06.『理由』
読む自己。
途中から再開。
ぼけっと待ってると服部先生ではなく保健の先生が戻ってきて慌てて保健室をあとにした。
悪いことをしているわけではないのに感じてしまうあの罪悪感はなんだろうと考えた。
でも……服部先生には申し訳ないけれど、やっぱり貰うわけにはいかない。
だからゆっくりと教室へと歩いていたら不意に手を掴まれて振り返ると――――
「……なんで逃げるんだよ」
先生で少し安心……とはならず、その怒った感じの雰囲気に少したじろいだ。
「いや……保健の先生が戻ってきまして」
「そりゃ戻ってくるだろ、保健室なんだから」
「とりあえず手……離してください」
「悪い……」
先生はひとり分離れてすぐにお弁当袋を押し付けてきた。
「なにも言わず食え! いいな?」
「あの……どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「今泉が俺のクラスの生徒だからだ」
「先生がお腹へっちゃうじゃないですか、それに容器を返す手段がないですよ」
生徒がお弁当箱なんて渡したらそれこそ驚かれるだろう。
他の先生に見られることよりも生徒に見られることが1番の問題ではないだろうか。
幸いここには私と先生しかいない、やはり断らなければ駄目なことだこれは。
しかし、返そうとしたタイミングで先生のお腹が鳴ってくすりと微笑む。
「食べてくださいっ」
「……悪いな……」
「いえ、本当にありがたいですから、いつもありがとうございます」
顔を赤くして気まずそうに目を逸らす先生がどこか可愛かった。
……周りを確認してから故意に調子に乗って先生の頭を撫でさせてもらう。
「なっ!?」
「あははっ、失礼します!」
晴みたいに可愛かったから悪いのだ。
私の姉心をくすぐってしまった自分が悪いと思ってほしい。
「あ~やっと来た~」
教室に戻ると及川さんが迎えてくれたので、
「ふふ、心配してくれていたの?」
などとからかってみる。
一応これで最後にしようと決めておきながら。
……嫌われるのはやはり堪える、あれを何度も体験するのは嫌だった。
「別に~。あ、そうだ、早見さんがまたそこにいるよ~」
自分の席に座って話しかけることにした。
「そんなところにいたら汚れるわよ」
「……玲ちゃん服部先生にお姫様抱っこされて嬉しそうにしてたって聞いたよ」
「誰よそんなこと言ったの……」
横で口笛を吹き始めた子がいたので腕をつねっておく。
「いっった~!?」
「大袈裟よ、余計なこと言わないの」
「いや、本当に女の子の顔してたよ?」
「ないわよ……先生だって私が無様に倒れてたから心配してくれただけよ。それに自分の授業で怪我をされたら困るじゃない」
保身に走ったなんて言うつもりはない。
寧ろ恐れず堂々としていたのは格好いい……かしら。
「それにしても服部先生って見た目の割に可愛いわよね」
「「か、可愛い?」」
「え、可愛いじゃない」
お腹が鳴ったら素直にお弁当を受け取ってしまうところとかね。
勿論、それを言うつもりは一切ない。ただ、『服部先生可愛い説』を広めていきたい気がする。
そうしたらもっと人気になるはずだ。そうすれば他の子に意識を向けざるを得ないわけで――――
「ねえ、それよりあの子は来なかった?」
それにしても姫の下着を持っていっていたらどうしていたんだろう。
あの子だって女の子なんだし、まさかそういう目的で使うわけではないはずだ。
「うん、来なかったよ、私が怖いんじゃない?」
「ふふ、そうね」
「はぁ?」
「なんでよっ……自分が言ったんじゃない!」
怖いので謝罪をしてベランダに出る。
彼女の横に腰を下ろして空を見上げた。
雲ひとつない綺麗な青色の空だ、大変良く落ち着くことができるそんな光景。
「姫、どうして教室に入ってこないのよ?」
「だって『雛が言うなら仕方ない』って玲ちゃんを追い出しちゃったし」
「気にしなくていいわよ、それに盗もうとしたのは本当じゃない」
実はつけてみて差を確かめてみたかったのはあった。
そこまで自分のが小さいというわけではないけれど、好奇心というのは確かにあったのだ。
だから彼女にここまで自分を責められてしまうと困ってしまう。
なにより優しくしてくれたこの子に泣いてほしくなんかない。
「姫、大丈夫よ」
「……なにが大丈夫なの?」
「私はあなたを必要としているわ」
「あっ、じゃあ戻ってきて!?」
「そ、それは無理よ……」
雛さんの本音を知ったままのうのうと生活することはできない。
また仮に誤解だと分かったとしても、今度はそれが引っかかってぎこちなくなることだろう。
でも甘えたい、あの状態の晴を1番見たくないから。
母はどうでもいい、妥協してくれたから許すことはできる。
……どうすれば晴を戻せるだろうか。
「姫、頼みがあるわ」
「……ん」
いじけている彼女を抱きしめつつ身勝手に言わせてもらおう。
「晴を家に住ませてあげてくれないかしら」
「……晴君には悪いけど、お姉ちゃんの方が重要だから」
「お願いよ、私のことはどうでもいいから」
あのまま母の側にいたらあの子はどうにかなってしまう。
あの時に晴がしてくれたことを、今度は姉である私がするべきではないだろうか。
晴が器用な子ではないことを知っているし、このままでは花ちゃんとの件も失敗に終わってしまうから。
「あなたって本当馬鹿だよね、髪の毛ボサボサな以外は頭良さそうに見えるのにどうしてそうなの~? あなたが早見さんの家に行けば解決する話でしょうが! そうすればそのなに、えと、はる君? だって泊めさせてくれるでしょ! 色々言い訳してるけどさ、要は雛ちゃんに責められたくないからでしょ?」
「……当たり前じゃない……誰だって責められたくなんかないわよ」
言いたいことがあるなら直接言われることを望んでいる。
でも、だからって傷つかないわけじゃない。
あの時に姫が言っていたように、自分を守りつつ行動するしかできないのだ。
だって怖いから、昨日と今日で真反対の反応になってしまうところを実際に目撃したのだから。
「玲ちゃん……及川さんの言うとおりだよ」
「……だってださいじゃない、そうやってすぐに意見を変えたら」
「そもそもださいよ! そんなおでこにカットバンを貼ってるような子はね!」
「あぁあぁあぁ!? ……だと思ったのよ、でも服部先生が貼ってくれたから……」
まさか目の前で剥がすわけにはいかないし、すぐに剥がしたら勿体ないうえに申し訳ない。
……それに多分ばれたら先生は怒るだろう、さっきのだって逃げた判定されたわけだし。
「おーい、今泉いるかー」
私は立ち上がって教室内に戻る。
「ベランダでなにやってたんだ?」
不思議そうな顔で聞いてきた先生に、
「泣き虫さんを抱きしめてました」
そう返して少し微笑む。
そういえばいつの間にか先生と話をする時、当たり前のように笑っている自分に気づいた。
「泣き虫? まあいいや、それよりしっかり飯食えよな」
「ちょ……ここ教室なんですけど……」
「だから? 昼飯食わないでうろちょろしてるのは今泉くらいだからなー」
そんなことはないだろう……。
もし逐一チェックした結果による方向であったなら、疑って申し訳ないと謝るしかないけれど。
「守らないと今度の体育で今泉だけ2倍走らせるからなー覚悟しておけよー」
「ちょ!? ……なによあの人……」
私の想像どおり先生は子どもだ。
撫でたくなるのも当然のこと、なんらおかしなことではなかった。
「玲ちゃん、……なんで先生とそんな仲良しなの」
「ちょ……こ、怖いわよ……」
やっと教室内に入ってきたと思ったら目が据わってるし長身のため迫力が増す。
「やっぱりメスの顔してたんだ」
「言い方!! 気をつけなさい!」
「玲ちゃんは僕のものなんだから誰にも渡さない」
「だからここ教室なのよぉ……」
さっきから周りに注目されてるのよ!
服部先生はもとより、彼女だって人気があるのだ。
なにより格好良くて胸も大きくて背もでかい、どうしたって人目を引く存在だ。
そんな子がクラスで私みたいなのを抱きしめたら、あぁ……考えたくもないわぁ……。
「早見さん、その子顔死んじゃってるよー」
「あ……ごめん玲ちゃん」
「いえ……いいのよー……別にー」
とことん見世物になってやろうじゃないの。
いや違う、放課後になったら雛さんに謝ろうと私は決めた。
「姫、晴を救うために協力してちょうだい!」
「じゃあ家に来てね?」
「……まあ……どうしてもって言うなら、仕方ないわよね?」
「うわぁ~そういうの良くないと思うけどな~。弱いくてださいくせに変なところで強がる癖、やめたほうがいいよ――――いっったい!?」
「及川さんもありがとう、あなたのおかげで少し吹っ切れることができたから」
「うぅ……だったらつねらないでよぉ……」
これでも感謝している。
自分にできることをとことんやっていこう。
「ただいま」
母は17時過ぎまで働いているためこう言ったところで意味は特にはない。
……昔だったらたまに早く帰ってきていた父やまだ部活動をやっていなくて帰ってきていた晴が「おかえり!」と返事をしてくれていたのだけれど……。ま、過去のことを思いだしても意味はないからやめよう。
私はリビングに居座り母が帰ってくるのを待つ。
「ただいま……」
……晴が帰ってきても挨拶はしない。
リビングに入ってきた晴もこちらを一瞥するだけでなにも言ってこな――――
「……なにやってんだよ?」
こういう時は返事をしてもいいのだろうか、悩んでいる内に晴がどかっとソファに座った。
まあつまり私の横に座ったということになる。
「姉ちゃん……本当は嫌だったんだ」
母にか私にか、それとも父親が消えたことについてだろうか。
私だって意味はないとか言っておきながら何度も思いだしてしまう。
あの帰ったら楽しさと心地良さしかなかったこの空間、それが冷え切ってしまった今は悲しいものだ。
「なんで姉ちゃんに優しくしてやらないんだろう母さんは」
どうやら私への対応を嫌だと思ってくれていたらしい。
いや知ってる、母が優しいのは知っている。
だってスマホは結局ここに置かれたままで解約はなされていなかったし、あんなことを言いながらも私が家に戻ってくることを拒みはしなかった。お風呂やトイレだって利用させてくれた。それで十分だろう。
「姉……ちゃん」
……晴から抱きしめてきたのは初めてな気がする。
これはもしかしたら花ちゃんの件はもう失敗してしまったのかもしれない。
私に甘えようとするくらいだ、よほどのことがない限り有りえないはずだ。
「姉ちゃん!」
「……そんな大声出されたら耳が痛いわよ……」
「ごめん……」
話しかけるなと言ったのは晴の方なのに、黙っていれば叫ぶってどうかしている。
「晴、早見さんの家に行く気はないかしら?」
「えっ? お、俺が……早見さんの家に?」
「ええ、もう話はしてあるの、だから後はあなたとお母さん次第だけれど」
母が帰ってきたので私は床に正座をした。
「なにやってるの?」
「お母さん、晴をあの子の家に住ませてもいいかしら?」
「はぁ? ……どこまで勝手なのあなたは」
母は冷ややかな視線をこちらに向ける。
それを真っ直ぐに見つめて続きを言った。
「このままだと晴は暗くなってしまうわ、晴には楽しく過ごしてほしいの! この家に住んでいたらそれができない……駄目かしら?」
「晴はどう思っているの?」
「俺は……姉ちゃんと仲良くしたい」
その言い方だと「家で仲良くすればいいじゃない」で終わってしまう。
いやまあ確かにそれが理想、早見姉妹に負担をかけないのが1番ではある。
けれど現状維持では恐らく……変わらないのではないだろうか。
「その子はなんて言っているの?」
「それはちょっと……言えないわね」
「いいのか駄目なのか言いなさい」
「……私が来ればいいと……」
「そうね、それなら説得して晴だけにしなさい、あなたは家に残るのよ」
元からそのつもりはではあって私は何度も言っていた。
「ええ、それで許可してくれるのかしら?」
晴が幸せになれれば私も喜ぶ! とか言っておけばきっと姫だって納得してくれるはずだ。
「晴だけなら構わないわ」
「感謝するわ。というわけで晴、今から早見さんの家まで案内するから荷物まとめてくれる?」
「嫌だよ」
「え? もう、ワガママ言わないで……」
「姉ちゃんと離れるくらいなら残る!!」
だから拒絶していたのは晴なのに……。
仕方ないので家の電話を使い姫を呼んだ。
「話は決まった?」
「それが……晴が納得してくれないのよ」
私の部屋で3人集まって話し合いをしていた。
流石に姫も母がいては気まずいと思ったからだ。
「晴君、なにが不満なの?」
「だ、だって……俺だけ早見さんの家に行けって言うんです……」
「玲ちゃん!!」
「そ、そういう条件なのよ、別に私からそうするって言ったわけじゃないわ」
私は晴が幸せになれればいいと考えていて、この家に残ったままではなれないと予想している。
ならそこに私の有無は関係ないわけだ。いようがいまいが、結局なにもできない駄目な姉なのだから。
なによりも私の中で優先されること、それを守っているだけなのにどうしてここまでごねるんだろう。
「晴君は玲ちゃんといれたら嬉しい?」
「あ、当たり前ですよ……こんなんでもお姉ちゃんですし、優しいから……」
「うんうん! でもねーこのお姉ちゃん鈍感さんだからねー」
なんか及川さんみたいになってしまっている……。
「もし、玲ちゃんも行くってなったら来る?」
「でも……母さんも本当は可哀相なんです、頑張ってくれてるんです。だけど……姉ちゃんだけに厳しくてそれがいつもなんでだろうって分からなくて、……できることなら昔みたいに家族で楽しく過ごしたいんですけど……」
母が再婚しない理由は、また浮気されないか不安だからと前に本人が言ってくれた。
あと私達が育っているのもあって、変な人に引っかかりたくないからとも言っていた。
私達がそうさせてしまっているとは分かっているけれど、母は強く振る舞おうとしている。
だってそうでしょ? ここいたら幸せになれないとか言われても怒らずにいられることは凄い話だ。
年上で可愛くて格好良くて胸でかくて身長大きい女の子とかやばいね。
晴はマジ凄いわ。