其の二 大事件です、領主様!
崩壊してしまった領主様のお屋敷を見なかったことにして。
私は天井裏に潜んでいた犯人を追っていた。
家々の屋根を軽快に飛び越えて移り、ひたすらに同じ黒装束の背中を追いかける。
同業者であることは間違いない。
それに朱雀国の忍者ならば私のことが分かるはず。
でも逃げているということは、よその国の忍者であることは確実。
このままでは私のプリン好きの噂がよその国の忍者の間で広ま(バズ)ってしまう!
刻は月の夜。
月明かりでも私は相手を追うことができる。
幼い頃からサバイバル生活で鍛えた野生並みの脚力と視力を嘗めないでほしい。
時折こちらが投げた苦無でさえ、相手は軽やかに避けて逃げ切る。
(──彼奴め、相当の手練れ者か!)
私は憎々しげに歯を食いしばる。
まぁたしかに相手だって死ぬ気で訓練を積んで他国に侵入しているのだから、当然といえば当然かもしれない。
相手も素人じゃない。
持久力もあるだろうし、作戦が無いわけではないと思う。
このまま追いかけ続けていたら私が不利になるかも。
私は勝負に出た。
負ける気はしない。
あの逃げ足の速い忍者を止めるには忍術を使うしかない。
領主には隠密にと言われたけれど、隠密なんてやってたら犯人逃げちゃうから。
私はありったけの火遁の忍術――【火炎柱】を右の掌に集わせる。
さっきはちょっと手加減したけれど、今度はマジでぶちこんでやるんだから!
私はその場で足を止めると忍術の構えをとった。
程よい距離を置いたところで。
ふと敵の忍者が足を止める。
そいつは私に振り返り、覆面の口元の布を下に落として声をかけてくる。
イケメンなボイスで。
「待て、忍者姫。お前と話が──」
「問答無用!」
私は有無を言わさず忍術を放った。
渦巻く豪炎の柱が一直線にそいつに向かって突き進む。
向かい来る炎を前にして。
その忍者は冷静に呟きを落とした。
「仕方ない」
両の人差し指と中指を立て、胸の前で十字に重ね合わせる。
私は目を見張った。
(あの忍術の構えは白虎国!)
その忍者は目を黙して唱えた。
「妖魏──【白刃】」
十字の白い光の奔走がその忍者から解き放たれる。
そして私の炎術を闇夜で十の字に切り裂き相殺、消滅させた。
「何奴! 私の炎術を切り裂くなんて!」
「……」
その忍者は静かに息をつき、構えを解いた。
私は尚も問い詰める。
「【西の白虎】がこの国に何用で来たというの!? 答えによってはこのまま生かすわけには──」
言葉半ばで、その忍者が私に向けて手で制す。
「待て、忍者姫。お前と話がしたい」
「……」
かなりのイケメンボイスだった。
よく見れば年端もジジイではなく若いように思う。
もしかして私と同じ年なのではないだろうか。
ちなみに私は十四歳である。
その忍者は言の葉で、私と交戦の意思が無いことを示す。
「お前とは今ここで戦いたくない」
私は手で払って相手の言葉を切り捨てる。
「だったら今ここで名乗って! あなたは何者なの? なぜ西の忍者がここに──!」
その忍者は私の問いかけに静かに口を開いた。
「我が名は『白取半蔵』。
西の上忍だ。
朱雀国【最強の上忍】と目される両親との間に生まれたお前と戦えば隠密には済まないだろう。
ここで騒ぎを起こしたくはない」
「プリンのことは!?」
「……え?」
その忍者──半蔵は唖然とした顔を私に向ける。
私は言葉を続けた。
「私の秘密を白虎の忍者にバラまくつもりなんでしょ!?」
「お前の秘密なんてどうでもいい。
それより──」
半蔵は懐から何かを取り出し、私に向けた。
赤い掌サイズの綺麗な宝玉だった。
「これはお前の国で大事な物だろう?」
「──!」
私は言葉を失い、驚いた。
なぜならそれは朱雀国ではとても大切な宝玉──朱雀の霊魂だったからだ。
私は叫んだ。
「それを今すぐ返して!」
半蔵が鼻で笑う。
「盗み出すのは簡単だった。あまりに警備が手薄だったからな」
「それはこの国で──いいえ、この世界が平和を保つ為に大事な物なのよ!
朱雀と白虎が戦になってもいいの!? あなたの領主様だってそんなこと望んでいないはず」
「それはどうかな?」
半蔵が宝玉を懐に仕舞いながら言う。
「朱雀と白虎を戦にしたくなければ俺から宝玉を奪ってみろ、忍者姫。
お前にそれができるならな」
「やってやるわよ!」
私はすぐさま印を組むと、忍術を構えた。
しかし──。
隙をついてか、半蔵は私の足元に向けて目くらましの煙幕を投げつけると、煙とともに姿を消したのだった。
「どうしよう……大変なことになったわ」
私の呟きが夜風に流れた。