そんなんじゃないんだろ? ちょっと敬語やめてみてくれないか?」

「え……と、先生は可愛らしいわね。……ちょ、流石に先生相手だと恥ずかしいです」


 なんか偉そうだし大人相手に敬語を使えないような痛い子にはなりたくない。

 タメ口=可愛いではないのだ。それを分からないといけないのよ、及川さん!


「あっ、っと――――あ、あはは……ありがとうございます」


 転びそうになったところを先生が手を掴んで支えてくれた。

 姫や雛さんと違って少し硬いと感じるそんな手だ。


「先生?」

「……危ないから掴んでててやるよ」

「あはは、ありがとうございます」


 先生相手だと大して緊張しないのよね。

 昔に父が浮気したと聞いた時は「最低っ」と漏らしていたものだ。

 この高校を選んだのだって、男の子が少ないからというわけだった。

  

「先生は結婚しないんですか?」

「そうだな。というか、しようと思ってできたら苦労しないだろ」

「私の家、お父さんがいないんですよね。だから先生と一緒にいるとお父さんというか、こんな人が父親だったら楽しいだろうなって考える時あるんですよ? どうですか!?」

「馬鹿、おかしなこと言ってないで、また転ばないよう気をつけろ」


 お母さんも先生だったら気にいると思う。

 なにより私がそう望んでいるわけだし、案外容易に「分かったわ!」と言ってくれそうなものだけれど。


「はーい、残念です」

「なにが残念だ、大人をからかうのもいい加減にしろ」

「え、本気ですよー」


 家の近くまでやって来た。


「ありがとうございました! もうすぐそこなので大丈夫ですよ!」

「おう、気をつけてな」

「先生こそ気をつけてください! それではっ」


 家に入る前に礼をして中に入った。


「ただいま!」

「おかえりなさい、遅かったわね」

「ええ、少し係の仕事があったのよ」

「ご飯とお風呂、どっち先にするの?」

「あーご飯かしら!」


 ――――それでご飯を食べてお風呂に入る準備をする。


「ふたりともー」


 どうやら私の部屋ではなく晴の部屋で遊んでいるようだった。

 そう、彼女達のゲームを全てここに持ってきているため、もう晴の部屋と言うよりゲーム部屋となってしまっている。

 晴は格好いいと可愛いに囲まれてイマイチ集中できていないみたいだ。それを外から眺めて着替を持ち、話しかけることなく洗面所へ向かった。

 脱いで浴室へ。洗って湯船に浸かる。


「はぁ……先生に申し訳ないわね」


 あれをやることに決めたのは普段からお世話になっていたからだ。

 それなのに送ってもらっていては、また借りができてしまったというものだろう。

 長風呂派というわけではないのですぐに出て、リビングでゆっくりとしていた母に聞いてみる。


「お母さん、先生にお返しがしたいの、なにをしてあげたら喜ぶかしら?」

「優しくしてくれたからってこと? 教師と生徒だものね、あまり踏み込みすぎても問題よね」

「え、駄目なの?」

「それはそうでしょ? 特別親しかったら問題じゃない」

「え、別に先生にお返ししたいだけなのよ? お礼をしたくなるのは当たり前のことじゃない」


 なによりお世話になるだけなってなにも返さない人間にはなりたくない。


「だってわざわざ暗いからって送ってくれたのよ?」

「え? わざわざ?」

「ええ、だからお礼をしたいと思うのは当然よね?」

「担任の先生は服部先生だったわよね? ……それは良くないことよ、電話をかけるわ」

「え……」


 母はすぐに学校へと電話をかけてしまった。 

 こちらをちらちら見ながらなので、恐らくもう服部先生と会話しているのだと分かるけれど。

 私にはなにが悪いのか分からなくて困惑しっぱなしだった。

 いちいち電話をかけたということは、先生の行動に問題があったのだろうか。


「ふぅ。玲、代わりなさい」

「あ、ええ。えと、代わりました」

「……悪かったな、行き過ぎた行為だった」


 先生は本当に申し訳ないといった声音だった。


「え、なんでですか? それを言うなら送ってもらったのに大してお礼もできなかった私の方が問題ですよね?」

「……いや、そんなことはない、悪かったのは俺だ」

「なんでですかっ、先生は優しかっただけじゃないですか!」


 そもそも私が遅くなったのが悪いんだ。

 それなのに自分を責められたら、こっちの方がどうしようもなくなる。


「……私情を挟みすぎてたんだ」

「な、なんですかそれは?」

「ふぅ……細かいことは気にしなくていい、もうやめるからお母さんにも言っておいてくれ、じゃあな」


 切られてしまった。


「ちょ、先生を責めることないじゃないっ」


 私は横に立っていた母に食いつく。

 なにもこんな恩を仇で返すようなやり方をしなくてもいいのに、と。


「あなたは分かっていないのよ、下手をしたら先生がクビになっていたかもしれないのよ?」

「え……」

「はぁ、どうしてそこまで分からない子に育ってしまったのよ……」

「えと……え、私が悪かったということ?」

「そうね、あなたにも原因があったわ。でもこういう時ばかりは良かったわ、あなたがそういう性格で。そうでなければ先生の教師生命が終わっていたもの、娘に優しくしてくれた先生がそうなったら申し訳ないじゃない」


 優しくしてくれただけではないの?

 別に先生に恋愛感情があったというわけではないのだし、どうしてそこまで重く捉えるのか……。


「分からないわ……なにが悪いのよ……」

「……これ以上困らせないために先生とふたりきりになるのはやめなさい」


 私はもやもやを抱えたまま自室へ戻ってベットにダイブする。


「なんでよ……なんで先生も自分が悪いみたいに言うのよ……」


 寧ろ「このモンスターペアレントが!」と怒ってくれた方がマシだ。

 母も全く怒鳴っていなかったのに先生があの様子だったということは、先生もいけないことだと分かっていたのだろうか? 自分が受け持つクラスの生徒に優しくすることがいけないこと? それに返したいと思うことがいけないことなのかしら……。


「玲さん、どうしたの?」

「あ、姫! 聞いてくれるっ?」


 こくりと頷いてくれたので私は全て説明した。

 姫なら分かってくれると信じてきちんと全部。


「……ん、悪いけれどそれは瑛子えいこさんの言うとおりだよ。先生は踏み込みすぎてしまった、だけど瑛子さんが言ってくれて先生は助かったという形になるかな」


 瑛子というのは私の母の名前だ。

 ……そんなことどうでもいい、だからなんで告げ口みたいなことが先生のためになるのよ!


「なんでよ……先生は優しくしてくれただけなのよ……ねえ姫っ」

「悪いけど変えるつもりはないよ、おかしいと思っていたんだ」

「先生は悪くないわ!」

「そうだね、ひとりの人として男性としておかしなことはしていないよ。けれどね、教師としては誰かを贔屓してはいけないんだよ、分かってくれるかい?」

「……あなた達は先生のなにを悪いと言っているの?」

「……先生はね、君のことが好きだったんだよ」

「え……」


 好き? ……そんなわけないじゃない。

 だってあの教室には及川さんを始め可愛い子がいっぱいいる。違う教室に行けば姫や雛だっているのだ。

 なのにこんな自分で友達を作る方法すら分からない、恩を仇で返すようなことしかできない女を好くわけないだろう。……どうかしている、母や姫は勘ぐりすぎているのだ。


「やめて! 先生がそんな感情を抱くわけないわ! 仮に抱くとしてもあなたとか雛さんとかによっ」

「でもそれならどうして素直に『もうやらない』と言ったんだい? やましいことがないなら、わざわざそんなことを言わないよね?」

「……本当……なの?」


 だからってこんな最後、あんまりが過ぎる。

 失礼だし、私だって悪かったのだから。


「うん。だけどね? 瑛子さんはともかく僕は責めようと思っていないよ? だって皆にとっても優しい先生なのは変わらない。だからさ、この件は僕達だけの秘密として抱えていこう」

「けれどお礼がしたいわ……最後がそれじゃああんまりじゃない……」

「それなら明日僕と君と先生の3人でご飯を食べよう」

「い、いいの?」

「うん、これは瑛子さんにも雛にも内緒のことだ」

   

 


 翌日のお昼休み、私達はまた空き教室に集まっていた。

 でも、先生は昨日と違って全然こちらを見てはくれない。


「先生……別にそういうつもりで言ったわけではないですからね?」

「ああ、分からなかったんだろ? でも、今泉のお母さんのおかげでこっちは気づけたよ」

「……あのっ、こっちを見てくださいよ!」

「いや……悪い」


 母のせいではないのこれは。

 変なことを言ったせいで普通の会話すらできなくなってしまったじゃない!


「私は感謝していたんですよ!? それでお礼がしたいって相談を持ちかけて……でも、急に母の様子が変わって電話を……」

「玲さん、先生を困らせるだけだよ?」

「だってっ、先生はなにも悪いことしていないじゃない!」

「……今泉、俺はお前のことが好きだったんだよ」


 先生がこっちを見てくれて、言ってくれたのはそんなことだった。


「だからそれが悪いことなんですか?」


 人を好きになるのは悪いことではない。

 だって悪いのならカップルや結婚している人間は悪になってしまう。

 

「悪いことだ、良くないことだ、それが分かっていたのに止められなかった。だから助かったんだよ今泉がお母さんに言ってくれて」

「玲さん、もうやめてあげて? それこそ先生に恩を仇で返してるんだよ?」

「ごめんなさい……」

「謝ることじゃない、もう早見達もいるし安心できるしな。だから、必要なこと以外で話すのはやめる、今泉もやめてくれ」


 先生は結局お弁当箱を広げることすらせず、空き教室から出ていってしまった。

 涙があふれて私は姫に抱きつく。


「なんでよぉっ……」

「……仕方ないことなんだよ、先生の意思を尊重してあげよう」

「ええ……」


 私だって困らせたいわけじゃない。

 それでも全然考えないで行動した結果、苦しめてしまっていたのなら関わらないのが1番かもしれない。


「やっぱり私は……なにもできない駄目な女だわ」

「そんなことないよっ」

「いえ、違うわね、なにかすることはできるけれど、相手を喜ばせることはできない女ね」

「玲! 駄目だよそういうのっ」


 ……前に進むしかない。

 大丈夫。幸い、彼女達がいてくれている。


「姫……あなただけは絶対にいてほしいの」

「いる、大丈夫だからっ、もう2度と離れたりしないから!」

「ええ……ありがとう」


 なんで姫はいつもこうして真っ直ぐ生きられるのかしら。

 少しずつでも真似させてもらおうと私は決めたのだった。

やっぱりお互いに好きなら問題ない

それで片付かないんだよね。

俺は好き同士ならいいと思うんだけどね。

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