05.『厚意』
読む自己。
放課後、私が体育館裏に行くとあの子が待っていた。
目線だけで聞いてきたので「女の子とお喋りするのが趣味だそうよ」と答えておく。
「次は胸の大きさを聞いてこい、あたしはここで待っているから今日中に戻ってこいよ」
「あのねえ……」
「いいのか?」
「……分かったわよ」
学校を出ていったのを確認してからここに来たので走れば追いつけるはずだ。
そして実際にすぐに追いつくことはできた。
「……玲ちゃん、どうしたの?」
「はぁ……はぁ……ふぅ、姫、あなたの胸の大きさを教えてくれるかしら」
「なんで?」
「私が知りたいからよ、あとどうすればそこまで大きくなるかも助言してほしいものね」
大きければいいというわけではないし自分の大きさに不満があるわけではない。
というか、漠然と「大きい」と思えていれば良かったのだ。
今回みたいなことがなければこうして聞いたりなんかしない。
「……95、アドバイスはできないよ」
「ふふ、ありがとう。それじゃ――――」
「ねえ、どうしてそっちに行くの? 家はあっちだよ?」
抱きしめて止めてきた彼女を納得させる理由を探す。
「……忘れ物を思いだしたのよ」
「……そっか、じゃあ気をつけてね」
「ええ、あなたこそ」
体育館裏へ到着。
「95だそうよ」
「……次は下着を持ってこい、本人に頼むのは駄目だからな」
「できるわけないじゃない……今だってもうギリギリなのに……」
「できないならばらすだけだ」
仕方ないので家に帰って彼女がリビングにいる時を見計らって窃盗をする。
「玲ちゃんがまさかこんなことをするなんてね」
ま、当然の流れと言えるだろう。
そもそも彼女は相当怪しんでいた。
そんな中でコソコソ部屋に行ったりしたらバレるに決まってる。
「僕の下着を持っていってどうするつもりだったんだい?」
「……違うわよ、私がしてみてどれくらい差があるのかを調べよう――――」
「嘘つかないでよ!!」
私は黙ってちらと雛さんを見た。
こちらを睨みつけるようにして厳しい表情を浮かべている。
ついでに言えば今回は姫の似たような感じだったけれども。
「……もしかして玲さんは元からこれをするつもりで来たんじゃないかな」
同性の下着盗みに入るために同情を買ったと言いたいのか雛さんは。
ただまあ、これで分かりやすくなった。
つまり、姫が受け入れたから渋々入れるしかなかった、ということなのだろう。
「ふふ、そうね、それが目的だったのよ」
「最低っ! そんな人に家にいてほしくない!」
お金だって10000円しかないし大して役に立たない。
人の家に住ませてもらうにしては全然足りないのは分かっている。
「だそうよ、姫はどうなのかしら?」
このまま下着を持っていくことは不可能だ。
で、今日か明日にバラされどうなるのかは分からない、と。
「……雛がこう言ってるなら……仕方ないよ」
「そうね、それなら失礼するわ」
土下座でもして実家にいさせてもらえばいい。
ご飯はまあこのくしゃくしゃのお札で少しずつちびちびと食べていけば死なない。
荷物をバックに全部しまって早見家をあとにする。
「……なんでまた来たのよ」
「あの……いさせてくれませんか?」
玄関先で土下座。
これくらいなんてことはない。
「あの子の両親になにか言われても知らないって言ったわよね?」
「いえ、文句を言われたわけではないんです。私がやらかしてしまっただけで」
「……ご飯をあげない……けど、お風呂とトイレ、自分の部屋くらいは自由に使えばいいわ」
「ありがとうございます」
早速部屋にこもってベットに寝転ぶ。
自分のベットなのに初めて買ってきたベットのように感じた。
「姉ちゃん……」
「晴っ」
私は飛び上がって小さい弟を抱きしめる。
でも――――
「……やめてくれ」
「……ごめんなさい」
こちらを冷ややかな表情を見る晴からさっと視線を逸らした。
「……いてもいいけど、話しかけてくるなよな」
なにも言わずこくりと頷く。
母は晴になにをしたのだろうか。
前なら叫びつつもなんだかんだで心配してくれるような男の子だったのに。
またもや踏んだり蹴ったりな1日だ。
なにも起きないという日は私の人生にはないらしいと分かった。
翌日、自分の席に座って大人しくしているとあの子がやって来た。
「おい、どうして持って来なかったんだ? それに仮に無理だったとしても言いに来るのが常識なんじゃねーのかよ。あたしが何時まで待ったと思ってるんだ? おい、答えろよ」
「……19時くらいかしら」
「21時まで待ってたんだよ!」
り、律儀な女の子ねぇ……ある意味可愛気のある子だとも言えるけれど。
「もうばらしてくれても問題ないわよ、だって私はあの家から追い出されたもの。それも下着を盗むために入った女という扱いをされてね! ……やっていられないわ」
晴だってもう笑いかけてはくれない、……残ったのは敵ばかりじゃないか。
「ちょっとそこの君~」
「あ?」
「私が今泉さんに用があるんだからどいてよ」
「てめ――――」
「どけって言ってるの分からないのかな。まあそりゃそうだよね、人を脅すことしかできない子に常識が備わっているわけがないよね~」
脅すことしかできない子って……あなたもそうだったわよ……。
その子は及川さんの真顔の前に怯み教室から出ていった。
……一応助けてくれたので「ありがとう」と言って笑いかけておく。
「言うとおりにするとかださ」
「そう言わないでよ……怖かったのよ」
「髪の毛も結局直してきてないし弱い」
「あの……そろそろ私泣くわよ?」
及川さんは及川さんだ。
でも、よく分からない優しさを向けられるよりも信じられる。
あの子みたいに「大切」とか言ってくれなくて本当に良かった。
やっぱり口先だけなんだ。信じられるのは自分だけっ。
ま、下着泥棒を擁護する方が怖かったというものか。
「あなたは絶対表では泣かないでしょ」
「そう……かしら? 泣くわよ悲しくなったら」
「弱いくせに強がる、そうだよね?」
「強がってないわよ……」
「……じゃあなんで素直に早見さんに言わなかったの?」
それは……何故だろうか。
信じられなかったから? ……いや、迷惑をかけたくなかったからだ。
だからあの子には感謝をするべきなのかもしれない。
「もう安心してちょうだい、家からは追い出されたわけだし、及川さんはあの子に集中すればいいわ」
「はぁ……そういうのうざいんだけど、どうせすぐに戻るくせに」
「はい? なんでよ?」
「なんでって、だってそこに早見さんがいるからね」
彼女が指差したのはベランダだった。
はっとして覗き込んでみると彼女は座って、いや、膝に顔を埋めて泣いていた。
「どうしたのよ泣き虫さん」
「ぐすっ……だってぇ……」
虐められた……わけではないだろう。
彼女を虐めるような子がいたらそれこそ殺されそうねと苦笑する。
「私が言っておいた、だって今泉さん下手くそなんだもん」
「及川さん……あなたやっぱりいい子だったのね」
「はぁ? いい子なわけないでしょ!」
「ふふ、そうね、そういうことにしておくわ」
自分だけが気づけないだけで、周りには沢山味方がいるってことよね。
問題なのはこちらがなにもできないことだ。物を送るにしてもあれはご飯代、それもできない。
自惚れでなければ自分のために泣いてくれている女の子と、行動して助けてくれた女の子になにもできないのは辛かった。
「うざいんだよ、ああいうの見えてると。……昔の私を見ているようで……」
「そう、ありがとう」
「だからあなたのためにしたわけじゃないって!」
「ええ、そうだったわね」
というか服部先生が来る前にこの泣き虫さんをどうにかしないといけないわ。
とりあえずベランダに出て立ち上がらせると、そのままギュッと抱きついてきた……。
なにがしたいのか分からない。それに私が下着泥棒というのは変わらないのだから。
「玲ちゃんっ、玲ちゃん!」
「教室に戻りなさい、もう先生が来てしまうわ」
「……家、戻ってきて」
「無理ね、雛さんがあの様子では不可能よ」
姫が説得しようとしたら、またそれで私が悪く言われるだけだろう。
実際最低なのは本当で否定するつもりもない。だから、その選択肢を選ぶことはできないのだ。
「ありがとう、昨日はお礼も言わずに家を出てしまったから気になっていたのよ。ほら、戻りなさい」
「やだ……戻るって言うまで離さない」
「それならいくらでも付き合ってあげるわよ? 服部先生になにか言われても知らわないわよ私は」
「……ばか」
「そうね」
「……おおばかっ! もう知らないからっ」
彼女は自分の教室へと戻って行った。
「馬鹿じゃないの?」
「本当に泣くわよ……」
「あ~あ、せっかく私が連れてきてあげたのにな~無駄にしたんだよあなたは」
私は笑って「いいのよ」と答える。
最悪の場合は土下座でもなんでもすればいい。
必殺のパワーを秘めているその行為を見せてやればいいのだ。
「(……お腹へったわ……)」
午前中最後の授業、この服部先生が受け持っている体育が終われば一先ず休める。
問題なのは選ばれたのが持久走ということ――――
「今泉ー! ちゃんと走れー!」
「はぁ……」
そう、優しいだけではない。
しっかりさせる時にはさせる、それが服部先生のモットーだった。
日差しが、周りの子が追い抜くことが、空腹が、先生の大声が、私を攻撃してくる。
……少し精神的に参っていたのもあったのと、やめたいという心からかそのまま地面にダイブ。
故意にしたわけではない、つんのめって転んでしまったのだ。
「痛い……わ」
1番最後尾で良かった。
大半も既に走り終えていたので迷惑をかけることはなかったからだ。
私は起き上がらずうつ伏せで地面に転がり休憩する。
「お、おいっ、大丈夫か!?」
「あ、先生……少し休憩中なので気にしないでください」
「……せめて座って休憩しろ」
「いや……ちょっと動きたくなくて……」
顔は砂だらけ、口の中にも入ってジャリジャリしているけれど、なんか落ち着く。
妙にひんやりしていて心地いいのも確かだった。
「……許してくれよ」
「え? きゃ――――」
どんなプレイなんだろうか。
どうして私は服部先生にお姫様抱っこをされているのだろうか。
「きゃ~先生大胆!」
「今泉さんどうしたんですか?」
「ちょっとな、悪いけど時間になったら勝手に解散しておいてくれ」
別に風邪というわけではないし、それに私は走りきってない。
贔屓していたら子ども経由で親から文句を言われてしまうかもしれないのに……。
「は~い!」
「疲れたねー」
「そうだねー! でも、これが終わればお昼ご飯食べれるから嬉しいよー!」
後ろで盛り上がるクラスメイトの子を気にせず先生は歩きだした。
目的地は勿論、保健室なのは言うまでもないけれど。
「お前……額から血出てるぞ」
「あ、まあダイブしましたからねっ」
「褒めてるわけじゃないぞ! ……保険の先生はいないし……とりあえず洗ってくれ」
「はい」
水で洗って自分のハンカチで拭く……。
「あっ!? 血がついたわ……」
真っ白のハンカチに少し滲んだ赤色。
これ……晴が誕生日にくれた物だったのに、くっ!
「……こっち向け」
「あ、はい……痛いですよ!!」
「し、仕方ないだろ消毒してるんだから……で、このカットバンをバンッと貼っておけば大丈夫だろ」
「だ、ダサくないですか?」
おでこの真ん中にカットバンを貼ったまま教室に戻るのは恥ずかしい。
「というか先生、ああいうのするべきではないと思いますけど」
「地面に張り付いてたからだよ、残りを走らなくて済んでありがたく思ってほしいけどな」
「……恥ずかし死しそうでした」
敬語の時の私はキャラが違う気がする。
それとも相手が服部先生だから――――そんなわけないっ。
大人に甘えたくなるのはおかしなことではない。けれど、距離感に気をつけないといけないようだ。
「……とにかく、ちゃんと飯食えよ」
「あ……それがお金がなくて買えないんですよね」
「はぁ? だから倒れたのかよ……」
「あ、それは昨日のお昼からなにも食べてないからってだけですけど」
「馬鹿かお前は!! 倒れて当たり前だろ……母さんが作ってくれた弁当やるよ」
「も、貰えるわけないじゃないですかっ」
服部先生は実家住み、と。
でも、実家に住んで悪く言われる今の世間がよく分からない。
それでお金を入れていたり、しっかり働いているなら問題ないというのに。
「というか先生は独身なんですね」
「別にいいだろ、全然いないんだよ合う人がな」
「先生みたいな人がお父さんだったら、安心して生活できそうですね」
「……どうだかね。弁当持ってくるから逃げずに待ってろよ?」
「え、そろそろ教室に戻ろうと思ったんですけど」
多分あの子がなんだかんだで探している。
私だってあの子や及川さんと一緒にいたかった。
家に帰れば味方がいないという状況なので、暖かいに触れておきたいのだ。
先生のそれも同じと言えば同じ、それでも厚意に甘えているわけにはいかない。
「……自分が受け持つクラスの生徒に倒れられるのは嫌なんだ、大人しく食べてくれ」
「え……それなら……」
先生は笑って「待ってろっ」と言い保健室を出ていった。
私は保健室の扉を黙って見つめることしかできなかった。
先生×生徒って現実でもあるけど
よく逮捕されてるよね。
好き同士なら良さそうだけどなあ。