07.『先生』
読む自己。
途中から再開。
「んーだったらこの家で頑張らないと駄目だね」
話を聞いた姫が優しく晴に言った。
それは本当に柔らかくて、こんな姉がいてくれればと感じてしまったことは内緒だ。
「はい、お気持ちはありがたいんですけど、逃げたくないんです」
「んー残念だけど……玲ちゃんにも頑張ってほしい」
「晴の幸せが1番だもの、残ると言うのなら仕方ないわ」
あ、そういえば雛さんに謝ってなかった……。
結論はでたわけだから今から行くべきだろうか?
「姫、雛さんに謝りたいわ」
「それなら大丈夫だよ、だって連れてきたしね」
「え?」
「雛ーそろそろ入ってきなよー」
扉が開けられて彼女は本当に現れた。
物凄く気まずそうな表情を浮かべつつ床へと座る。
「ひ、雛さん……昨日は……ごめんなさい」
また最低認定されても嫌なので先手を取らせてもらった。
「ご、ごめんって姉ちゃんなんかしたのか?」
「ええ、姫の下着を盗もうとしたのよ」
「え? ……は、早見さんのを?」
「あ、ちょっと! 姫のを想像するんじゃないわよ!」
「いや……どうして同性のし……たぎを盗もうとするんだよ」
「私は下着泥棒だからよ、うふふふっ」
いいじゃない、興味を持つくらい。
大きければ大きいほど気になるものなのよ。
そしてこうして振る舞っておけば、彼女の気まずさもなくなるに決まっているわ!
今度は誰も傷つけない完璧な作戦ね!
「嘘つき! なんで昨日も言い返さなかったの!?」
「ふふ、だって盗もうとしたのは本当のことじゃない、私は最低でいいのよ」
雛さんの頭を撫でる。
意外と拒まれるかと思ったらそうでもなくて、なすがままになってくれていた。
「姫をちゃんと守ってあげて素敵だわ、仲が良くて羨ましいもの」
「……玲さん……」
「どうしたの?」
「家に……来て」
「でも……」
「来てくれないと抱きついたまま離れないよ」
「し、姉妹ね……あなた達は」
問題はないように感じる。
でも、そうしたら晴とも離れ離れになってしまう。
どうすればいいんだろうか。
雛さんは本当に引っ付いて離れなくなりそう――――
「失礼するわ」
「お、お母さん!?」
今日は何回も驚く日だなと内心で苦笑した。
「……この子達が言ってくれているなら行ってきなさい」
「いえ、私……分かったのよ、どれだけお母さんが頑張ってくれていたのかって。それに晴が残るって言っているのよ、だからできないわ」
「あの! お金払うので……あの、こっちに住ませてもらうことはできませんか?」
喋ってなかったと思ったら急にこんなことっ、やっぱり大きいけれど子どもだわ……。
「あなた達がこの家に住むの?」
「そ、それが1番手っ取り早いかと。晴君は玲さんといたい、玲さんは晴君が幸せになるのが1番と言っていました。私達は玲さんといたいので、ど、どうですかね?」
「ん、そうね、あなた達ふたりの方が実の娘や息子より可愛気がありそうよね」
「「ひ、酷い!!」」
「ふふっ、冗談よっ」
「「あ、……笑った顔久しぶりに見た」」
というか喋り方だってお母さんに似せていたんだし、冷静になって考えなくても分かることだ。
矛盾しているようだけれど、私は、いや、私も母のことを好きだったのだ。
それがどうしてか母の態度が冷たくなって、感情が薄くなってしまっていただけで。
「でも、部屋がないわよ?」
「大丈夫です! 僕が玲さんと一緒に寝るので!」「大丈夫です! 私が玲ちゃんと一緒に寝るので!」
「「むぅっ!!」」
私と晴だけではなく母も拍手をした。
「えと……あなたが姫さんで、あなたが雛さん、よね?」
「えっ? ど、どうしてお母さんが知っているのよ!」
「……晴から聞いたのよ。玲がお世話になったわね、ありがとう」
「「いえ、こちらが感謝したいくらいですよ!」」
母は「ご飯を作ってくるわ」と部屋を出ていった。
「え、これであなた達も住むってことなのかしら?」
「うん、改めてお願いしに行くけどね」
「そう……」
「玲ちゃん、お昼ご飯は任せてね! お弁当作ってあげるから!」
「というかさ、僕らでご飯を作れば玲さんのお母さんも楽できるんじゃない?」
「あ、確かに! それじゃあ行ってきます!」
慌ただしく出ていったふたりに晴が「嵐みたいな人達だね」と言って苦笑した。
「晴、これでいい?」
「……俺は姉ちゃんがいればそれでいいよ」
「あ、それより花ちゃんはどうなったの?」
「あ、今度の土曜日にまた来るよ」
「良かったわ……私のせいで終わったとかになっていたら嫌だったもの」
私が1番恐れていたことにはならずに安心。
「花ちゃんはそういう意味で来ているわけじゃないんだよ、俺が相談に乗ってあげてるんだ」
「相談?」
「花ちゃんにはもう彼氏がいるし、俺にだって好きな人いるしな」
「えっ? そ、そうなの……」
恐らく恋愛経験のない晴に聞く花ちゃんが怖いわね……。
それにしても晴の好きな人ってどんな子なのかしら。
私を脅してきたようなあの子みたいな感じでなければいいのだけれど……。
「晴っ、相談に乗るわよっ?」
「って、姉ちゃんも恋愛経験なんてないだろ」
「うっ……そ、そうよね……」
「俺のためを思って行動してくれるのは嬉しいけどさ、俺は姉ちゃんがしたいように生きてくれる方が幸せだからな」
心境の変化があったのだろうか。
今の晴は落ち着いていて真っ直ぐな表情を浮かべていて、可愛いより……格好良く見える。
……周りばかりが成長して、私だけが置いてけぼりにされているみたいで少し悲しい。
「晴は成長しているのね……」
「姉ちゃんのおかげだよ……れ、玲!」
「……どうしたの?」
「いや皆そう呼んでるから俺もって思ったんだ」
「……まあ、好きに呼んだらいいわ。少し1階に行っているわね」
「おう、今回は本当にありがとな」
「え、ええ……」
私は部屋から出て階段を下りる。そしてそのまま階段の側面の壁にガコンッと頭を叩きつけた。
「(名前で呼ばれたくらいでドキッとしてるんじゃないわよぉ!)」
音を聞きつけてやって来た姫が、
「れ、玲さん、顔が真っ赤だよ?」
と言った瞬間になおさら恥ずかしくなってきゅぅ……と倒れた。
「ちょっ! ど、どうしたのさ?」
「あ、頭をぶつけてしまって……だ、大丈夫よ」
「……ね、部屋に残ってたの晴君だけだったよね? それでその反応ということは……告白でもされた?」
「それはされてないわよ……ただ……」
「ただ?」
「なんか成長して格好良く見えたのよ……」
あと自分だけはできていないと寂しくなったということも答えておく。
「ねえ、僕は弟の晴君にも君をあげたくないよ」
「あ、ちょっ……と、ち、近いわよ……」
「駄目だ、君をあげたくない!」
「ふぅ、落ち着いたわ。別に晴だってそのつもりはないわよ、面倒くさかっただけよ」
わざわざ『姉貴』や『姉ちゃん』と呼ぶより、1文字で済む『玲』を好んだだけだ。
落ち着いて考えてみれば分かること、私としたことが酷く恥ずかしい。
これはあれだ、今日までまともに会話できていなかったことによる弊害だろう。
「仲いいわね」
「あ、すみません途中で……」
「構わないわ。それと玲、少しいいかしら?」
久しぶりに名前を呼ばれて嬉しくなった。
私はそのままお母さんに抱きつく。
「な、なによ……」
「た、たまにはいいでしょう? それで?」
「ああ、長くなってしまうし順番にお風呂に入ってって言いにきたのよ」
「あ、じゃあ晴と入ってこようかしら」
たまにはお姉ちゃんとして背中を流してあげるのも悪くないだろう。
ついでに言えばどれくらいガッチリとしているのか確認したくもあった。
やましい理由ではなく、物理的進化もしているかどうかチェックしたいのだ。
どっちもしていたら……まあその時はその時である。
「「はぁ……」」
「え、な、なによ?」
ふたりで揃って溜め息。
別に姉弟でお風呂に入るくらいおかしなことではない。
って、確かクラスメイトの子が言っていた気がする。
「どうしてここまで常識のない子に育ってしまったのかしら……」
「もういいわ、直接誘ってくるから!」
というわけで2階へ帰還。
「あれ、まだ私の部屋にいたのね?」
「お、おう! ど、どうしたんだ玲?」
「晴、一緒にお風呂に入りましょう!」
「はあぁ!? で、できるわけないだろ!」
さっきの格好良さは微塵も感じられなかった。
「悪かったわね、姫と違っていい身体じゃなくて」
「じゃ、じゃなくて……は、入るにしてもせめて水着着てくれよ」
「嫌よ、裸で入るのがルールでしょう?」
それに私に水着なんて物はない。
お金が勿体ないし、一緒にプールに行く友達すらいなかった。
「そ、そんなことされたら……」
「なんでよ、いつも抱きついているじゃない。それに昔は一緒に入っていたのだから……」
「……晴君、僕と玲だったらどっちと入りたい?」
いつの間にか現れた姫が究極の質問をぶつける。
「それは……玲……ですかね……」
おぉ、一応お姉ちゃんのことを好きでいてくれているみたいで安心した。
「だったら潔く入ってきなさい! あ、んー僕も入ろうかな!」
「そうね、1対1だから気になるのよね? だったら姫も入れば問題ないわよ!」
「無理だから!!」
「なにが無理なのよ? 洗ってあげるわよ? お風呂だってそれなりに広いじゃない。あ、また姫の想像して……えっちね」
同性でも揉んでみたくなるくらいの魅力がある。
だから男の子である晴がそう感じてもなんらおかしなことではないけれど。
……姫と同じ女としては複雑なところがあるのは事実だ。
「もうやだこのふたり……向こうに暮らさないかな……」
「「ちょっ!?」」
……振られてしまったのでふたりで入って、それから母や雛さんが作ってくれた晩ご飯を食べ終えた。
食後の時間をいつになくゆったりと過ごして、眠くなったら部屋に戻って。
挨拶もそこそこにベットで眠る――――
「狭いわ……」
「「大丈夫!!」」
「うるさいわ……」
ま、これはこれで幸せだと思って今日は寝よう。
翌日。
朝、学校の廊下を歩いていると服部先生が前からやって来たので挨拶をした。
「おはようございます」
「おはよう、今日は昼飯持ってきたか?」
「はい、お母さんが作ってくれました」
本当は母&雛さんの合作ではあったけれど、細かいことは言う必要ないだろう。
「なんだ残念だな……」
「どうしたんですか?」
「いや……押し付けがましいとは思ったんだけどさ、今泉の分まで作ってもらったんだよな母さんに」
「そ、それは……すみません」
「昼さ、早見達含めて一緒に食わないか? 職員室で食うのも寂しくてな」
「大丈夫ですよ! 場所は職員室に近い空き教室にしましょうか!」
了承したのに複雑そうな表情を浮かべて先生は固まってしまった。
「せ、先生?」
「あ、おう……じゃあ昼にな」
「はい、よろしくお願いします」
それでお昼休みになってあのふたりを誘いに行ったら、
「ごめん、他のお友達に誘われちゃってさ!」
「ごめんね玲ちゃんっ、私も誘われちゃったんだ!」
撃沈、と。
別に先生とふたりきりが嫌というわけではないので、お弁当袋を持って空き教室へ向かった。
「あ……早見達は?」
「遅れてすみません。それとあのふたりからは無理だと断られまして」
「あ、そうか……ま、なら食べるか」
「はい、食べましょう。いただきます」
それにしても珍しい光景ね。
なんかまるで、外にふたりで食べに来ているみたい。
ただ、先生はなんか慌てていて何回も食べ物をこぼしていた。
今だって頰にご飯粒が付いてるのに気づかなくて一生懸命食べていて。
「先生、ちょっとじっとしてくださいね」
「お、おう? って――――」
何故だか固まってくれたので取りやすかった。
自分の手で触れたものだし返すのも微妙のためそのまま食べた。
「お、お前なあ……」
「え? ああ、ご飯粒が付いていただけですから」
先生もどこか子供っぽい。
なんか慌ててるところも可愛くて、微笑ましくて笑みが溢れる。
「先生って可愛らしいですね」
「ぶっ!? ごほごほっ! な、なに言ってっ……」
「あっ、これどうぞ! 飲みかけですけど、それは我慢してくださいね」
お茶のボトルを手渡した。
私をジッと見てきたので「大丈夫ですよ」と言って笑いかけておく。
「…………はぁ……いや悪い、後で買って返すよ」
「大丈夫ですよ、まだ1本とってあるので」
「あのなあ今泉、もう少しお前は気をつけた方がいいぞ?」
「え、あ、すみません……えと、なにが悪かったですか?」
「は? ……マジかよ、無自覚かよ……」
別に悪口を言ったわけではないけれど。
「あ、先生は格好いいと言われる方が良かったってことですよね?」
「違うわっ、……はぁ……」
「す、すみませんでした……」
そんな大きな溜め息をつかなくてもいいと思う。
多分相手が姫や雛さんだったらこんなことはしないはず。
つまり先生の相手には相応しくなかった、ということだろうか。
「すみません、気づいてあげられなくて」
「は?」
「先生は姫や雛さんの方が好きってことなんですよね?」
「あのさ、お前なに言ってるんだ?」
「え、だから私だとつまらないから溜め息をついているわけですよね? だからすみませんでした、失礼します――――」
「待てよ、別にそんなこと言ってないだろ」
「そうなんですか? それなら良かったですけど」
座り直して全然食べてなかった自分の分を食べていく。
あ……美味しい、お母さんの味はよく分かる。そして雛さんが作ってくれたのもよく理解できた。
「美味しいですっ」
「……っ」
「え!? どうしたんですかっ?」
「んん! ごほんっ! ふぅ、いや、また詰まりそうになってな」
「気をつけてくださいね」
「おう、本当に気をつけるよ」
お互いに食べ終わった私達は少しだけ会話をしてから別れた。
中々どうして落ち着けた時間になったのは良かったことだと思えた。
姫→玲さん
雛→玲ちゃん
に変更。
玲はどれだけ無自覚で鈍感なんだ。