其の三 今日も私の周りは賑やかです、領主様。
「おはようございます、しぃちゃん。朝なのにまだ眠そうですね」
「あー……おはよぉ……」
神社の朝は早い。
日の出とともにお仕事が始まります。
私は庭の掃除ながらに大きな欠伸でもって親友を出迎えた。
幼馴染みの私の親友、名を“富”──私はおトメちゃんって呼んでいる──っていうんだけど、彼女の朝はいつも早い。
団子屋の娘なんだけど、お侍さんの出勤時間や、旅人の朝食に合わせて団子の仕込みを作るせいか、彼女にとっては今がちょっとした休憩時間である。
休憩時間にここに立ち寄ることが彼女の日課らしい。
行動も日課なら彼女の服装も日課そのもの。
彼女の服装はいつもかわいい。
アップに束ねた髪に、一本のかんざし。
黄色を基調とした千鳥柄の簡易な着物に、“団子屋”と書かれた前掛けをつけて。
ふと。
彼女が心配そうに私を見てくる。
どうやら目の下のクマに気付かれたようだ。
「もしかして、また徹夜しちゃったんですか?」
「んー……まぁちょっと、ね」
「漫画を完読しちゃったとか?」
「まぁ、そんな感じかな。あはは」
笑って私はその場を誤魔化した。
言えないよぉ。
忍者のお仕事して寝不足なんて。
あの仕事は他言無用。
絶対に誰にも言ってはいけない先祖代々伝わる裏稼業だから。
両親も祖父母もみんな忍者の家系。
でも表稼業は──
「いいなぁ。しぃちゃんは可愛い巫女さんで」
「え? そ、そうかなぁ……」
私は首を傾げます。
できれば私も一度でもいいから団子屋の看板娘やってみたいんだけどなぁ。
親友──お富ちゃんが、私の巫女服を羨ましそうに触ってくる。
「あーぁ。私もこんな服装で悪霊退散とかしてみたいなぁ」
「いやいや、トメちゃん。巫女ってそんな職業じゃないからね」
私にそんな不思議魔力は備わっていません。
忍術は……どうなんだろう。
きっと違う分類なんだと思うけど。
表稼業の巫女の仕事といえば、朝の掃除をして、信者をお出迎えして、困っている信者のお悩みや相談を親身に聞いてあげるだけなんだけどね。
──そんな折でした。
いつもの子供たちが朝から元気に集まってきました。
「あ! しぃ姉ちゃんだ! おはよー!」
「しぃお姉ちゃん、おはよー!」
「おはよー! しぃ姉!」
「しー姉! あとで剣術教えて!」
ワラワラワラと。
上は十二歳から下は五歳まで。
男の子や女の子が、次から次に私の周りに駆け寄ってくる。
元気な子供たちに囲まれて、私は眠気半ばに乾いた笑いを浮かべた。
(朝からみんな元気だなぁ~。うらやましいよぉ)
私の祖父母がこの神社で学び舎を開いている為、学問を受ける子供たちが朝からここに集まってくる。
そんな子供たちにとって、私は神社の狛犬的な存在だった。
右に左に、みんなが私の服を引っ張ってくる。
これが私にとっての毎日の日課。
いつもの朝の光景だった。
そしてもう一つ。
なんだかだんだんと恒例になってきたことがある。
それは……
「おはよう、朱夏。──む? 今日の朱夏の頬っぺたは妙に柔らかい」
背後から、いきなり気配もなく現れて。
そして大胆に私の両胸を鷲掴みしてくるこの男。
──迷わず速攻!
私の放った裏拳が彼の顔面にめり込む。
「眼鏡かけろっていつも言ってるでしょ、このド近眼の変態がぁぁぁぁッ!」
ついで勢い任せに手持ちの箒で彼をフルスイング。
彼は見事に弧を描いて吹っ飛び、地面に倒れこんだ。
そのままぴくりとも動かなくなる。
ぜぇはぁ、ぜぇはぁと。
私は肩を怒らせて拳を震わせた。
たまに本気で忍術をぶち込みたいと思う時がある。
もちろん素人相手にそんなことをしたら死ぬし、それに忍者のお仕事以外での忍術は禁じられている。
私の隣から冷静に。
トメちゃんが顎に手を当てぽそりと呟く。
「虎之介君のド近眼っぷりも相変わらずですね。
どこをどう見間違えれば、しぃちゃんの大きなお胸を頬っぺたと思い込むんでしょうか?」
さきほど箒でぶっ飛ばした彼──名を虎之介という。
彼は最近この神社の前で行き倒れていた旅人の少年だった。
可哀想に思った祖父母が彼を拾い、介抱し、そして元気になるまでに回復させた。
──にも関わらず、未だに彼はこの神社に居候している。
理由は知らない。
よほどこの神社を気に入ったのだろうか。
歳は私と同じ年らしいけど、自称記憶喪失らしくそれ以上のことは知らない。
恩返しにと、色々と神社のお手伝いをしてくれるのは助かるんだけど、はっきり言って私は彼のことが嫌いだった。(変態要素含む)
トメちゃんがクスクスと笑う。
「顔は一流役者なんですけどね」
そう。
この行動こそが彼の全てを台無しにしていた。
私は怒りを溜め息に変えてゆるゆると吐き出す。
(はぁ……。静かな朝が迎えられたらいいのに)
お布団で二度寝したい思いを噛み締めながら、今日も私のいつもの朝が始まりました。