番外編 「過去 黒坂康介」
今回からは各キャラクターによる番外編です。
お楽しみ頂けたらと思います。
では、どうぞ。
十二年前
小之宵街の隣町
あかい
あかい
あかい
目に見える全てがあかい
月はあんなにも白いのに
空はあんなにも黒いのに
ぼくの周りはあかい
あかい
あかい
だけど、黒くなっていく
なんだか、すごく眠い
ねよう。すごく眠い
「おや……? この子は……」
……?
だれ?
大きい人
ぼくよりもずっと大きい人
「安心して下さい……私は吸血鬼などではありませんから……」
きゅうけつき……?
きゅうけつきって……?
ぼ く は そ こ で ね て し ま っ た
「む……気を失ってしまいましたか……」
腕の中で気を失った子どもを見て、菊知は周りに散った双子を呼び戻す。
「智樹! 夢! 緊急事態です!」
敬愛すべき兄の一言。
誰のどんな一言よりも温かく優しい一言。
そんな言葉の内容はどうであれ、双子にとって「兄が発した」という事実さえあれば、それは温かく優しい言葉になるのだ。
「はぁい! 呼んだ? キィ兄!」
「夢ちゃんも到着!」
全てが血塗れ。
血で支配された地であっても、双子はその元気を失わない。
「まだ生き残っていた子どもが居ました。二人で小之宵街の病院まで運んでくれませんか?」
双子は、兄の腕の中で気を失っている子どもに、多少の嫉妬を抱いたが、すぐに兄の頼みを聞くために、行動を開始する。
「了解! この子を小之宵街の病院まで運べば良いんだね?」
「簡単らくしょー! 夢ちゃんと智樹に任せてよ!」
右手で拳を作り、胸をトンと軽く叩きながら、得意げな表情を浮かべる双子。
兄は、そんな双子の頼もしさに「フフッ……」と優しげに微笑み、子どもを双子に預ける。
「じゃあ、任せましたよ。私はもう少し、この辺りを探してみます」
「はいっ! 気をつけてね! キィ兄!」
「そーだよ! まだ何か居るかもしれないんだから!」
夢の口から放たれた「まだ何か居るかもしれない」という言葉。
これは、灰野家の三人がこの街に来た瞬間に味わった「身体の内側で、何かと何かがぶつかり合う感じ」を示していた。
最初は「見えない敵の襲来か」と思ったのだが、すぐに動悸に似た感じが収まり、結局、何も無かった。
「分かっていますよ。それよりも、智樹と夢はその子を落とさないように」
「大丈夫だよ!」
「そうだよぉ!」
プクーッと頬を膨らませながら、双子は反論する。
今度はイジらしい笑みを浮かべた兄は、「では。病院にその子を送った後は、家に帰ってなさい。お菓子が用意してありますから」とだけ述べ、双子に背を向けて歩き出した。
「むぅ……微妙に意地悪キィ兄だね。夢」
「そうだねぇ。智樹」
双子はそんな兄の背中を見送り、すぐに自分達も目的地へと足を進める。
その様子を、街から少し離れた森の中で観察していた者が一人。
自己主張の激しい「アホ毛」を右手で弄りながら、双子が向かった先に目をやる。
「何なんだ……? アイツらは……。精神勝負に勝った上に、私の精神勝負すら受け付けなかった子どもを攫って行くなど……。屑が」
アホ毛を限界まで下に引っ張り、そこで離す。
すると元の位置に戻ろうとするアホ毛は勢いよく、上に向かって跳ねる。
そして、元の位置に戻ったアホ毛を再び、下に引っ張る。
そんな事を繰り返しながら一人でブツブツと呟いていた男だったが、やがて双子の向かった先へと、自分を歩み出す。
「まぁ良い。アイツらが喋っていた「小之宵街」という所で、実験再開といこうか」
男……「リミー・ディジョン」の浮かべた表情は、何処かしらニヤついていた。




