第十一話「終わって始まる」
微妙に朝日が昇ろうかな? と思っている時間帯。それ即ち早朝
「貴方が……十二年前に、あの地獄から俺を救ってくれたんですね」
未だ気絶している香奈を抱えたまま、膝立ちの康介は告げる。
その視線の先には、ビルから出てきた灰野家三人が立っている。
「ようやく誤解が解けましたか……いやいや、何よりです」
灰野家三人の内、兄である菊知は狐目のまま、微笑む。
その兄に合わせて、双子である智樹と夢も「えへ〜」と笑う。
「でも………香奈は殺させないよ……」
だが、厳しい視線と険しい表情に戻った康介の目には「香奈を守る」という決意に満ちていた。
そのせいか、言葉遣いまで変わっている。
その決意を打ち砕こうとする者には、一切容赦しない目で。
お互いに無言。
やがて菊知はキョロキョロと辺りを見渡し始める。
そうしている間に朝日が差し始め、陽光が五人を包み込む。
陽光に包まれた香奈を見た菊知は驚きながらも、頭を下げる。
「……それについては失礼しました」
「んゅ……ゴメンナサイ!」
「キィ兄は“吸血鬼”にだけ恐い人なの! だから、許してください!」
それに伴い、双子も言葉を並べながら、謝罪をする。
「……え?」
てっきり攻撃が来ると思っていたので、康介は意表を突かれた事になる。
「どうやら、香奈さんは“吸血鬼でありながら違う”ようですね」
「そうそう。だって、吸血鬼ならお日様の光を浴びて、消えちゃうもんね」
「うん。でもでも、香奈お姉ちゃんの凄い力は吸血鬼のものだもんね」
灰野家の三人は各自の感想を言葉にする。
そこで康介は香奈の事情を話せば、対立せずに済むんじゃないかと考え、事情を話す。
「あの……実は、香奈は『人間になれる吸血鬼』なんです」
その事実に驚き、菊池の表情が変わる。
智樹と夢に至っては「うぇぇぇぇええええ!?」と大声を上げ、兄の周りを走り始めたぐらいだ。
やがて、そんな双子の頭をポンと叩き、落ち着かせた兄は「成る程」と呟く。
「では、我々に香奈さんを殺す理由はありませんね」
「そうだね! 香奈お姉ちゃんは吸血鬼だけど良い人みたい!」
「でもでも、吸血鬼はみぃんな、悪い奴ばっかだったよ?」
「それは前例が無かったからでしょう。香奈さんが、我々が初めて出会った“良い”吸血鬼です」
「「おぉ〜!!」」
またもグルグルと兄の周りを走り始める双子。
兄も「やれやれ……」と言いながら、何か思い出したように、双子に一つの命令を下す。
「そうだ。智樹。夢」
「んぃ?」
「なに? キィ兄」
菊池は双子の肩に手を置いた。
「この街の人々を、このビルから出して置いてくれませんか? 流石に目が覚めて、この中じゃあ驚くでしょうし」
兄の命令に双子は大きく頷き「「はぁーい!」」と返事をし、ビルの中へ駆けていった。
「さて……では、次の疑問を解決しましょう」
双子を見送った後、菊知は振り向いて、康介を見る。
その狐目が僅かに開かれる。右目だけ。
康介の表情に、緊張が走る。
「康介さん。貴方は何者ですか?」
それは屋上でリミーが発しようとした言葉。
リミーの支配を受けず、天津さえ、身体が白く光るなど、もはや人ではない。
しかし、康介にその疑問に答える術は無かった。
「それは……俺にも分からない……です。ただ、香奈を守りたいと思ったら、身体の中から何か……力が湧いてきて……」
多少、俯きながらの回答。
それが、今の康介に分かる全て。
「ふむ……嘘ではないみたいですね……まっ、良いでしょう」
菊知はさして気にせず、次の疑問に移る。
「では、次に。貴方は屋上でリミーと名乗る吸血鬼を倒しましたか?」
菊知にとって、もっとも重要な質問。
彼は元々、吸血鬼を殺すために、こんな事をやったのだ。
しかし、今では、ずっと感じていた吸血鬼の気配を感じない。
「いえ……リミーは、香奈を落とそうとしたんですけど……下の方から鉄骨が飛んできて、リミーを貫いたんです。それで、香奈と一緒に落ちて……そこからは……」
あの後の康介は香奈を助ける事で頭が一杯だったために、他のことを考える余裕など無かった。
しかし、言われてみれば、リミーは落ちたのだから、そこら辺に死体があるだろうと思っていた。
だが、そんなものは何処にも無い。
地面は全く綺麗であった。
血が飛び散った後やバラバラになった死体など、一つもない。
「え……あれ……!?」
菊知がさっきから辺りを見渡していた原因は、これであった。
リミーも、ついでに殺人鬼の死体もない。
そうなると、まだリミーも殺人鬼も生きているという事になるのだが……
「気付きましたか? リミーの死体はありません。あと、先に落ちた殺人鬼の死体も。ですが、私がこの街に居る間、ずっと感じていた吸血鬼の気配が消えました。多分、死んだという事になるでしょう。日光にでも当たって」
「あ、そう言えば……リミーは言ってたっけ……『私は精神勝負に敗北し、自分の存在を明かしてしまった。だが、幸いな事に、実験に失敗した私の魂は本来の力を持っておらず、精神勝負に敗北しても「吸血鬼が居る」という情報しか、あの三人に与えなかったようだ。』って……」
「ふむ? 実に興味深い話ですね。全ての片付けが終わったら、じっくり聞きたいです」
菊知はそう言って、双子の手伝いをするために、ビルの中に戻っていく。
「では後ほど。片付けが終わりましたら、我が家へ招待しますよ」
「……なんだかなぁ……」
何処か、腑に落ちない終わり方に「ご都合主義……」という、作者にとって恐ろしい言葉を呟いた康介。
「んん……康介ぇ……」
よく見れば、香奈は気絶から睡眠へと変わっていた。
「……ハァ……ようやく解決かな?」
溜め息を吐いた康介を、雀たちが見ていた……
「うわわ! キィ兄! 腕が取れちゃった人はどうしよう!?」
「むむ……急いで病院に運びましょう。医者の人は早めに運んで下さいね。目を覚まして貰わないと」
「「りょ〜かい!!」」
「……あらあらあらぁ?」
広々とした部屋。
赤い絨毯が敷き詰められた床にポツンと置かれた机。
その机とセットであった回転式の椅子に座って、回っている女性。
首を傾げながらも、天井を見つめ、何やら独り言を呟いている。
「リミーったら……死んじゃったみたいね」
クスクスと微笑みながら、椅子を止め、視線を天井から変えずに言う。
「一応、クロウや他の奴らに連絡してちょ〜だい。あと、拓海はそこら辺に置いといてね」
すると、話しかけていた空間が揺らぐ。
だが、すぐさま揺らぎは消えていく。
「全く……まぁ、死んで当然かもね。生きてたら、私が殺しちゃったもの……♪」
小悪魔的な笑みを浮かべ、彼女は再びグルグルと回り始める。
そこで「コンコン」という部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
控えめな音であったが、女性の独り言以外には何も音が無い空間。
そんな静寂を乱すには、十分な音量であった。
女性は「はいは〜い」と能天気な声で返事をする。
「ガチャ……」というお決まりの扉が開かれる音と同時に入ってきたのは眼鏡をかけ、正装をした女性。
しっかりとした身だしなみは、一目で彼女が「委員長タイプ」である事を連想させる。
そんな委員長タイプの女性は、椅子でグルグル回転している女性に、軽く会釈をして、一言。
「社長。お時間、宜しいでしょうか?」
「あ……あ〜……くけけけけけけ。ゆたたたたたた。みきききききき。るにににににに」
何やら、色々と散らかっている部屋で自分の右頬を右手で引っ張りながら、左手は本を開き、目は本の内容に通している男が居た。
その発している言葉の内容は本に書いてあるものではない。
微妙に、言葉を発する際に音程を変えているのが判る。
しかし、そんな事をする意味など無い。
「あ〜……ダメだわ……にゅい?」
そんな男の背後の空間が揺らぎ、男はその揺らいだ空間の方に顔だけ向ける。
「うぃ? くぃ? むむにゅ? 死んだ? あのリミーが? がががが? りょかい」
質素に「死」という単語を無表情のまま呟く。
実に興味の無さそうな声色で。
そんな感じで適当に頷き、空間の揺らぎに別れを告げる。
「死んだかぁ……くぁせふじにぃこにげみかなつぁだ……やっぱダメだわぁ……」
最後に溜め息を吐き、意味不明な言葉を発するのをやめる。
今までの間、ずっと右手は右頬を引っ張っていたままだったが。
「くふふ……スーラ。こんなに張ってしまって、イケない子だね♪」
「ふわっ……! んもぅ……キールはイジわるです……」
「ふふふ……恋愛とは得てして、その様な時もあるんだよ……って、ん?」
薄暗い部屋の中。
一人のシルクハットを被った男性が、うつ伏せに倒れたクリーム色のポニーテールをした女性の上に乗り、背中を押していた。
マッサージのようである。
そんな男性の近くの空間が揺らぎ、すぐに消える。
「ふむ……リミーが死んだ様だね」
「え……ふえぇ!?」
シルクハットの男性の一言に、ポニーテールの女性が首を男性の方に振り向かせる。
そしてすぐに自分の持っていた茶色の表紙の本を開き、中身に目を通す。
「あ、本当です……久々の更新で、何か、白くなれる人間っぽい男の子と人間になれる吸血鬼の女の子。ダンピールの男とその弟妹の双子やらに殺されたみたい」
そのポニーテールの女性は、自分が全く見ても居ない事なのに、全てを正確に把握していた。
そんな熱心に本を読むポニーテールの女性の声に反応するのはシルクハットの男性。
「あぁもう! そんな声を出すスーラも可愛いよ!」
「ふ、ふみゃあ……ふみぃぃ……」
シルクハットの男性……キールはポニーテールの女性……スーラの頭を撫でる。
その行動にスーラは顔を真っ赤にしながら、顔を戻し、そのまま持っていた本で顔を隠してしまう。
「くふふ……では、クロウからの召集がかかると思うし、すぐに支度をしようか」
軽く笑い、キールはスーラの背中からどき、立ち上がる。
「あぁ……」
それを名残惜しそうに見つめたスーラも、渋々、立ち上がる。
「ふふっ……終わったら、たくさん可愛がってあげるよ」
「あ……う、うん!」
「あぁもう! 本当に可愛いんだから!」
「ふみぃ!」
立ち上がったスーラの頭を両腕で抱き込み、頬擦りをするキール。
スーラの顔は真っ赤で、破裂しそうであった。
「ふむ……了解しました」
黒い包帯で目の部分をグルグル巻きにした男性が、縦に長い机の端に陣取りながら、呟いた。
暗く巨大な部屋。
その男の側の空間は揺らぐ。
その言葉に反応するように、その巨大な部屋の扉の一つが開き、狐目の男性が入ってくる。
「ん? どしたー? 誰か死んだかー?」
実に能天気な声で歩きながら、黒い包帯男に問う。
それに対し、黒い包帯男は静かに頷く。
「そうですね。リミーが死んだとの事です」
両手を組み、両肘を机に付き、組んだ手で口を隠した状態で男は言った。
その言葉に、狐目の男性は少々の驚きを含んだ表情をし、嫌味を含んだ笑みを見せる。
綺麗に整えられた八重歯だらけの歯が口から姿を見せる。
「冗談だったのによ……マジにあのマッドサイエンティスト。死んじまったのかよ?」
それでもリミーの「死」を悲しむ事など無く、すぐに踵を返し、部屋を出て行こうとする。
「んじゃ、アイツにも教えてやっかな。意味ねぇけど」
そんな言葉を残して。
扉の閉まる音がし、一人残された空間で黒包帯男は呟く。
「では、アンナさんに「全員集合」とお伝え下さい」
それだけ聞いた空間の揺らぎは、縦に一回、頷くように揺らぎ、消え去る。
男は手の組みを解除し、背もたれに身を任せ、頭を背もたれの上に乗せ、天井を見やる。
「さてさて。四つ目が実行されるんでしょうかねぇ……」
「え? 小之宵街ですか?」
金髪ツインテールで、非常に豊満に発達した身体を持つ少女が呟いた。
「そ。そこで『組織』の『中間管理』の一人「リミー・ディジョン」が死んだとの情報が入ったわけ。で、お前に其処に行ってもらって、リミーを殺した奴を見張るなり、接近なりして欲しいわけ。だとよ」
銀髪のショートヘアーの青年が、そう答える。
赤い絨毯が轢かれた巨大な廊下。
天井は見えないほど高く、壁には幾つもの絵画が掛けられている。
そんな廊下で、会話をする二人。
「本当ですか……? その情報……」
ツインテールの少女は疑り深く、その情報を疑う。
「マジもマジ。大マジ。ほれ、さっさと行けよ〜。あ。あと、「アドレク」とアイツの部下の…………」
と、そこでいきなり、銀髪の青年が壁を拳で叩きつけた。
巨大な音が廊下中に響く。
しかし、驚くべきは壁に穴が開いてしまったことだ。
それも小さい穴ではなく、クレーターが出来る程の勢いで。
「ムカつく……」
銀髪青年はイライラを隠しもせずに、左手で髪の毛を掻き回す。
「ハァ……分かりました。だから落ち着いてください。兄さん」
ツインテールの少女の兄=銀髪青年は「悪ぃな……」と謝罪し、言葉の続きを言う。
「『ラン』も付いていくそうだ……」
自分の言うべき事を伝えた銀髪青年は、その場を去ろうとする。
「あ。そうだ」
そして唐突に、何かを思い出したように振り返る。
「はい?」
その言葉に兄に背を向け、歩き出そうとしていたツインテールの少女も首を向ける。
「気ぃつけろよ。風音」
「はい。行ってきますね。兄さん」
「あはは。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
笑う。笑う笑う。
笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑
ただただ、笑い続ける。
「面白いなぁ。物語は動き出した。アイツも動き出すだろうし。だからぁ……ボクも動かなくちゃねぇ…………♪」
満面の笑み。
笑う笑う笑う。
遂に物語が動き出した。
だから笑う。
嬉しくて笑う。
ただただ、嬉しいから笑う。
赤黒い肉片で構成された床。いや、正確には赤黒い肉片が床の上に敷き詰められた。というべきであろう。
その上で笑っていた。
ずっと。
ずっと―――――――――――――――――――――――
幸せな終わりには「終幕」を。
非日常には「開幕」を。
主人公には「頑張れ」を。
メインヒロインには「上に同じく」を。
兄には「力」を。
双子には「変わらない」を。
黒い翼には「覚醒」を。
影には「愛情」を。
人形にも「愛情」を。
不死身には「狂気」を。
眼には「眼球」を。
復讐者には「殺戮」を。
姉には「弟への溺愛」を。
殺人鬼には「日常」を。
魂には「擬似」を。
妹には「恋愛」を。
真面目には「優しさ」を。
異常には「哀しみ」を。
最悪には「ようこそ。いらっしゃいました」を。
恋愛には「ごきげんよう」を。
天使には「どうもどうも」を。
吸血鬼には「今宵も、お楽しみ下さいませ」を。
読者の皆様には「ありがとうございます」を。
クレイじぃ! 第一部 完
ここまで読んでくださって、誠にありがとうございます。
次回より「番外編」なるものを書いていきますので、そちらも是非、読んで頂けたらと思っております。
作中にも述べましたが、読者の皆様方に最大の「感謝」を。
失礼致します。




