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第九話「殺人鬼と兄弟妹と一般人(後編)」

夜が支配する時間帯



「そんな……街の人々に何をしたんですかっ!!」

 再び、菊知の声がビルの中腹に響き渡る。

 建設途中で壁が無い中腹で叫んだために、その声は夜空にも多少、響いたであろう。

「別にぃ〜? 俺は何もしてはいないさ。詳細はリミーに聞いてくりゃ」

 殺人鬼は武器を構えた街の人々に囲まれながら、ヒョコヒョコとビルを支える柱の一つへと近づく。

「先ほど、黒坂 康介に話したばかりだ。二度も同じ事を言うのは面倒だ」

 10代のサバイバルナイフを構えた少年が、そう答える。

 部屋中に存在する一般人の方々は、獲物を構え、うんうんと頷く。


「くっ……!」

 完全に囲まれている。

 智樹と夢という味方が増えたとはいえ、この階に居る一般人の数は50人ほど。

 先ほどまでは、ただ、見ているだけの観客に過ぎなかったが、今は違う。

 明確な殺意を持って接してくれる人たちへと成り果てた。

 いや、最初からそうだったかもしれない。

「キィ兄」

「私たち、どうすれば良いの?」

 菊知の上着の裾を引っ張りながら、智樹と夢が疑問文で尋ねてくる。


「この人たちは多分、操られているだけなんです……だから、絶対に殺してはいけません」

 対する兄は、そう答えた。

 それだけだが、双子は意味を理解したらしく「「わかった!」」と元気よく返事をし、人ごみの中へと駆け出す。


「「「「「気絶させる気か。良いだろう」」」」」

 五人ほど、声を揃えて答え、双子の迎撃に移る。


 しかし、この双子。

 半人半吸血鬼 ダンピールである。

 そう簡単にやられる訳がない。

 ましてや、敬愛すべき兄の頼みである。

 失敗などするハズがない。


「てぇい!」

「やぁ!」

 聞こえてくる声は子どもそのものだが、その行動は常人離れしていた。

 襲い掛かってくる人々の攻撃を簡単に避け、首筋に手刀で攻撃を与えていた。

 一撃でも喰らった人々は、意識を失い、次々と倒れていく。


「「「「「「「「「「「「「やるな……総攻撃でお相手しよう」」」」」」」」」」」」」

 13人ほどが、そう答えのだが、今度は言葉通りに残りの45人ほどが双子を仕留めようと武器を振るう。

 だが、その攻撃は単調で、大きく振り被って振り下ろす、というものだったため、双子は難無くかわせる。

 そして、再び首筋に攻撃。

 数で押されようが、双子にとっては何も問題はない。



「おぉ! まさに何とか無双だな! 雑魚をバッサバッサとなぎ倒す! 殺さないのが優しさだな。おい。ところで……何故、何故何故何故、殺さないんだ? 今はお前達にとって疫病神でしかあるまい、この街の住人を」

 先ほど、柱に近づいていた殺人鬼は、その柱に手を突っ込み、中から鉄骨を引っこ抜いて、持っていた。

 右手で持ち、それを左手の手の平にペシペシと軽く打っている。

 そんな事をしながら、殺人鬼は双子の兄である菊知に問う。


 菊知は双子の活躍を見ていたのだが、殺人鬼の問いが来ると、殺人鬼を睨みつけ、迷いない答えを返す。



「……親の居ない私たちを、まるで自分の子どものように面倒を見てくれた。気軽に話しかけてくれた。品物を安くしたりしてくれた。友人になってくれた……この街の人々は優しい……だからです」

 それは灰野家に優しくしてくれた人々への感謝の気持ち。

 それが深く篭った言葉だった。


「……成る程成る程成る程成るほ……ど。そんな優しい街の住人を、俺は躊躇いなく殺しまわっていた時期もあったわけだ! 傑作! 傑作ぅ!! いや、それは悪い事をした! だが、許せなどは言わん! だって、犯した罪は償う以外に消す方法は無いのだから! イヒヒヒヒヒ!! いや、悪い。今のは昔、読んでいた漫画の台詞の一つだ」

 左手で腹を抱えて笑い出す殺人鬼。

 今までの言葉、殺人鬼の本心ではなく、ただ言いたかっただけという理由で言われた台詞。

 それでも、菊知を怒らせるには十分であったが。



「そう……だから、私は貴方を許しません」

「私たちに優しくしてくれた、この街の人々を殺し回っていた、殺人鬼。貴方を!」

 怒りで感情を支配されていながらも敬語な菊知は手刀で構える。


「あぁ……成る程。先ほどの怒りはソレが原因だったか……実に下らない。人は死んで逝くのが常識だろう? それが俺の手で、ちょっと早まっただけ。それなのに、何故、貴様に恨まれなければならない? おぉぉぉ……! ちょっと哲学っぽい事言った! 20点だな! まぁ、俺は別に殺せれば良いわけだ。だって、俺は“殺人鬼”だからな!!」


 殺人鬼の本音。

 自分の思うが侭に人を殺す。

 故に、殺人鬼。

 これが、彼が生きていく上で出した、一つの答えであった。


 言葉の語尾で、殺人鬼は鉄骨の先端を床に擦りつけたまま走り出し、菊知に右方向からの横薙ぎを繰り出す。


「この……下種がぁ!!」

 菊知は、その横薙ぎをしゃがむ事で回避し、手刀を殺人鬼の喉目掛けて繰り出す。

「だから! 俺はマゾじゃねぇから意味がねぇって言ってんだろぉーがぁ!!」

 言葉を崩した殺人鬼は突きを首ごと、頭を左に少し横移動にさせる事で避ける。

 そして、空いていた左手で菊知の右わき腹を掴む。

「ぐっ……!」

 怒りで攻撃が単調になっていた菊知は、殺人鬼の攻撃を許してしまい、苦痛の声を上げる。

「つ・ぶ・れ・ちまいなぁぁ――――――――!! って、名言はどーよ!?」

 左手に力を込め、菊知の右わき腹を握りつぶしていく殺人鬼。


「ッ……ッッ……!!」

 声にならない激痛。

 繰り出した手刀はゆっくりと空をさ迷う。

 確実に、骨が何本か潰された。

 それでも菊知は距離を取ろうとは思わなかった。


「(此処で殺す)」

 その意思はとても固かったから。


「あ……ああ……ああぁぁぁあああぁぁぁぁ!!」

 悲鳴を上げながらも、頭を振り上げ、殺人鬼の頭と打ち合わせる。

「きゅぺっ!?」

 ムカつくほど可愛らしくない声をあげ、殺人鬼の左手がわき腹から離れる。

 横薙ぎを繰り出した後、元に戻っていなかった右腕は、もう戻っている。

 数歩、後退し、再び、鉄骨の横薙ぎを繰り出すべく構えるが、既に菊知は目の前に迫っていた。

 止めを刺すべく、菊知の手刀が未だに対応出来ていない殺人鬼の頭を捉えた。


「街に巣食う殺人鬼……死になさいッ!!」

「残念!! 死亡フラグはまだ立ててねぇぇぇぇぇ!!」

 そんな状況でも、この殺人鬼には何処か余裕があった。



 まさに、そんな時。












「「「「「「「「「「「「「「「「「ハァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!??」」」」」」」」」」」」」」」」













 大声が街すら覆った。

 当然であろう。

 この街の住人、全員が同時に発した声だから。


「「「!?」」」

 その声に反応し、動きを止めたのは灰野家の三人。

 夢や智樹が気絶させたのは20人ほど。

 それ以外の街の住人、全てが同時に絶叫したのだ。

 驚かないのも無理は無い。


 同時に、街の人々は慌てふためきだし、首のみを世話しなく回し始める。


「な、何事……なの?」

「わ、わかんない……」

 さっきまで、街の住人をバッタバッタと気絶させていた双子も、流石の事態に首を傾げている。


「一体……ッ!」

 菊知も同様に、攻撃を止め、辺りに一瞬だけ気を配ったが、それがいけなかった。


「GO・TO・ヘヴン―――――――じゃ、つまんないか。死に曝しゃー!!」

 菊知を鉄骨の横殴りで、床が途切れる直前の所まで吹き飛ばす。

 地面に横立っている菊知は、あと少し下がれば、地面まで一直線に落ちるであろう。


「「キィ兄!!」」

 双子が急いで、兄のもとへ駆け出す。


「だが……それは間に合わなかった。何故ならば、殺人鬼の方が双子よりサブキャラに近いからだ……って、ナレーションが付きそうな場面だよなぁ!!」

 その言葉通り。

 殺人鬼は鉄骨を振り被ったまま、天井近くまで飛んだ。

 結構、自分を殴ってくれたサブキャラを重力を加えた一撃で粉砕するため。


「く……」

 菊知は、立ち上がりはせず、身体の向きを殺人鬼の方へと向ける。

 そして、懐から筒状の物体を取り出す。


「ば、爆弾とか!? 自爆ッスか!?」

 勝手に想像し、慌て始める殺人鬼。

 されど、既に空中に居るため、菊知の側に着地しない限りは避けることも出来ない。


「貴方が空中に居れば……街の人たちに当たる可能性も極端に下がりますからね……」

 菊知は取り出した水筒の水を空中に散開させ、空いている方の手の指で輪を作る。

「喰らいなさいッ……!」

 そして、殺人鬼目掛けて放つ。

 と言っても、今回は腹部や腕などではない。



 目だ。



「ちょ! まぁ! って! 目が! 目がぁぁぁ!!」

 目を水鉄砲で潰され、視界が真っ暗になった殺人鬼はヤケになり、勘だけで菊知を粉砕しようと、鉄骨を振るおうとする。

 恐るべきは、その勘が意外にも鋭い事だ。

 見えないハズの菊知の位置を勘で把握し、鉄骨を振り下ろさんとばかりする殺人鬼。


 回復速度が人間より早いダンピールでさえ、化け物の強力な一撃を喰らった後では、早々、簡単に動けない。

 そんな菊知の頭上に鉄骨が迫った瞬間―――――――――



「ていやっ!!」

「二度目の鈍痛ッ!?」

 智樹に鉄球投げの要領で投げて貰い、凄まじい加速が付いた夢のロケット頭突きが、殺人鬼の背中にベストヒット。

 鉄骨は空振り、殺人鬼はあわや外へ。


「夢ちゃん! 着地!」

「やったね! 夢!」

「うん!」

 兄の窮地を救った双子は、ハイタッチをし合い、すぐさま兄の下へ駆けつける。

 その間にも、どんどん殺人鬼は落ちていく。


「ノォォォォォォ!? 落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて! 落ちて落ちて落ちて落ちて落ちるゥゥゥゥゥ!! 元ネタわっかるっかなぁぁぁぁ!?」

 やはり吸血鬼なのだろうか。

 潰された目が、もう回復した殺人鬼は落ちていく最中、態勢をうつ伏せから仰向けへと変える。


「こぉぉぉのぉぉぉまぁぁぁまぁぁぁ!! 死んで!! たまるかってーの!! こーゆー台詞は主人公の仲間が絶体絶命の時に言う台詞だよねぇ〜〜〜〜!!」

 そして、右手に持った鉄骨を振り被り、灰野家の三人目掛けて投げつける。


「! 二人とも、避けて!」

 振り被った時点で、それを察知した菊知が二人を抱きかかえる様に、床の方へと倒れこむ。


「え? 大丈夫だよ。キィ兄」

「だって、ほら」

 しかし、双子は平気な顔で、兄の腕の中から飛び出ている手で、外を指差した。

「え……?」

 首だけ振り返り、菊知もその光景を目にする。




 鉄骨は、灰野家が居る階を通り過ぎ、屋上へと飛んでいってしまった。




「何でやね〜〜〜ん!! 最近、俺は関西弁にハマっているのだろうか……うわッらばッ!!」


 遥か下の方だが、殺人鬼のそんな声が聞こえた……ような気がした。




「……ふぅ。とりあえず、こっちは終わりましたか……」

 双子を抱きかかえたまま、菊知は安堵の溜め息を漏らす。

 それと同時に智樹が叫ぶ。

「あっ! キィ兄! アレ!!」

 再び、外を指差す智樹。

「ん? どうしましたか?」

 ようやく痛みが回復してきた菊池は、またも首だけ振り返る。




 そこには、全身から白い光を放つ康介が香奈を抱えて落ちていく光景が見えた。

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