其の一 御心情お察しします、領主様。
今宵、三日月昇りし星の晩。
夢見騒がしく三度の狼啼く頃に。
夜度、我が身を黒き装束に整いて。
懐に紋の刀身を纏い、主従の名の元に参上仕る。
というわけで──。
私は領主様のお屋敷に呼ばれました。
隠密な存在の私は領主様に無礼のなきよう、部屋の襖を挟んだ回廊にそっと身を置き、少しだけ襖戸を開けて静かに声を投げる。
「領主様、私をお呼びでしょうか」
「忍者姫よ。遅いではないか。いったいどこで何をしておった?」
上座に居を置き、退屈そうに団扇を仰ぐ少々不機嫌な古狸のクソジジi──じゃなかった、この国の領主様が尋ねてこられたので。
私は無礼なきよう淡々と答える。
「狼が三度啼くのを待っておりました」
「いつも思うが、それは待つ必要あるのか?」
「何事も隠密ですので」
「ふむ。そうか」
ご納得いただけたようで、なによりです。
私は領主様に問いました。
「ご命令ですか?」
「いや──……」
言葉を濁し、古狸のk──じゃなかった領主様が閉じた扇子の先で私を呼んできます。
これは重大任務のカヲイ!
私は無言で一礼し、領主様の傍へと忍び寄りました。
足音など厳禁。
オナラの音すら出してはなりません。
私は『お静かに』というプレートを持ったなんかよく分からないゴリラの横を通り過ぎ、領主様のお傍へと辿り着きました。
そっと耳を傾けます。
領主様はひそひそと声を落として私に言いました。
「最近、この国でのワシの噂が気になっておってな」
「──と言いますと?」
「影でワシのことを“古狸のクソジジイ”と言っている輩がおると耳にした」
「それは私かもしれません、領主様」
私は真顔で正直に答えました。
忠誠を誓う領主に嘘を申すことは私にはできませんでした。
しかし残念ながら、領主様の耳にその真実をねじ込むことはできませんでした。
領主様は私にこう言いました。
「ワシの考え過ぎなのかもしれんが。もしや、国で不穏な動きがあるのやもしれぬ。
忍者姫よ、この件を調査してくれぬか?」
「御意に。古狸様」
「忍者姫よ」
「はい」
領主様は私に念を押すように言います。
「くれぐれも、隠密にな。隠密にこの任務を遂行してみせよ」
私は悩みました。
「少々めんどくさいですね。外部委託に調査を投げてもいいですか?」
「ならぬ。事は隠密じゃ」
「御意に」
私は領主の命に頷きを返し、同時、良からぬ事を考えました。
領主様が付け加えます。
「ちなみに、この件の報酬についてじゃが。
そなたの大好物のプリンを用意しておる」
瞬間、私の目が輝きます。
「やります! ぜひ私めにやらせてください、お願いします!」
「プリンの上に生クリームとさくらんぼまでついておる」
「きゃ。素敵! ぜひやります!」
「頼んだぞ、忍者姫よ。そなたの腕に期待しておる」
「任せてください、古狸様!」
「うむうむ」
領主様も私もお互いウィンウィンで満足です。
すると、その時でした──!
私は天井で耳立てする不審な気配を察知しました。
懐に忍ばせていた手裏剣を素早く取り出し、天井に投げつけて叫びます。
「曲者め!」
領主様も私に驚いて共に天井を見つめます。
「なんじゃと!」
天井を駆ける足音。
間違いなく不審の者。
犬猫ネズミなら動物保護愛で見逃してあげるけど、曲者となれば話は別。
世の中には私以外にも他国の忍者が存在する。
同業者と分かれば、こちらとて手加減無用!
思いっきりやっちゃいます!
私は両の人差し指と中指を立て、そのまま右手と左手を上下に握りしめて忍法の印を組みました。
領主様が私の足にしがみついて泣き叫びます。
「に、忍者姫よぉぉぉ! どうか隠密にぃぃぃぃ!」
無視して。
私は最大威力の火遁の呪文を唱えると、領主様内のお屋敷の中で思いっきりぶっ放しました。