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9 目的は貴方

 結婚を前提にお付き合い……? き、聞き間違いだろうか?

 

「ごめんもう一度お願い。上手く聞き取れなかったから……」

「付き合って欲しい。つまりは恋人に――」

「うんもういいよ。聞き間違いじゃないね」


 照れている様子も、緊張している風でもない月夜の口から飛び出た突拍子もない言葉に、どう反応すればいいかわからない。

 月夜には悪いが、現実感なさ過ぎて本気で言っているとは思えないのだ。

 彼女なりの冗談か、あるいは悪質な嘘か。どちらにしても俺としては笑えない展開なのだが。


「流石にボクでも、こんな捨て身のヘヴィージョークは言わないよ。……全部本気」


 俺の思考を察したのか、何か言う前に釘を刺しに来る月夜。


「一目惚れとはちょっと違うけど……。天馬と初めて会った時に「ああ、この人は運命の人だ」って確信したの。別に胸キュンとかあった訳じゃないけど。それでもわかった。この人と出会うためにわざわざここまで来たとね」


 月夜は薄く微笑んで、風で乱れた髪を手で整え始める。

 個性的すぎるアプローチにしばらく呆然としていた俺は、紛れもない彼女の本気を感じ取ることで、ようやく心が状況に追い付いてきた。


 勝手に耳が熱くなり、急に暴れ始めた心臓が痛い。落ち着けと自分に言い聞かせても舞い上がった感情が、オーバーヒートしたエンジンのように上昇しきって苦しく、意識せずに視線が右往左往する。


 それでも二度目だけあって完全に取り乱すことはないだけ、一度目よりも成長している。

 鹿目に告白された時の慌てようよりは幾分ましだ。冷静に対処できる……はず。

 それに、あの時とは状況が違うのだ。浮かれることなどできない。


 根暗でモテない俺相手に、ここまで言ってくれるのは感無量だ。その好意はとても嬉しく、この瞬間のことは一生忘れないだろう。


 でも、それでも――

 それは駄目だ。


「ごめん……それはできない」


 例え命の恩人でも、鹿目が浮気をしているとしても、それは関係ない。


 今はまだ鹿目という彼女が俺にはいる。世間体とか、倫理観とかではない。俺自身の筋道の問題として、彼女の思いを受け入れることはできないのだ。


「うん。わかっている」


 居心地悪くなってそわそわし始めた俺を、掌を見せて制止する月夜。


「思いの有無は関係なく、立場として天馬はボクの申し出を断らなくちゃいけない。それともまだ今の彼女に思いがのこっているのかな? どちらにしても、今の貴方は断るしかない。だよね?」


 こっちの心情を理解した発言に、無言の肯定を返す。


「――なら待つよ。今のは聞かなかったことにしてあげる」

「え?」

「ボクは待つ、状況が変化することを。天馬の心が変化することを。そして、顔も知らない貴方の彼女があるいは……。ふふ、まあそれはいいとして。最終的な返答は今決めなくていい」

「君……」


 月夜の意図に思考が辿り着く。

 突然の告白に対して、今ここで俺が返答することを保留にすると言っているのだ。

 俺と鹿目が別れる可能性があるなら、それが実現するまで待ってみようという判断。あえて今ここで告白することで、あわよくば俺の心変わりを促進させ、離別を早めようという考えもあるのかもしれない。


「それに、まだお互いのことをよくわかってないしね。まずは友達から始めようよ」

「……何でそこまでするんだ?」

「何で? 何でも何もないよ。得たいものを確実に得るために」

「そんなに俺はいいのかな……?」


 口をついて出る言葉は疑問。

 俺は自分の男性的魅力に自信がない。美人である彼女が執着するような物件だろうか?

 もっとイケメンで、品性があり、性格も完璧な奴はたくさんいるだろうに。


 それこそ、鹿目の浮気相手だと思われる高良田とかいう男とかが、女性の好きそうなタイプだと思うのだが。どうして俺の様な平凡かつ低性能な男なんか……。


「……ふうん。随分と自信を喪失しちゃっているんだね。可愛そうに」


 そう言って何気なく近づき、俺の頭を撫でようとする月夜の手を慌てて避ける。


「お、おい」

「ちぇ。いけず。……で、さっきも言ったと思うけど」


 俺に避けられた自分の手をぶらぶらと揺らしながら、琥珀の瞳が逃げた俺の姿を追う。


「別に見た目や性格はどうでもいい。……そりゃ、好みのタイプだけど、ボクが天馬を選んだ理由はそこじゃない。

 選んだ理由は、ボクの目的は貴方だと確信したからだよ。

 ただそれだけなんだ。そうじゃなきゃ、ボクだってここまでしない。ただ外面や内面が好みだからって理由で、まだ二度しか会ってない天馬に告白なんてしないよ」


「目的……?」


 つまりどういうことなのか理解できん。

 インスピレーション的な話だろうか?


 月夜ほどの美少女に「目的は貴方」などと言われて、嬉しくないことなどないけども。そこまでしたって、俺が月夜を好きになるとは限らないだが?

 そうなったらどうする気だろうか?


「じゃあボクは帰るよ。明日また会おう。この場所、この時間帯に」

「え? また屋上に不法侵入するつもりか? さっきの話聞いてたか?」

「屋上の扉の前で待っているからさ。鍵持ってきてよ。伝手があるんでしょ。」


 俺の注意を突っぱねて、ベンチに置いてあった鞄を抱えてさっさと出て行こうとする。


「――最後に一つだけ。ボクの告白にどう返答をしようと天馬の自由だけど、せめてそれまでの間は、他の女の子とイチャイチャしちゃだめだよ」

「そりゃ……、もちろん」


 俺はそこまで無節操でもなければ、そこまでするほどの度胸もない。いい意味でも悪い意味でも小心者なのだ。こんな軽い鬱みたいな心理状況でイチャイチャなどできるか。

 鹿目とはイチャイチャどころの話ではないしな。

 

「うん。天馬を信じてるよ。……ボクを忘れないで」


 扉の前でそう言い残すと、月夜はそのまま帰ってしまった。


「なんだそれ」


 月夜との会話が重すぎて、頭の中を様々な思考が行き交うが、ともかく、一人で突っ立っている訳にもいかないので、俺も帰ることにする。


 屋上の施錠しながら、先ほどの話を思い返して溜息をつく。

 実際、鹿目と別れたとしても、月夜と付き合うことになるかどうかといえば、その可能性は低いだろう。

 後ろめたさや、罪悪感のような感情があるからだ。月夜と付き合うことを理由に、鹿目と別れるのは心情的に嫌だ。男らしくないし、俺の心情に反する。


 携帯の機種変更じゃないんだ。そんな簡単に割り切れるものか。


「……後で考えよう」


 昨日今日で色々ありすぎて気疲れしてしまった。

 誰がこうなうことを予想できただろうか。俺はもちろんできていなかった。俺のことは何でも知っていると自称する天才様こと天音でも無理だろう。


 まさか、告白されるとは。人生何が起こるかわからないものだ。

 嬉しい様な嬉しくない様な複雑な心境で、天文部に鍵を返しに行き、そのまま校舎を出て校門をくぐる。


 そして、その姿を目撃した瞬間、失礼にも舌打ちしそうになった。


 腰まで伸びた美しい黒髪に、彼女によく似合っている丸縁の眼鏡。柔らかい風格。


 少し前までは、会うたびに嬉しい気持ちが湧き出たのに、今となっては思わず舌打ちしかけるほど悪感情を抱いているのかと、急激な心境の変化を示す自分自身に驚きながら、そいつに近づく。

 俺が来るのを待っていたようで、こちらに気が付くと優しく微笑む。


「待ちましたよ先輩。補習でもあったのですか?」

「いや、知り合いと話してたら意外に時間がかかっちゃって。鹿目こそ校門で待っていてくれるなんて珍しいな」

「職員会議がありまして学生は一時間早く帰れることになったんです。ですから、先輩の迎えに行こうかと思い至りまして」

「そっか、ありがとうな鹿目。じゃあ帰ろうか」

「はい」


 普段と変わらない態度。変わらない愛想。包み込むような笑顔。仕草。

 自分の意志とは裏腹に、薄ら暗い感情が腹の底から湧き上がる。


 罪悪感も、後ろめたさも、彼女からは感じられない。実に普通で普段通りだ。浮気をしているかもしれないのにも関わらず、さもそんなことは存在していないかのような凛とした様子に苛立ちが募る。


「なあ、鹿目」

「なんですか?」


 隣をついて来る鹿目は、可愛らしく首を傾げて笑みを向けてくる。


「昨日体調を崩した友達の代わりに、委員会の手伝いがあると言っていたけど、特に問題とかなかった?」

「ええ、大丈夫でしたよ。書類仕事がたくさんあって、学校に缶詰めだったんですけど、日が暮れるギリギリまでには終わりました。それがどうかしました?」

「いや、何でもないよ。頑張ったみたいだね」

「えへへ。ありがとうございます」


 笑顔を作って優しく褒めると、薄く頬を染めて照れる鹿目。


 ……書類仕事ね。さらに日が暮れるまで学校に居たと……なるほどなるほど。

 嘘をつくことに一切の躊躇もなく、高良田については自分から弁解する気はないと。


 内心でとぐろを巻く悪感情を感じながら、俺は自分の彼女であるはずの九條鹿目という存在を冷めた目で見つめていた。


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