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04.『真顔』

読む自己。

 体を起こして自分の部屋ではなかったわねと内心で苦笑した。

 横では格好良いが可愛気のある寝顔を披露していくれている。


「玲さん、おはよう!」

「おはよう、雛さん」


 部屋に訪れた妹さんに挨拶。

 

「姫ちゃんはそのまま寝かせておいてね! 日曜日はいつもこうだからっ」

「分かったわ。あ、ねえ……」

「うん?」

「め、迷惑を少しでもかけないようにするから、いさせてくれないかしら」


 なんか「大丈夫だよ」と言ってくれる前提で言っている気がする。

 こういう卑怯なやり方は避けたかった。

 でも、今更家には帰れないので、この姉妹に縋るしかないのだ。


「あははっ、大丈夫だよ! 姫ちゃんだって喜んでたしね! 1階に来てね!」

「ええ、ありがとう」


 私は洗面所に行かせてもらって歯を磨くことにした。

 ……実はこれも新品を貰ってしまったわけで、申し訳ないけれど。


「おはよ……」

「おふぁよ」


 いつもはしっかりしているからその様子でくすりと笑って視線を逸らした。

 主を笑うなんて失礼だ。だから鏡を見てボサボサねとか思いつつ磨いていると―――― 


「玲ちゃん、変なこと気にしなくていいからね」


 私を後ろから抱きしめつつ耳元で囁く主。

 とりあえず口ををゆすいで「甘えたがりなのかしら」と笑ってみせる。


「玲ちゃんは違うの?」

「私? そうね、どこか落ち着いているわね」


 暖かいに触れたからかもしれない。

 あの家では晴だけがそれだったから晴に甘えてしまっていたけれど、ここには魅力的で優しいふたりがいてくれるから問題ないと脳が判断しているのだろう。

 それに甘えられて悪い気はしない。自分より強い女の子が子どもみたいに自分に抱きついて安心する様子は、必要とされているみたいで好きだった。


「それより日曜日は起きない、みたいな言い方されていたけれど」

「横に玲ちゃんがいなかったから飛び起きたんだよ、また変なこと考えて帰ったんじゃないかって思って」

「あなた達には迷惑かもしれないけれど、今はここが私の家だもの、出ていけないわ」


 出て行けと言われても素直に出て行くつもりはもうない。

 そして今度はこの好環境を逃さないよう、できる限り協力していくつもりだ。


「良かった! あ、ちょっとお願いがあるんだけど、いい?」

「ええ、いいわよ?」

「……部屋は余ってるんだけどさ、僕の部屋で寝てくれないかな?」

「別に構わないわよ? あなたの横で寝ていると安心できるのよ。それにふふ、あなたが寂しくなってしまうでしょう? 泣かれたら困るのよね」


 髪先を弄りながら少し調子に乗ったかもしれないと後悔しつつ姫を見た。

 そうしたら今度は正面から抱きしめられて「ありがと!」なんて言われてしまう。


「か、顔、洗いたいのよ」

「うん……ごめん」


 顔を洗って寂しそうな表情を浮かべている彼女の頭を少し背伸びして撫でてから、洗面所をあとにした。

 その後は雛さんが作ってくれた朝食を食べさせてもらって、少しでも協力しようと洗おうとしたら姫&雛に止められてしまった。


「た、確かに全然したことないけれど、食器を洗うことくらいできるわよ?」

「「いーの!」」

「そういうことなら……」


 あくまでまだお客さん扱いなのかしら。

 当たり前な話だけれど、そういう遠慮はまたあっちと同じようになるんじゃないかと不安になる。

 それとも試されているのかもしれない。


「玲ちゃ――――」

「ねえ姫、変な遠慮はやめてちょうだい。すぐには無理かもしれないけれど、私だってこの家の一員としてやっていきたいのよ。でも、このままだと……きっと近い内にあなた達の反応は……」

「大丈夫だよ、少なくとも僕にとっては玲ちゃんがいてくれればいいんだし」

「だからそういうのが!」

「んーま、お出かけしようよ!」


 なんでそこまでしてくれるのと思うのよ……。

 卑下しても無駄だということは分かっている。

 それでも、前例があるから楽観視してはいられないのだ。

 ……家を後にして歩きだす。


「目的地はどこなのよ」

「特にないよ!」

「えぇ……」

「ほら昨日は邪魔しちゃったでしょ? だから今日は自由に歩こうかなーって」

「まあいいわ」


 お金は結局彼女から返ってきてしまっていたものの持ってきてはいない。

 どうしようもなくなった、愛想尽かれそうになった、そういう場合の時のために取っておく必要がある。

 特別珍しい光景ということはなかった。

 だって16年生活してきた地元だ、細かいところを除けばほとんど知っているという状況で新鮮さを覚えることはできない。

 少しだけマシな点を挙げるとしたら、横に彼女がいることだけれど……。


「あ、服部先生だわ」

「あ、本当だね、挨拶していこうか」


 丁度コンビニから出てくるところだった。

 流石にあのツンツン頭を見違えるわけはない。

 ただ、休日の自分を見られるのは恥ずかしい気がするので姫の後ろに隠れつつ近づいた。


「服部先生、おはようございます」

「お、えっと2組の早見……だったよな? ありがとな」

「え?」

「いや、今泉のことよく見てくれてて」

「当然ですよ! だって玲さんは魅力的ですから」


 先生もどうしてここまで気にかけてくれるんだろうか。


「今泉、隠れないで出てこいよ」

「……お、おはようございます」

「おう、おはよ! どっか行こうとしていたのか?」

「お、お散歩です」


 学校で話すのとは訳が違う。

 それとも自分がそういう風に捉えているだけなのか……。


「なんでそんな緊張してるんだ? あ! もしかして早見と付き合ってるのか?」

「え? それは違いますけど」

「そ、そんな冷たい声で言うなよ……ま、気をつけろよな!」

「先生はこれからどうするんですか?」

「俺は、あ……な、なあ、付いていってもいいか?」

「いいですよ!」「駄目ですよ!」


 服部先生のことは嫌いじゃない。

 でも苦手だ、……昔の優しかった父を思い出してしまうから。

 母や晴だってニコニコしていて本当にいい家庭だった。

 父がリストラの憂き目に遭い家から無言で消えた時、それにヒビが入った。

 理由は確か……そう、上司の嫁との不倫で。

 

「だ、駄目だよな、いや悪い、気をつけて行けよ!」


 だって仕方ない。

 思い出してしまうのだ、自分にとって当たり前だった光景のことを。


「あ……もう玲ちゃん! 先生凄い悲しそうな顔してたよっ?」

「……月曜日に謝っておくわ、行きましょ」


 それにこれは服部先生のためだ。

 学校外でも生徒と会っているところを見られたら疑われるかもしれない。

 あの優しく生徒思いの先生に迷惑をかけたくはなかった。

 こんな自分といるのだとしても、なにを言われるのかは分からないのだから。

 私達は歩いていく。

 特に目的もなく真っ直ぐ行ったり、敢えて曲がってみたり、これはこれで楽しい時間だ。


「ちょっと休憩しようか!」

「ええ」


 知らない公園に着いてベンチに座った。

 上を見上げれば天気が良くて綺麗な青色が一面に広がっている。

 そんな『普通』のことが幸せに感じて私はくすりと微笑んだ。


「どうしたの、なにか楽しいことあった?」

「いえ、空が綺麗だなと思っただけよ」

「確かに雲ひとつなくて素敵だよね」

「ええ。それでも多分ひとりでは綺麗だと思えなかったわ、横にあなたがいるからでしょうね」


 晴が野球部に入ってから一緒にいられる時間は極端に減った。

 いや、母がああいう風になってから、そう言うのが1番正しいだろうか。

 私といると晴も怒られるとなれば、普通は一緒にいたくないと思うだろう。

 しかし違う、ふたりの時は必ず気にかけてくれた。

 口は少し悪かったけれど、毎回毎回「姉貴」と近づいて来てくれた晴には凄く感謝している。

 それなのに結局なにも返すことができずに出てきてしまったことだけは、心残りだった。


「ねえ玲ちゃん、それ誰にでも言ってるわけじゃないよね?」

「あなたと違うわ、あなたこそ守るとか平気で言っているのでしょう?」


 雛さんには当然のこと、他にも似たように困っているような子がいれば手を差し伸べることだろう。

 それはいい、他人に優しくできるのは素晴らしい。自分にはできないことだから、継続してほしい。

 ただ、こういう点になると話が変わってくる。

 ……これは自分だけが特別だと勘違いしないために必要なことなのだ。


「そ、そんなことないヨー?」

「ふふ、安心できたわ」


 良かったと思った。

 自分はいつだってモブとかそういう立ち位置でいいのだ。

 主人公の友達、もしくは他のクラスに所属している人間、それくらいで十分と言える。

 よく分かっていない及川さんのこともあるので、この距離感が最適と言えた。


「ふぅ、でも心から思ったのは玲ちゃんにだけだよ」

「やめなさい、いいのよ別に」

「もぅ……まだ信用してくれてないんだね」

「まだ4日よ? 一緒に過ごしていれば私のことが分かるわ」


 ひとりが当たり前だった理由が分かる。

 もっとも、自分が分かってはいないけれど。

 とにかくその後も歩いたりどこかに寄ったりして、実にゆったりとした時間を過ごした。




 月曜日。

 教室で謝ると少しあれなので職員室に赴くことにした。


「失礼します」

「お、今泉! おはよう!」


 席の所に行くより早く先生が気づいてくれて、


「おはようございます。あの、すみませんでした」


 挨拶と少し濁しつつ謝罪を済ませる。


「あ、あーいや、俺が無理言っただけだからな! でも本当に安心したよ、早見がいてくれるなら今泉も落ち着けるだろうからな」


 前半は困ったような表情で、後半は凄く真面目で真剣な表情だった。


「はい、その点は本当にありがたいと思っています」


 先生にもとは言えなかったけれど、感謝していることには変わらない。

 それが少しでも伝わってくれればいいと思う。


「……困ったら言えよな」

「はい、その時はよろしくお願いします。それでは失礼します」


 今日やりたかったことのひとつが終わった。

 私にとっての本番はこれからと言える。

 教室に戻った私は彼女が来るのを待っていた。

 そして周りの子に挨拶をし終えてこちらにやって来た及川さんに話しかける。


「おはようございます及川さん」

「……珍しいね、今泉さんの方から挨拶してくれるなんて」

「そうですね。あの率直に答えてください、私が早見姫さんの家に住んでいると言ったらどうしますか?」

「じゃあ逆に聞くけどさあ、あなたはなんて答えてほしいの?」

「質問しているのはこちらです」


 私の意見なんてどうでもいい。

 こちらは殺されるのか否かをここではっきりさせておきたいだけだ。


「もしかしてさ、前の気にしてるとかあ?」

「殺す、なんて言われたら怖いですよ」

「あははっ。もし私がそんなことを実行する人間であったのなら、今頃この学校は閉校になっているよ」

「それではしないと? 物理的にも、精神的にも?」

「しない、神に誓って言えるよ」

「……安心しました、答えてくれてありがとうございます」


 ふぅ……ふとした拍子に真顔になることが怖いわ……。

 聞きたいことは聞けたので席に戻ろうとした私を彼女が止める。


「殺しはしないから敬語はやめて?」

「……分かったわ、ありがとう」

「やっぱり殺していいかな?」

「えぇ……」

「だって髪もろくに整えてこない女の子とか有りえないし~」


 そんなに重要なことだろうか。

 美人とかそういう云々ではなく、社会の常識として整えてこいと言いたいのかと納得する。

 明日から直そう。

 私にだって注意されたら直そうとするくらいのスキルは備わっているのだから。




 お昼休み。

 食べないことが『普通』の私は校内を歩いていた。

 目的は特にない。ただただ時間を潰したかったけだ。


「あ、あの……どいてくれませんか?」

「あ? なんでどかなくちゃいけねーんだよ」


 そんなやり取りが聞こえてきて見てみると、怖そうな女の子が通せんぼをしているようだった。

 男の子は膝に頭がついてしまうくらい頭を下げているというのに、女の子からは全然動いてあげようという気配が感じられない。

 どこかその男の子が晴に似ていてモヤッとした私は、突撃を決めた。


「ちょっとあなた!」

「あ? ……お前、今泉か?」

「え? ええ……」

「ちっ……仕方ねえからどいてやるよ! その代わり今泉、お前ちょっと来い」

「えぇ……」


 こちらに何度も「ありがとうございます!」と言ってくるその子に「大丈夫よ」と笑ってから彼女を追うことに。……なんだろうか。


「今泉、早見姫の連絡先を教えろ」

「あ、ごめんなさい、私も知らないのよ」

「あ? お前嘘言うんじゃねーよ! あたしは知ってんだからなっ、日曜に一緒にいたこと」

「いえ、本当に知らないのよ、ついでに言えばスマホすらないわ。そんなに疑うなら逆さまにしてみればいいじゃない私を」

「分かった、恨むなよ?」


 ……上下ひっくり返る感覚……本当にされるとは思わなかったわ……。


「ハンカチくらいしか出てこなかったな……今時スマホを持っていないとか有りえねえだろ」

「え、ええ……」

「ちっ、今日の放課後体育館裏で待ってる。だから必ず聞き出して教えに来いよ!」

「……それくらいなら別にいいわよ」


 彼女の教室に行って早速行動を開始する。


「あ、来た! なにやってるのさ!」

「姫、連絡先を教えてくれないかしら」

「あ、いいけど」


 何故だか既に書かれていた紙を手渡してくれた。


「あなた……」


 ジトッとした目を向けると「あ、あはは……聞かれることが多いからさ」と彼女は苦笑する。


「まあいいわ、ありがとう」

「待ってよ、僕はまだ玲ちゃんといたいよ」

「ごめんなさい、少し用事があるのよ」

「……他の女の子といたいの?」

「違うわよ、また家で会いましょう」


 どうせ渡すなら早いほうがいい。

 あの子は先程の場所に背を預けて立っていたので恐らくまだあそこにいるはずだ。

 そして行ってみると実際にまだそこにいてくれた。


「はい、姫の連絡先よ」

「……次はあいつ趣味を教えろ」

「それも分からないわね」

「はぁ? つっかえねえなっ」

「ふぅん、自分で動けもしない人間に言われたくないけれど」


 晴を虐めていたようなものだし、あまりいい印象は抱いていない。

 それに「使えない」とか言われるのは私にとって嫌なことだから。


「調子に乗ってると早見姫を好きな人間にお前が一緒に住んでるってバラすぜ?」

「……分かったわ、放課後までに聞き出しておくから」

「ああ」


 及川さんはああだったけれど、他の子も同じように済むかもなんて楽観はできなかった。

 そろそろ時間も終わってしまうので足早に彼女の教室を目指す。


「あ、玲ちゃん! なんで教室に戻ってなかったの?」

「トイレに行っていたのよ。それより、あなたの趣味ってなにかしら?」

「……僕の趣味は女の子とお喋りすることかな」

「ありがとう、それではまた家で会いましょう」

「……うん、またね」

うーん、ごちゃごちゃしてきたあ!

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