7 友達その2
あっという間に時間は過ぎ去り、気づけば昼休み。
梅山と弁当売店でカレーライスを購入してB組の教室に訪れると、こちらに気が付いたらしい黒縁眼鏡少年が手を振る場所へ向かう。
「二人はまたカレー? いつもそればっかりで飽きないの?」
「何買うかで迷ったらこいつだ。飽きたことない」
苦笑する眼鏡少年の机に別の椅子を寄せて座る梅山。俺も隣で同じように椅子を持ってきて梅山の左隣に陣取った。
このいかにもオタクな感じの眼鏡の名は貝塚。三人の友達の内の一人。
オタクといってもアニメやゲームに熱中するタイプのオタクではない。
歴史書や小説を読み漁る読書オタクなのだ。むしろゲームは苦手で、アニメも嗜む程度だ。
貝塚も梅山と同じく中学が一緒なのだが、授業中に勉強するふりをして机の下で本を隠し読み続けていたら、極度の猫背と近視を患ってしまったという残念な奴だ。
それだけあって知識量は多く。高校での全体的な成績は悪いものの、古典と日本・世界史は学年上位のテスト点数を誇る。
「そういう貝塚は家から持ってきた弁当か。弁当を毎日作るのは相当な負担になる。親御さんに感謝することだな」
「あはは、ごめん」
「何故謝る? 別に謝る場面ではないだろう。全く、すぐ謝罪するのは貝塚の悪い癖だ」
「ご、ごめん」
「だから謝るな……。少しは自分に自信を持て」
ペコペコする貝塚に梅山が注意を促す。
このやり取りを見るのは何度目だろうか。中学時代から二人はこんな感じだった。
似ても似つかない二人だが、今も変わらず交友が続いてるのを考えると、弱気な貝塚を厳格な梅山が引っ張るという関係は、バランスがとれていて丁度良いのだろう。
「……とにかく昼飯を頂こうぜ。もう腹減ったよ俺」
先んじてカレーライスに口をつける俺を見て、同じように食事を開始する梅山。
貝塚は弁当を開けながら、不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「なんか天ちゃんいつもより暗いね。なんかあったの?」
貝塚の大きな丸縁眼鏡に俺の淀んだ表情が映る。
やっぱ俺って顔に出るタイプなのかな……。
「……プライベートでちょっとな」
反射的に視線を逸らし、言葉を濁す。
二人は俺が天望高校の女子学生の彼女がいることは知っている。美少女の彼女ができたと告白した時は、二人とも快く祝福してくれた。
それだけに、鹿目のことは言いづらい。
恋愛相談は天音が付き合ってくれたため、浮気については感情の整理はついている。
それがなかったら、無様に二人に内心を吐露していただろうが、今は小っ恥ずかしいうえに後ろめたい気持ちが先行している。
「心配するなって。……いずれ話すからよ。たぶん」
「そ、そう?」
「……」
よくわからず小首を傾げる貝塚と、静かにこちらを見遣る梅山。
二人には悪いが、今は言えそうにない。少なくとも鹿目本人に一度会うかどうかしてからでないと。
それにしてもいつ食べてもうまいカレーだ。梅山の言う通り毎日でも飽きない。
食べ慣れた売店カレーの味を噛みしめる俺は、まだ朧月夜は学校に来てないのかを確かめていないことを思い出す。
「そういえば、梅ちん。朧月夜はまだ学校に来てないのか?」
「ああ。教室では見ていない。今日は休みだろう」
一定の食事ペースをくずさないまま返答する梅山。
――が、急にピタリと食べるのを止めて物欲しそうにこちらの手元をジッと見る。
「……ところで、その福神漬けなのだが」
「はいはい、ほれ」
「すまん。ありがたい」
いつものように弁当を寄せると、手早く福神漬けを回収していく梅山。
漬物に対して目がない梅山は、俺や貝塚の昼飯に漬物系が入っていると必ずといっていいほど無心してくる。梅山のカレーにも福神漬けは入っているが、一人分では全く足りないらしい。
初めてこいつの部屋に足を踏み入れた時は、強烈な異臭に腰を抜かしたほどだ。まさか漬物壺を並べておいてあるとは……。
「んー? 朧さんって誰のこと?」
福神漬けが美味しいのか、物凄い速度でカレーを食べる梅山を眺めていると、事情を知らない貝塚が尋ねてきた。
「小麦色の髪をした転校生だ。昨日、トラックに轢かれそうになったところを助けて貰った。そのことで礼をしたいけど。どうも、今日は学校を休んでいるらしい」
「小麦色の髪……? あ! その人四時限目の授業の時に見たかも」
「え!」
思ってもいなかった貝塚の発言。
今日は俺も梅山も朧月夜の姿を見かけていない。なのに、全く関係のない貝塚が彼女を目撃していたなんて予想していなかった。
「ど、どこで見たんだ?」
「校舎の屋上で」
「屋上?」
眉根を寄せて梅山を見るが、梅山は困惑した表情で首を振る。
梅山は嘘をついていない。つまり、朧月夜はA組の教室には一度も現れていないことになる。
学校まで来て授業はサボる必要があるのだろうか?
「……もっと詳しく頼む」
「う、うん。……うちのクラスの三時限目は体育でさ。外のグラウンドから校舎の方を何となく眺めていたら、校舎の屋上に女子の人影があるのに気が付いて……。確か、その人がそんな感じの髪色だったはず……」
小麦色の髪なんて朧月夜以外にこの学校で見たことがない。女子とも言っているし、見間違いの線は薄いだろう。
だが、校舎の屋上は立ち入り禁止なのだ。普通の学生が用もなく入れる場所じゃない。
どうやって入ったのだろう?
「屋上でサボりか。なかなか豪胆なやつのようだ」
「豪胆って……、褒められることじゃないよそれ。サボっているんだし。――まあでも、昨日会った時はマイペースな感じの子だったから、驚くほど意外なわけではないな」
まだ一度しか話していないが、大人しそうなのは見た目だけで、物怖じはしなかった覚えがある。そうでなきゃ傘を押し付けられていない。
我が道を行くタイプの性格という奴だろう。
「四時限目か……。ついさっきだな。――で? どうする天? 会いに行くのか?」
「屋上に行くってこと? それはちょっとなー……」
屋上は常時立ち入り禁止場所なのだから、どんな理由があっても入れば学校の規則破りになってしまう。ルールを無視するのは小心者の俺にはやはり抵抗感がある。
ルールや人との約束をきっちり守る性格も、こういう時には足を引っ張るものだ。
俺自身、もうちょっと融通が利けばいいのにと思うだが、性分なのでどうにもならない。
「今は止めとくよ。入っちゃいけない規則だし」
「そうか。昼食時間だからもういないかもしれんしな。」
「うん。先生に見つかったら怒られちゃうし、僕もそれがいいと思うよ。学校の学生ならいつでも会えるだろうし……。というか普通に屋上は鍵かかってて入れないと思うよ」
俺の言葉に首肯して納得する梅山と貝塚。
一旦の結論がでたので、俺たちは再び自分の弁当と向き合う。
会話しながらも手を止めなった梅山のカレーライスの減り方に苦笑しつつ、その後は他愛のない世間話を交わして昼休みを過ごした。
こいつらと喋っていると、嫌なことや重荷なことを一時的に忘れることができるので、精神的に有意義な時間だった。