第三話「殺人鬼は饒舌に語る」
非日常に片足を突っ込んだ夜
「一度逃げ、その後、すぐに再会……運命ではなく、必然性をひしひしと感じる俺がいるぞ。だが、お前たちの未来は、そう。決まった。俺と対峙した時点で「死」だ。何故ならば、俺が「殺人鬼」だからだ。これは覆しようのない事実。別に、覆す必要もないのだが。いや、実に素晴らしいぞ。主人公とメインヒロインを「かませ」である俺が殺すのだからな。あぁ……? 今の言い方だと、自分自身を「かませ」と認めた事に……おぉ……何と言う事だ! ショックだ! 自分自身にガッデム! シィットだ!」
暗闇の奥から、電灯の灯りに照らされ、姿を現した「殺人鬼」は相変わらずの言葉を喋りながら、両手に持った鉄骨を頭上でぶつけ合い、音を出し続ける。
夜の住宅街に相応しくない金属音が鳴り響く。
相対する香奈は緊張の面持ちである。
いかに「吸血鬼」といえど、香奈は普通の女の子。
そんな彼女にいきなり殺人気を倒せというのだから、緊張もする。
というか、緊張だけで済んでいるのは、一重に彼女が「吸血鬼」だからだろうか。
背後にいる康介の喉が鳴る。
つい三十分前までは、日常を過ごしていたのに、僅か三十分で、彼の日常は崩壊した。
日常に帰りたいという願望が、康介の中で膨らんでいた。
しかし、香奈をこの殺人鬼に立ち向かわせる訳にはいかない、という気持ちも強かった。
「おぉぉぉぉぉ……って……来ないのか? 何だ何だ何だ。来ないのか? 暇で暇で仕方がないのだが。というか、お前たちが何か喋るのをずっと待っていた訳だが、この場合、この状況なら普通「私が主人公を守るんだから!」とか、メインヒロインが言うシーンじゃないのか? 違うのか? だとしたら、俺は今、とんでもなく恥ずかしい事を言った事になる。あぁ……最近、ついてない事ばかりだな。煩い声が身体の内部からするし。これも一重にあれだ。殺し足りないからか? ……おぉ。今の台詞は何か、殺人鬼っぽかったな!」
一人で勝手にハイテンションになりながら、殺人鬼は鉄骨をぶつけ合う速度を速めていく。
手を動かす速度が異常になり、金属音も既に、一つの音として聞こえる。
そんな中でも、香奈と康介は殺人鬼の行動に目をやる。
いつ襲ってくるのかを見定めるために。
正直、康介の方は死にたくないから。なのだが。
と、そんな中、音が止む。
殺人鬼は腕をぶらんと下げ、その紅い二つの瞳で、康介と香奈を見つめる。
「……つまらない。つまらないつまらないつまらなぁい!! 喋らないのか! 喋らないのか!! お前たちは!! あぁ……そうか! だんまりを決め込むのか! それも良いだろう! いや、良くない! ではどうする!? 殺そう! それ以外に方法は無い! 会話が無ければ意味などない! 恐怖も狂気も見て取れない! それじゃあつまらないだろう!? だからだからだから殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう!」
語尾で左手に持っていた鉄骨を二人目掛けてぶん投げる殺人鬼。
すぐさま香奈が対応し、右手で鉄骨を叩き落す。
しかし、その隙に殺人鬼は身を屈め、距離を詰め、右手に持っていた鉄骨を突き出す。
避けたら、康介に当たる……ッ!!
咄嗟の状況でも、後ろの幼馴染の事を考え、片腕一本で防御体制に入る。
だが、その程度で止められるようでは、殺人鬼とはいえない。
渾身のとも取れる一撃は香奈を上空に跳ね上げた。
「香奈ッ!?」
ずっと香奈の後ろにいた康介には、何が起きたのか、さっぱり分からない状況だった。
そんな康介が次に感じたのは、腹部に対する激しい痛み。
殺人鬼の蹴りが、香奈を見上げていた康介の腹部に突き刺さる。
「ガッ……!?」
あまりの痛みに、その場で腹を抱えてしゃがみ込む。
そんな康介の姿を見て、殺人気は非常に楽しそうな笑顔を見せる。
「ようやく喋ったな! 俺は非常に感動しているぞ! だからだからだから! 死んで見せてくれ!!」
突き上げていた鉄骨を、そのまま振り下ろす殺人鬼。
空中に吹き飛んでいる香奈には、成す術は無い。
「康介ッッ!!」
心中で叫ぶが、実際、声となって出ていた。
その言葉が幸運を招くのだが。
香奈の叫びを聞いた殺人鬼は鉄骨を康介の頭上スレスレで止め、香奈の方を見上げる。
やはり、その顔は笑顔で楽しさに満ちていた。
「そう! 声だ! 俺は声が聞きたかったのだ! んん〜! これが無くては始まらないな! 世の中は! そうだろう? 声があっての人生であり物語でありポエムであり詩であり小説でありアニメであり漫画である! ん? 詩やポエムや漫画や小説は台詞か……これは果たして、言葉が奥深いのか。それとも俺がバカなだけなのか。いや……俺は断じてバカでないと宣言したいぞ!!」
何がしたいのか、理解不能な殺人鬼はそう言って、夜空に向かって叫ぶ。
その隙に、香奈は受身を取り、着地。
すぐさま殺人鬼へと蹴りかかる。
無論。康介と殺人鬼を少しでも離れさすためだ。
「このッ!」
香奈の飛び膝蹴りを、鉄骨の横薙ぎだけで防ぐ。
いや、防いだのではなく、香奈を道沿いにあるコンクリートブロックの塀に叩き込んだのだ。
「ッ……!」
二度の激痛が香奈の全身を襲う。
「そうだ。俺はバカではない。故に、今の一撃を弾き飛ばした。おぉ。中々にやるな。俺は。自分自身が素晴らしく思えるぞ」
殺人鬼は珍しく、短い言葉を放ち、右手に持った鉄骨を左手の平に軽く打ちながら、香奈にゆっくりと近づいていく。
止めを刺しに入るようである。
「おぉ……さらば。俺の強敵になり得た「怪物」よ。その力量は測れなかったが、俺以下であった事は覚えておこう。メインヒロインにして化け物。実に悲しい事だ。今度、生まれ変わったら、天使でもなるか、完全な化け物として生きる事をお奨めしよう」
遂に、香奈の目の前まで迫った殺人鬼が、右手に持った鉄骨を振り上げる。
「ま、待てっ!! 殺人鬼!」
と、情けないとも強い思いが込められたとも分からない言葉が殺人鬼の耳に届く。
振り返ると、そこには、香奈が叩き落した鉄骨を両手で持ちながら、震えている康介が立っていた。
どうやら、香奈に力を分け与えて貰ったために、鉄骨を持てるようになったらしい。
「香奈は……香奈は絶対に殺させなんかさせないっ!」
震える声で、精一杯叫ぶ。
声は虚しく、暗闇に呑まれていくが、殺人鬼の気を逸らすのには十分であった。
「……素晴らしい。素晴らしいぞ! 貧弱貧弱過ぎる主人公が身を呈して、メインヒロインを守る! これぞ王道だな! いや、少し逸れているか……? まぁ、どっちでもいいだろう。良いだろう! 面白い! ならば主人公から殺そう! それもまた一興! というより、そちらの方が面白い!」
歓喜に満ちた殺人鬼は、康介の方へと歩いていく。
恐怖に支配された康介は、目をギュっと閉じ、殺人鬼へと突進する。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「最高だ! 実に最高だ! 最高に“楽しい”って奴だな!!」
そして、二人の鉄骨が交差する……ハズだったのだが
「って!?」
康介は殺人鬼を目の前にして転倒。
持っていた鉄骨は大回転を繰り返しながら、殺人鬼の真上へ飛ぶ。
そんな康介を見た殺人気は、流石に呆れ気味な表情をしていた。
「あ……あぁぁああぁぁぁぁぁ……残念過ぎるオチだろう。そうだろう。俺の楽しみが全て奪われた気分だ。こんな気分の時は、主人公を惨殺して晴らすしかない。そうでなくては、そうでなくては意味がない。あぁぁぁ……本当に残念で残念で仕方がない。その責任として、あの空飛ぶ鉄骨を主人公、お前目掛けて、この俺が持っている鉄骨で弾き飛ばして、叩き込んでやる」
落ちてくる鉄骨を見ながら、殺人気は自分の持っている鉄骨を振り上げる。
「さらばさらばさらばだ。死んで償ってくれ。俺の楽しみを奪ったことを」
そして鉄骨が振り下ろされ、空中を飛んでいた鉄骨が主人公を貫く……というのが、殺人鬼の予定だったのだが、大幅な変更が本人の意向なしで強制的に行われた。
「させないっ!」
今まで放っておいた香奈の存在である。
吸血鬼ゆえの、回復速度で復活し、殺人鬼の振り上げた鉄骨を飛び膝蹴りで吹き飛ばす。
殺人鬼の頭上を飛び越えながらの攻撃のため、香奈は康介の側に着地する事が出来た。
「……おぉう?」
呆気に取られた殺人気。
だが、すぐにそれどころではない事を悟る。
弾き返すための鉄骨は、香奈に蹴り飛ばされ
自分の真上には鉄骨。
今から回避は不可。
受け止めようにも、体勢が体制なだけに無理。
では、どうなる?
「おっと」
次の瞬間
殺人鬼の身体を一直線に鉄骨が貫いた。
血飛沫。
膝を付くが、鉄骨が地面のコンクリートブロックに突き刺さっているため、倒れる事が出来ない。
力無く、垂れ下がる両腕。
そして、血、血、血。
香奈は、すぐさまうつ伏せで、未だに起き上がっていない康介を引っ張って、その場を去る。
なお、康介はその時、倒れたショックで気を失っていた。
壊れた「殺人鬼」は笑う。
ひたすらに笑う。
「見つけた」と。
面白い物を「見つけた」と。
これは「殺しがい」があると。




