10.『彼女』
読む自己。
私が読書を楽しんでいた時、ふと気配を感じて横を見るとあの子がいた。
その子は女の子なのに、見るだけで「ヤンキーなの?」と感じてしまうのはなんでだろうか。
「今泉、少しいーか?」
「あの、前みたいなことがなければ」
「ああ、もうしない」
そういうことならと本を閉じて席を立った。
彼女に付いていくとすぐに足を止めたため私も止める。
「廊下でいいの?」
「ああ。今泉に頼みがあるんだよ、及川のことなんだけどさ」
「ええ」
「好きな奴がいるかどうか、それを聞いてきてほしいんだ」
「もうすぐ来るわよ? 自分で聞けばいいのではないかしら?」
彼女は言いたいことをはっきりと言う子だ。
まあ私が聞いても特に嫌ということではないけれど、もし好きなら自分で向き合うべきだと思う。
誰でも姫みたいに真っ直ぐになれ、なんてことは私もできていないし言うつもりはない。
それでも、一生懸命感が伝わるのは好印象なのではないだろうか。
「いや……少し怖いんだよ、あいつの真顔が」
「あ、分かるわ」
直前まで可愛らしい笑顔だったのに一瞬で変わる彼女の魔法。
口は悪くとも優しい子だということは分かっているため、まだ普通に接することができるわけだ。
「でもさ、あいつ格好いいだろ? 物怖じせず真っ直ぐ動けるところがさっ」
「そうね、私の時も動いてくれたもの」
「……今泉、あの時は悪かった」
「いえ、あなたに感謝しているのよ? あなたのおかげでまた状況が変わったから」
晴のために動いていたはずが、いつの間にか母のためにもなっていた。
姫と雛さん、特に雛さんは家事ができるので、母も多少の楽さを感じていられるんだろう。
笑顔も増えて、優しくて、まるで昔に戻ったかのようで、嬉しくなる。
ただ、1番大切なのはやっぱり晴だ。
晴が楽しそうにあのふたりとゲームしていると微笑ましくなる。
けれど私は――――いや、ネガティブな感情を抱かないと約束したしやめよう。
「おはよ~、あ、また虐めてるの~?」
「おはよう、及川さん」
「ち、違うよ……ふぅ、なあ及川! 好きな奴っているか?」
「好きな人~?」
彼女は一瞬だけこちらを見てから「いないかな~」と答えた。
あ、これくらいは分かるわ私っ。
つまり彼女が好きなのは、
「及川さんが好きなのは姫か雛さんってことになるのよねっ?」
そう、これしかない。
優しい子だから言わないようにと気をつけたのだろう。
そういう遠慮はいらない。
姫や雛さんが私のものというわけではない、だから堂々と「好き」だと言ってほしかった。
「はぁ? 勝手なこと言わないでくれる?」
「ご、ごめんなさい……でも、私の方を見たから……」
「はぁ……それで~? どうして三浦さんはそんなこと聞いてきたの~?」
「あたし、あんたが好きになったんだよ」
「はい? ん~そうなんだ~?」
そうなんだって……真っ直ぐに「好き」だと言ってくれたことに対する反応にしてはいささか薄い。
「でもな~全然三浦さんのこと知らないしな~。それに、人のことを脅すような子は嫌いなんだ」
「「うっ……」」
「あれぇ? どうして今泉さんも呻いてるの?」
真顔が怖い。
ただ、彼女にも当然色々な理由があるのだろう。
彼女は「昔の私を見ているようで」と言っていた。
これくらいは私でも分かる、容易に踏み込むべきではない。
気軽に「昔になにかあったの?」なんて聞くべきではないのだ。
「こ、答えてくれてありがとな……戻るわ」
「うん、ばいば~い」
三浦さんは廊下を歩いていった。
「今泉さん、今日一緒に帰ろ~?」
「え、ええ……」
「うん? ……そんな顔しないでよ……」
「あ、ごめんなさい」
ふたりで教室に戻る。
私は自分の席に座って窓の向こうに視線を向けた。
今日は青と白が入り混じった光景だった。
放課後。
一応早見姉妹を誘ってみたものの他の友達と用があるということで、ふたりで帰ることになった。
そして実際にもう外へと出て歩いて帰っているという状況だ。
少し前を鼻歌交じりに歩いていく及川さん。
何気にこうして一緒に帰るのは初めてと言えるかもしれない。
「今泉さん、今は家に戻ってるんだよね?」
「ええ」
「家、行ってもいい?」
「いいわよ? ただ、あのふたりも来るから気をつけてね」
「あはは~知ってるよ~」
またなにかがあった時のために姫が言ったのかもしれない。
とりあえず彼女を自宅に連れて行き、リビングにソファへと座ってもらった。
「ふかふか~」
「はい、お茶だけど」
「ありがと~」
私も横に座ってお茶を飲む。
この家もいつの間にか落ち着ける空間になっているようだ。
前だったらいつ母が来るのかと怯えていたものだけれど。
「今泉さん、前にさ助けてあげたでしょ?」
「ええ、あの時は助かったわ」
「だからさ、返してくれる?」
「え、あ、私にできることならするつもりよ」
行動では大して役に立てないから、恐らく物を贈るとかそういうのになると思う。
結局それができたのも先生に対してだけなのは少し気がかり。
「そうだね~髪の毛綺麗にしてくれる?」
「あなたの?」
「今泉さんの! 結局、直してないじゃん」
姫や雛さんがこれでもいてくれるので「別にいいか」となってしまっていたのよね。
「綺麗な銀髪なのに……勿体ないよ」
「ふふ、ありがとう。あなたの髪は金色でいつも綺麗ね」
肩まで伸ばされていて動く度にふわふわ揺れる髪。
キラキラと輝き、こうして正面を見ていても真横の魅力に気づくことができる。
「あと名前……」
「ふふ、愛未さん」
「違う……あなたの名前」
「玲よ」
「違う! 玲って呼ばせてよ!」
どうして皆ここまで拘るんだろうか。
名前呼び=仲のいい、というイメージがあるのだろうか。
でも、嫌というわけではない。
自分の名前を嫌っているわけではないし、喜んでくれるならそれが1番だ。
「ねえ玲、もう早見さんから告白された?」
「そうね、でもまだ仲良くないって断ったわ。それで一瞬関係が消滅しかけたけれど、やっぱり彼女が優しくて継続することができたわ」
「仲良くないの? あれだけ一緒にいるのに?」
「あまり人を信用できないのよ私、信用してもすぐに心は離れてしまうじゃない」
どうせ表面上だけ、なんて言うつもりはなかった。
それでもほとんどがそうだということは、はっきり言わなければならないだろう。
なんでも直接ストレートに言うのも優しさではないのだろうか。
「だからいつもひとりでいたの?」
「いえ、それは気づいたらそうだったというだけよ。友達と楽しそうにしている子達を見たら羨ましいくらいは思っていたのよ?」
母ともほぼまともに接していなかったから常識の欠如が発生してしまった。
そういう点からもひとりになった原因があるのではないかと考えている。
「ただいまー! あ、及川さん、こんにちは!」
お姉ちゃんの方が先に帰宅。
「うん、こんにちは~」
「んー、邪魔しちゃったのかな?」
「あ、そんなことないけど、そろそろ帰るよ~ありがとね玲!」
「ええ、ありがとう愛未さん」
「呼び捨てでいいよ~じゃあね~!」
玄関まで見送って扉が閉じられた瞬間に抱きしめられた。
「もう、どうしたのよ」
「……何回も言うけどさ、君を誰にも渡したくないんだよ」
「……まだ変わらないわよ?」
「だからこそこうしてさ、アピールしていかないといけないでしょ?」
毎回思うけれど……自分より20センチくらい低い相手を抱きしめるのって大変そうだ。
解放してもらってリビングのソファに座る。姫も横に座って体重を預けてきた。
「なんの話してたの?」
「あ、お礼ってことで名前で呼ぶことにしたのよ」
「及川さんが求めてきたんだね」
「そうね。ねえ、どうして皆はそこまで名前呼びに拘るの?」
名字呼び=仲良くないというわけではない。
あ、でも……母に「玲」と呼ばれた時は確かに嬉しかった。
けれど愛未さんや姫は玲ではないのだし、やはり拘る理由が分からないままだ。
「僕的には1歩踏み込めた感じに思えるからだよ」
「そうなの? それじゃあ私は3人に踏み込んでいるということなのね?」
「ま、今の流れで言えばね。だけどさ、本当の意味で踏み込むのは僕だけにしてほしい」
「姫は強いわよね」
「強くなんかないよ。でもあれあれ、こうしてアピールしておかないと負けちゃうから」
彼女はくすりと笑って「もう負けかけたしね」と言った。
そういえば先生が教師でなかったなら、どうなっていたのだろうかと考える。
先生の見た目は派手ではあるけれど、優しくて格好良くて暖かい人ではあった。
いつも気にかけてくれていて、私も気楽に近づける男の人。
会話や一緒にいる時も楽しいと思える相手で――――
「服部先生が教師ではなかったなら、受け入れていたのかしらね?」
「姫、そういうの僕の前で言わないでよ」
「あ、ごめんなさい。また、悪いことを言ってしまったのよね?」
「好きな子からそんなこと言われたら苦しいよ」
先生も似たように苦しんだのかしら。
先生だから駄目、という『ルール』の前にどうしようもなくなったのかもしれない。
何故だかそういう『ルール』が存在していて、人々のそれに槍を突きつける。
じゃあなんで未成年同士の恋愛には変な『ルール』がないんだろうか。
未成年とか成人してるとか『好き』の前では関係ないと思うのだけれど。
気ままに好きになって相手も同じであれば恋人関係になれる。
それがどうして、……分からないままね。
「姫、好きってどんな感じかしら」
「え、うーん……その子といたいとか触れたいとか思う……感じかな!」
「それじゃあ、抱きしめてくるのはそういうことなのよね?」
「当たり前でしょ……誰にでもそうするわけじゃないよ?」
「ということは、私は晴が好きだということなのかしら?」
「玲……やめてって言ったよね? どうして君はいつもそうなの?」
「え、だって触れたいと思うのが好きなのよね?」
暖かさを求めて抱きしめていたのは、それに該当しないのだろうか。
彼女の方を見ると少しだけ厳しい表情を浮かべこちらを見ていた。
「そんなに怖い顔をしなくてもいいじゃない」
「……もう決定付けたくなる、君が僕のものなんだってね」
「私は私のものよ、仮に関係が変わったとしてもそれは変わらないじゃない」
「だからそういうのが嫌なんだよ」
「またどこかに行くの? あなたってそうよね、口では『2度と離れない』とか言ってもすぐに去るじゃない。元々の性格もあって人を全然信用できないところにそれをされたら、余計信じられなくなるというものよ」
だから「大して仲良くないじゃない」と口にした。
先程とは逆の思考で、所詮、表面上だけでしかないのだ。
おまけに私は知っている。
彼女が他の女の子にも甘く接していることに。
なるほど、まあそれが彼女の“元々の性格”というやつなのだろう。
そこを否定するつもりはないし、私にできる権利もない。
けれど、全くもって――――
「あなたから本当に私を好きだという気持ちが伝わってこないのよ」
そう、これが全て。
私がまるで分からなくて馬鹿なことは認めよう。
そこを頑なに否定したところで事実なのは変わらないのだから。
「玲……なんでもかんでも真っ直ぐに言えばいいわけじゃないんだよ!?」
「なんでよ? 分かりやすいじゃない。それにあなたの真似をしているだけだわ」
「違うよ……玲のは相手を傷つける『真っ直ぐ』だ」
「分からないわね、回りくどく言われることを希望するということなの?」
そんなのは時間の無駄だ。
はっきり言って終わるくらいの関係なら、それはそこまでの関係だった、だけでしかない。
「あなたが残ってくれたのは『好き』だったからなの?」
「あ、当たり前でしょ!」
「それで今回も怒って去るの?」
「……君がそんな態度じゃなかったらそもそも叫ぶ必要だってないんだよ」
「好きになったら相手を思いどおりに行動させられるということ?」
「だからさあ! ……なんで君はそうなんだよぉ……」
今度は逆に悲しそうな表情へと変化し、強く握りしめた拳の上にポタポタと彼女の涙が零れた。
「もぉ……ひどいよぉ……」
「そんなに泣くほどなの?」
「は……」
彼女は涙を拭わないまま立ち上がり、それからリビング及び家から出ていった。
「はぁ、玲は馬鹿ね」
「あ、お母さん。え、どうして急に罵倒を?」
「何回あの子を泣かせるつもりなのよ!」
「え……そ、そんなに怒らなくてもいいじゃない! いたってことは聞いていたのよね? 間違ったことを言ったかしら。別に反論はしていないじゃない。それにあの子も言いたいことを言えて満足したはずよ!」
私にもあの子にも権利がある。
それを行使しただけなのに、母は『駄目』を突きつけたいと言うのだろうか。
「……姫ちゃんを連れてくるまで家には入れさせないわ」
「え――――」
って、本当に追い出されてしまった。
どうして? 私と過ごしていればこう言われるって分かるじゃない。
それなのに毎回「渡したくない」とか言われてアピールされたら、こっちだって言いたくなる。
今回もあくまで同じように行動しただけなのに! なんでよ……姫……。
……しょうがないので歩いていると姫ではなく先生を発見した。
「小さい女の子と歩いているわね」
迷子の子かしらと眺めていたら先生と目が合ったので近づく。
「よお!」
「こんにちは。あの、その子迷子ですか?」
「いや、この子は姉貴の子どもなんだよ」
「そうなんですか。あ! 姫を見ませんでしたか?」
「早見か? そういえばさっきすれ違ったぞ? 顔を涙でぐしゃぐしゃにしててさ、心配だったから声をかけたんだけど、あいつ『大丈夫です』って言って行っちゃったんだよな~」
「どうやらそれの理由は私のせいみたいで……姫を連れてくるまで家に入れないんですよ」
「……大変だな、この子家に帰してくるから待ってろ!」
え、と思った時にはその子を抱いて走って行ってしまった。
凄い大人しい子だったわね……。
こちらを純粋無垢な目で見つめて眺めているだけだったわ。
「はぁ……はぁ……よ、今から行くか」
「あ、でもいいんですかね?」
「……早見を探すためだ、仕方ないだろ? だってそうしないとお前が家に入れないからな」
「あはは、ありがとうございます」
とりあえず姫が歩いていった方角へとこちらも同じように歩いていく。
「なあ……名前呼びはやっぱり駄目なのかな?」
「どうですかね……なんか私は色々と常識がないようで……私に聞かれても分かりません」
「玲……あ、ほら! 渡辺先生も普通に女子生徒のこと名前で呼んでたから!」
「ふふ、まあ皆が求めてくることなので私は構いませんよ」
また可愛い一面を見ながら歩いていたら、私達は結構すぐに彼女に追いついた。
「早見!」
「先生――――あ……」
「なんかむかつくわね、私を見ただけでそんな固まられると」
それともあれかしら、先生だけだったら嬉しかった、ということかしら。
結局彼女のそれは表面上だけだ。私を好きなんて微塵も思っていないはず。
「むかつくって……それはこっちのセリフだよ」
「まあ待て! 喧嘩するな、お前ら! ボールペンを渡してくれた日も喧嘩したんだろ?」
「え、よ、よく分かりましたね?」
「まあ教師生活が短いわけじゃないからな。そういう雰囲気にはどうしたって気づくもんだ」
「って、私が翌日に言ったじゃないですか!」
ドライとか言われて、けれど実際は去られることを恐れていた。
当たり前じゃない、優しくしてくれる子が当然のようにいてくれるわけではないのだから。
「はははっ、そうとも言うな! それで? 今回の原因も玲か?」
「むぅ……どうして私だと断定されてるんですか!」
「だってお前しかいないだろ?」
「でも私ははっきり言っただけですよ? 先生が言ってくれたみたいに」
あの状態で「好き」だと言うかどうかを迷ったことだろう。
それでも真っ直ぐ真剣に先生は言ってくれた。
向き合うってそういうことじゃないかしら。
決して妥協とか同情とかそういうのはない感じ、だと思うのだけれど。
「……ということは、早見からの告白を断ったということか?」
「断ったと言うよりも……私の今の気持ちをぶつけただけですよ?」
「なんて言った?」
「えと『あなたから本当に私を好きだという気持ちが伝わってこないのよ』ですかね」
実際そうだった。
早見姫という女の子が誰にだってそういうことを言える子だと知っている。
雛さんに言っているところを見たことがあるのだ。
だから決して決めつけとかでは一切ない。
「生徒にこんなこと言うのもなんだけどさ、お前、馬鹿だな」
「え……」
「……全然、人の気持ちってのを考えられてない。無自覚で行動をするだけ、その結果どうなるかなんてお前にはどうでもいいんだろうな。けどな、周りの人間にとってはいい迷惑だ。その気がないなら、思わせぶりな態度や言葉をぶつけるのはやめろ! ……じゃあな」
「な、なによ……」
別にこれだって先生に頼んだわけじゃない。
それなのに勝手に付いてきて怒るだけ怒って帰るって、……どういうことよ。
「姫が戻ってきてくれないと家に入れないのよ、だから戻ってきてほしいの」
「……戻らないよ」
「あ、そう、それなら仕方ないわね」
お財布はポケットの中に入ってるし5000円あれば数日くらいは保つだろう。
別に今は冬というわけではないのだし、多少の野宿くらいなにも問題はない。
「あ、お母さん?」
「姫ちゃんは?」
「戻らないって言ってくれたわ。約束どおり私も家に戻らないから安心してちょうだい、それじゃあ」
電話を切ってスマホの電源を完全に消す。
「どうして行かないのよ? 戻らないのでしょう?」
「……家に戻らないって……本当なの?」
「仕方ないじゃない、そういう条件だったのだから。それであなたは『戻らない』と言った、それだけよ。ま、あなたは帰る場所があるからいいじゃない、さようなら」
「……放っておけると思うの?」
「よく分からないわね、私の態度にむかついたから飛び出したのでしょう? なのに私が追い出されたとなったら急に態度を変えるって、どういうつもりよ」
信じられなささに拍車をかけていく。
「あ。あなたからすれば私は哀れな存在だった、ということなのかしら」
「はぁ?」
「自分より弱くて放っておくと死んじゃいそうだから気にかけていたということなのでしょう? 悪かったわね、足を引っ張ってしまって。先生が言っていたようにあなたも思っているのでしょう? そんな存在と離れられるのなら好都合じゃない」
「……玲は馬鹿だ」
「でしょう? ま、仕方ないわよ、ほとんど愛情なんて向けられなかったもの」
昔は仲良かった? いいや、そんなのは捏造だ。
子ども目線で見ても母も父も晴を贔屓していた。
物だって晴にばかり買って、私には最低限の物しか買ってくれなかった。
いつだって晴ばかりが心配されていた。
晴がテストで100点を取ったら外食に連れて行くくらいの待遇だったのに、私がテストで100点を取っても褒めてはくれすらしなかった。
そんな人間に人を好きになれと言う方が無理な話だ。
だって誰にも好かれたことがない。好かれたことのない人間は人を好きになれないのだと分かっていた。
「馬鹿だから野宿しても問題ないとか考えてるんだよね? 馬鹿だから冬じゃないから大丈夫とか考えてるんだよね? 馬鹿だから本当は寂しいくせにそれを言うことができないんだよね?」
そういえばどうして、それだけは真っ直ぐ言ってなかったのだろうか。
寂しいと感じている自分を、周りに気づかれたくなかったということかしら。
それも分からないけれど、馬鹿なのは姫も同じだ。
どうして彼女の方が泣いて私を抱きしめているのだろう。
家に帰れるこの子がどうして……。
「放って、おけるわけないでしょ!!」
「う、うるさいわ……」
「うるさい! 玲は黙ってろっ、この残念美人!」
「……あなただって泣き虫さんじゃない」
あ、でもこの子体温が高いから暖かくて落ち着くわ……。
「姫……は柔らかくて好きよぉ」
「えっ!? こ、告白っ?」
「え? これは違うでしょう? このおっぱいが柔らかくて眠たくなる……の……」
眠くなる。
……先生に怒られてしまったし、分からない私でも堪えるものだ。
特にいつも優しげな笑みを浮かべてくれている先生が怖い顔になると、少し……嫌だと言えた。
「もう! ……家に帰ろ? あ……今日は早見家に」
「どうして?」
「ふたりでいたい、駄目かな?」
「……まあ、いいんじゃない、かしら」
好き好んで野宿をしたいわけではないのだし、そういうことなら仕方ないのないことだ。
私達は家に帰ることなく早見家に行って中に入る。
「玲……」
「あ、もう、すぐに抱きつくんだから……」
「やっぱり離れたくないっ」
「だからそれもあなたが……いえ、私が悪かったのよね? 先生も言っていたことだし……ごめんなさい」
「なんでも先生先生先生! 僕より先生が大切なの!?」
どちらにしてもあれは嫌われたということだろう。
「……辛いわ……なにもあんな怒らなくてもいいわよね?」
「え、先生のこと大切なの?」
「そうじゃないけれど……優しい人が冷たくなるのは辛いのよ……」
一緒にいたいと思った理由は大人の人で優しかったから。
大切とか好きとかそういうのではないのは確かだ。
「でも嫌なのよぉ……優しくしてくれないと、涙が出るのよぉ……」
「玲、ちょっと上を向いてくれる?」
「え? ……ん…………な、なんで……」
「君を守らせてほしい」
「だ、だからって……キ……ス……なんて」
「それくらいの覚悟があるってことだよ」
なんでそんな真っ直ぐにっ。
いつもなら簡単に慌てたり、泣いたり、赤面するくせにっ。
「い、言っておくけれどっ、さ、さ、されたくらいで変わらないからっ」
だってここで変えたらキス待ちだったみたいじゃない!
というかなにを動揺しているのよ私はっ……。
「玲、好きだよ」
「も、もう1度聞くわ! 好きってどういう気持ち?」
「だから触れたくなったり、キスしたくなる感じかな。でもそれだけじゃない、ただ一緒にいるだけで落ち着ける感じかな? あくまで最初に挙げたのはおまけみたいなものだね」
「あなたといるのは落ち着くわよ? 触れたくなるのも確かね。抱きしめたくもなる……」
いないと寂しくなる? 探したくなる? 話したくなる?
……これが答えなのかしら。今回は胸を張って『YES』を選択できるということかしら。
「姫、けれどまた困らせるかもしれないのよ? 得意の『分からない』攻撃で傷つけるかもしれないわ」
「だったらふたりで分かっていけばいいでしょ? 僕だって分からないことは沢山あるんだし」
「そう……でもここで受け入れたら矛盾、馬鹿、分からず屋少女になってしまうわよ?」
そんな女相手で姫は満足できるというの?
「だからひとつずつ直していけばいいでしょ? そのためだけってわけじゃないけど僕もいるんだから。もうね、玲はひとりじゃないんだよ?」
「あ……あなたがいてくれるのよね? また喧嘩をしてしまっても、こうして戻ってきてくれるのよね?」
「うん、説得力ないかもしれないけど必ず君のところに戻ってくる。というか、今度こそ去るつもりはないけどね」
「それなら……わ、……たしで良ければ……」
外で他の子にこう思えたのは初めてだったわけだし、素直になった方がいい……はずだ。
なにより姫のこういう真剣で格好いい顔も、もう好きになっていた。
真っ直ぐに「好きよ」と伝えるのは恥ずかしい。でも、受け入れたことには変わらないわけで、
「ありがとう、いつか自信を持って『好きよ』と言ってくれるのを待ってるよ」
姫も分かっているのか笑ってそう言ってくれた。
しかし、私は気になってついつい、
「ねえ、あなた慣れているわよね?」
そんなことを聞いてしまう。
だっていつもはあんなすぐ慌てる子なのに、今回だけはこんな真っ直ぐなんておかしいでしょう?
「そんなわけないでしょ! 緊張しっぱなしだよ……」
「……んーあ、確かに心臓の鼓動が早いわ……って、なんでそんな顔を真っ赤にしているよ?」
「いやっ……だ、だって……好きな子がこんな間近にいるん、だよ?」
「はい? さっきなんかキスだってしてくれたじゃない。やっぱりあなたはよく分からないわ」
キスや抱きしめは真顔でできるのに、近くにいたら赤面なんてよく分からない。
「ねえ姫、もう1度してくれないかしら?」
「うぇっ!? ぼ、僕からじゃなくて玲からしてよ……」
「届かないのよ!」
「こ、こう背伸びしてさ!」
「ん~! おえぇ……」
届かないから仕方ないではないか!
……中々不便な身長差だわこれは。
「なんで吐くのっ」
「ふふっ、冗談よ? キスはどうでもいいわ、あなたに触れているだけで心地がいいもの」
「分かった、するよ?」
「え? 別に無理しなくても……………………1日1回にしましょう」
「そ、そうだね……自分からしておいてなんだけど、心臓がね疲れちゃうから」
焦る必要は一切ない。
嫌でも、そうでなくても私達はまだ長く生きなければならないのだから。
その過程の中でまた喧嘩したりもすることだろう。
それでも彼女ならと私は今……信じられているような気がする。
「ねえ姫、私って矛盾しているわよね」
「いいんだよ、誰に迷惑をかけてるわけじゃないし」
「ふふ、ありがとう」
彼女の優しさありきの関係ではあるけれど、こういう形も1つの恋愛なのではないだろうか。
彼女が言うように断言できる日がいつかくればいいと、私はここで願っておこう。
あーうん、他のキャラの存在意義がないよね。出しておきながら触れずに終了、なんてね。
あ、晴君の好きな子は、まあ言わなくても分かるだろうけど玲ってことで。
俺の作品は50000文字くらいが丁度いい。
地の文がなくて小説……とは言えないのかな?。
それでも書けることは幸せだし、きちんと終わらせることができるのはいいと思う。
読んでくれてありがとう!
こんなんでも見てくれている人がいるからやる気が出るからね。