根を食す
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ありゃあ、また年若い女の子が魔法使いとして出てきたなあ。ここんところ、シェアが広がりまくっているよね、魔法少女ものってさ。
僕の頭の中だと、魔法使いって歳をとっているイメージが強いんだよねえ。男女を問わず。齢を重ねたゆえの安定感というか、説得力みたいなのを感じるんだ。年の功の概念が、無意識に影響しているのかな。
でも、若い子の場合、外見と年齢がそぐわない種族の出身とかをのぞけば、研究を積む暇はほとんどない。そこで、ベテラン魔法使いたちとのキャリアの差を無理くり埋める、「契約」などのツールを使い、身体に無理を強いているケースが多い印象だ。
いわばドーピングなんだから、心身に悪影響が出るのはおかしくない。前途ある未成熟な女の子をむしばむ……ううむ、いかにも古典的な背徳要素だねえ。人気が根強いわけさ。
魔法や、それに類する不思議な力。そこまでいかなかったとしても、およそ常人が果たせたとは信じられない、大きな力を振るった者。彼らはどのようにそれを手にすることができたのか。
僕も聞いた一説があるんだけど、やはりというか、喜んでなりたいものじゃなくてね……どうだい、知っておく?
とある戦国大名の六男として生まれた彼は、すでに後継ぎである兄たちがいたために、わずか4歳で寺へ預けられることになった。
彼は預けられた寺で、学問及び有事の際に備えた武芸の鍛錬を積んでいくことになるが、何よりも大食らいだった。並の僧たちの食事量では到底足りず、何度もお代わりを求めたとのこと。
食事量を抑えるのも、また修行の一環と伝える周囲の僧たち。幼い彼はしぶしぶ引き下がったものの、夜中になると、ぐうぐうと腹の虫が恋しげに鳴き始めてしまう。かといって盗み食いなどは、およそ寺が求めている、徳高き行いとは程遠いもの。
空腹と制約の板挟みになり続けた彼は、ある日、住職にそのことを真っすぐに相談したらしいんだ。
少し話しただけで、頭ごなしにやめさせようとする周囲の僧たちに対し、住職は彼の話を丁寧に聞いていく。ひととおり彼が語り終えると、住職は「無条件とは参りませぬが」と前置いて、話をしてくれた。
この寺の境内、および近辺には、かつて寺の高僧たちによって植えられ、食され続けてきた「ゴボウ」という野菜がある。これはまだ、俗世にさほど出回っていない珍しい代物。
高僧たちはいずれも厳しい戒律を守り、その生涯を終えた者たち。その徳、余人の及ぶところでないと評される存在ばかり。
「どうしても空腹に克てず、ご自身の手で掘り起こされると申すのでしたら、食して構いませぬ。しかし、それを採り入れるということは、心が及ばずとも、体は高徳なものへと変じていく恐れがありまする。これまで接すること、味わうことがなかったものが、その身に降ってくることもありましょう。
具体的に、何が起こっていくかは、私にも把握しかねまするが……よろしゅうございますか?」
その問いかけに、まだ幼い彼は迷うことなくうなずいた。
物足りなさをことあるごとに訴えかける、己の胃袋。その望みに応えることさえできれば、他はたいした問題ではなかったのだから。
翌日。日課の修行と手伝いをこなした彼は、境内の一角へ向かった。地面に生える草たちの中から、住職に教えられた形の葉を探し出す。発見すると、そこで深く穴を掘っていく彼。
ずっと下まで伸びていく根の姿。それを確認すると、地表に近い辺りを両手でしっかり握り、やや倒しながら引き抜きにかかった。
全身を見せた「ゴボウ」の長さは、三尺(約90センチ)にも及んだ。あらかじめ話を聞いていても、どこか、大樹の根っこの先端を引き抜いたかのごとき印象を受けてしまう。
他の修行僧たちの手前、公に調理して出すことはできない、というのは住職の話していたことにあった。食べるならば自分で洗い、丸かじりするしかない。
彼は境内の井戸でゴボウの土を落とし、先端を自分の口元へ寄せると、ひと呼吸おいて、まずは歯を立ててみた。
皮の下の身は想像よりも冷たく、甘かった。精進料理の薄味に飽きてきていた彼に、この刺激はあまりに強い。夢中で食べ進めた。
口に入れる前は冷えていたゴボウ。それが歯で砕き、喉を通って、腹へ注がれる頃には、むしろへその辺りが熱くなってくるのだから、不思議だ。三尺のゴボウをまるまる取り入れた時には、肌寒い季節にも関わらず、まるで自分の周りだけ夏日になってしまったかのようだったという。
今まで、抑える暮らしを強要されてきた彼にとって、これは文字通りの甘美な誘惑。毎日のように寺とその周囲を巡っては、ゴボウを求め続けるようになってしまう。
ゴボウは、果てなど知らぬかのように何本も見つかった。一度、掘ったはずの場所さえも、数日で再び葉がついて、掘ってみればやはり長い身体がそこに植わっている。これぞ天の思し召しと、彼は食欲に身を任せるばかりだったとか。
ゴボウを食するようになってから、彼はかねてより受けていた文武の鍛錬においても、別人のような目覚ましい成果を挙げていく。
数年が経つ頃には、あくまで訓練とはいえ、兵棋演習、剣術、弓術のいずれも師と互角かそれ以上に渡り合い、やや気味悪がられつつも、成長を喜ばれたそうなんだ。
彼が寺に預けられて、十年近い時が流れた。ある晩、彼は不可解な夢を見たそうだ。
夢の中でも、自分は布団に入って横になっていた。何気なく視線を動かしてみると、部屋の一方のふすまがわずかに開いていて、そこからこちらをのぞく者がいる。
四つんばいの赤子だった。ただし、小さい胴体に比してその顔だけが、とてつもなく大きく、顔面だけで大人二人分ほどの高さがあり、ふすまの間をすっかり埋めてしまっている。
彼が息を呑んで動けないでいると、赤子は顔をうつむけて、こちらへ髪の生えかけた頭部を向けてきた。みるみるうちに、うなじを起点として縦へひびが入ったかと思うと、バカリと大きな音がして、ひびが今度は大きく左右へ裂けた。
そこから飛び出してきたのは、新しい赤子。先ほど頭が割れる前に、前の赤子がこちらへ向けていたのと同じ顔を見せながら、畳の上へ降り立つ。あの頭の中へ入るくらいだから、その身体はいくらか小さかったが、それでも異常な頭の大きさであることに違いはない。
出てきた赤子もまた、同じようにつむじをこちらへ向ける。そしてやはり、ひびが縦に入ったかと思うと、左右へ大きく割れて、ひと回り小さい赤子が降り立つんだ。そしてその赤子も、顔をうつむけてつむじを向け……を繰り返していく。
頭が割れた者は、その場で微動だにしない。代わりに新しく飛び出る赤子たちによって、彼の布団とのすき間が、少しずつ埋められていく。彼は目を釘付けにされて、とても動く気になれなかったらしい。
そして十数人を経ると、とうとう彼の布団のへりへ乗っかる赤子。その図体はもはや鞠ほどの小ささになっていた。指三本に収まりそうな小さい顔を彼に向けて、赤子はささやく。
「さりゃびゃ……さりゃびゃ……」
「さらば」。舌足らずの声で、そうささやいている。
そう感じたとたん、一気に赤子たちは消え、同時に、びっしょりと汗をかきながら天井を見つめている自分の姿を、彼は認識することになった。
その日。まだ夜が明けやらぬうちに訪れた父親の使者によって、彼は急遽、家元へ呼び戻される。父と継承権を持つ兄たちが急死したとのこと。
住職とまともな挨拶ができないまま、家へと立ち返った彼を待っていたのは、残った兄弟たちとの、骨肉の争いだったんだ。
彼は自分を指導してくれた師を筆頭とする家臣団を率い、兄弟たちと刃を交えることになる。これまでの鍛錬によって身に着けた力は、実際に合戦でも十分すぎるほどに通じ、彼の弓から放たれた矢は、ただ一矢で五人の身体を貫き、樹に射止めるほどの強さがあったという。
激しい戦いの末、彼は最終的に家督を相続することになる。その際、長年世話になったかの住職が訪ねてきて祝着の言葉を述べたそうだ。
懐かしい顔を見て、ふと彼は「あのゴボウを、もう一度口にしたいのだが」と告げたところ、住職の顔が曇る。
「ゴボウは、もはや一本もございませぬ」
「何? それがしが見た時には、取りつくせぬ数があったように思えたぞ。寺を去る前の日も、まだまだ植わってそうな気配がした。もしや、他の僧たちに分け与えたのか?」
「いえ、そのようなことはしておりませぬ。殿が去られてよりすぐ、拙僧はゴボウの場所を確かめました。結果、件の葉そのものが消えていたり、葉が残っていても、地下のゴボウが見られなかったりと……」
それはまるで、ゴボウが根絶やしになってしまったかのようだった、と住職は告げたらしい。
当主となった彼は、内政に、外交に、軍略に辣腕を振るったらしいが、生涯、ひとつの悩みが付きまとった。
子供ができなかったことだ。彼には正室の他に側室も大勢いたが、その誰もがついに彼の種を受け取り、芽を生やすことができなかったという。彼の直系の血筋は絶えてしまった。
生前、彼からあの赤子の話を聞いたことのある者の一部は、ゴボウの根と共に、自分の血筋の根っこさえも、彼は食してしまったと語ったらしい。
子供が持つはずだった可能性をすべて奪い、自分の中へ取り入れた。だからこそ、あそこまで目覚ましい活躍をすることができたのだろう、と。