46 ユタ
ようやく見つけた飲食店は魚料理をメインとする食堂であり、入店すると僅かに鼻をくすぶる煙草の臭いと、日焼けした島人たちの談話が場に響き、まさに田舎の特色が染み付いた古き良き憩いの場というところ。
ドアベルを鳴らして入店した俺と梅山が空いていた4人席に座ると、後から付いてきた月夜が俺たち二人の向かいの席に腰を下ろす。
「これかなりギリギリか?」
パタパタと手を扇いで体の熱気を飛ばす俺。
「そうだね。外の立て看板によると、昼の営業時間が14時までだから。うん、食べる時間も考えるとギリギリ」
「危なかった……やっぱりこっちの道が正解だった。梅山の指示に従ってたら今頃どうなってたか」
「む。面目ない。まさか商店街を見つけるのにここまで苦労するとは」
「――ね。ボクも軽く迷っていたよ。初めてくる土地はどうも方向感覚が狂うね」
腕時計を確認していた月夜も、ハンカチで額の汗を拭って一息ついて、お冷を持ってきた店員に愛想よく笑って俺と梅山にメニューを配る。
その後、その場に居る全員が料理を注文して店員がカウンターに戻っていくと、ほぼ同時にお冷のグラスを手に取って、よく冷えた水で存分にのどを潤した俺たちは、ようやく休めると一息つく。
「しかし、こんなに飲食店が見つからないとはな。離島では外食は一般的ではないのか?」
図体が大きいぶん体の燃費が悪いらしい梅山が、疲れた様子で呟く。
同じくお腹の仲が寂しい俺も、水で空腹感を誤魔化しながらその言に頷く。
「島事情は知らないけど。前もって食事処の場所はリサーチするべきだったよな。土地勘がないと商店街を見つけるのも苦労するとは思わなかった」
「ああ、朝から移動していたのもあり、朝食を疎かにしていたのが裏目にでてしまった」
「……あれ、梅山も? 実は俺も朝は食パン一枚しか食べてなくてな」
互いに苦笑し合う男二人。
食事は現地でいくらでもできると甘く見ていたが、まさかまず外食ができる店が島ではそこまで一般的でないとは、思いもよらなかった。
ホテルの人にでもいい店を聞いておけば、こんな苦労はしなかったと、今更ながらに悔やまれる。
「まあ、こうして島料理を食べれれるのだから、結果オーライだよ」
空腹にあえぐ俺たちとは対照的に、暑さにも飢えにも涼しい顔を維持する月夜。
しかし、ふと思い出した感じに「でも……」と、少し表情を曇らせて小さく呟くと、窓の外の風景に憂い気に視線を遣った。
「天音ちゃんたちと一緒だったら良かったのに」
「……全くだ。旅は普段と違った食文化を堪能するのが醍醐味だというのに。少し空腹に苛まれた程度ですぐ諦めるのだから、観光の楽しみ方というのがわかってない。遠くの地にまで来てコンビニに入り浸るなんてな」
梅山は口を堅く結んで不満げなオーラを出して腕を組む。
数十分ほど前までは一緒について来ていた天音、四季、貝塚だったが、炎天下の中で見つかるかもわからない飲食店よりも、偶然に発見したコンビニに方に気持ちが傾いたらしく、「もうコンビニ弁当とかで済ますから」と、早々に伝統料理を味わえる外食を諦めてしまっていた。
天音はもともと島料理に関心がなく、四季はとにかく太陽光から逃れて冷房の効いた場所に逃げる為。貝塚はそもそも、船酔いによる身体的不調がまだ改善されていなかったので、お昼は軽い食べ物でいいと遠慮してのこと。
コンビニだって島で何店舗あるかもわからないから、ここを逃したら次は見つからないかもしれないという不安もあったのだろう。
彼らの気持ちもよくわかる。俺も少し迷った。
とはいえ、せっかく離島まで来たのだから、島でしか食べられない料理を食べたいと思った俺、梅山、月夜は根気強く商店街がどこかにないかと練り歩いた末に、この場へと至るのだった。
そうこうしている内に注文した料理が運ばれて来る。
近海で捕れる魚の揚げ物や刺身。その他魚介類の盛り合わせの数々。
美味しそうなのは間違いなく、見るだけでも目を楽しませるものがあり、お腹が締め付けられる感覚と共によだれが口の中に滲み出して、自然と口の端が持ち上がる。
実に旨そうな料理だ。
一番先に膳を置かれていたこともあって誰よりも早く食べ始めている梅山。
俺もさっそく頂こうと箸を手に取ったところで――違和感に気が付く。
こちらをジッと見詰める店員の視線。
料理は出し終えたはずなのに、何故か帰らない。
「…………えっと、……何か?」
「――あ! いえ、すいませんつい!!」
想像以上よりも若い声に、改めて店員の姿を確認する。
やはり若い。同年代か、あるいは2つ3つ年下かも知らない小柄な少女。
褐色とまでは言わないが、日焼けした野性的な素肌が特徴的。私服の上からエプロンを着ただけの簡素な恰好で、肩にかからない程度に切られた黒髪をポニーテールとし、尻尾のように可愛く纏められていた。
店員少女が慌てて頭を下げた拍子に、その尻尾がぴょんと飛び回る。
「見たことのない珍しい霊相をしていたので、思わず見入ってしまって……」
「――れいそう?」
「はい。実は私、見える人でして」
「…………?」
どうしよう……。何を言っているのか理解できない。
会話が噛み合わず小首を傾げる俺。傍にいる月夜と梅山もいきなりのことで呆気に取られていて、同行者からのフォローは期待できない。
ここは素直に聞き返すのが無難。
しかし、どう言えば失礼にならずに「つまり何が言いたいのか?」と問えるのか、頭の中で必死に文法を考えていると――意外のところから救いの手が。
「つまりな坊主。桃李ちゃんはユタなんじゃよ」
横のテーブルで同僚と飯を食べてた作業服のじっちゃんが、急に話に割り込んで自慢げに説明してきた。
「ユタ? 占い師とか、霊能力者とかそっち関係の……」
「おう。何かあったら桃李ちゃんとこ尋ねて、どうすべきかを教えてもろうとるし、村の祭事も祈願もやってくれとる。うちら島人はいっつも桃李ちゃんに世話なっとるからの」
「いえいえ。皆さんのおかげで何とかやっていけてるだけですよ」
島人のおっちゃんは両手を合わせて「ありがたいありがたい」と、まるで崇め奉るように褒め殺し、それに照れた少女が頬を赤らめて頭をかく。
ユタ……。
オカルト超常現象番組とか、そっち関係のテレビ番組で聞いたことがある。
確か、こっちの地方で言うところの民間霊媒師の別称で、一般的にはイタコと同じく、自身の体に霊や神様を憑依させて託宣を述べるタイプの占い師、もしくは巫女らしい。
歴史や宗教信仰にも深いかかわりがあるらしく、一般的には女性のことを指すが、男性のユタも少数ながら存在し、占術の種類も地方によって様々と言われている。
占い師といえば胡散臭い者の筆頭だが、ユタにおいては現代でもなお、その信仰性は完全に失われてないないらしく、目の前の彼女のように敬われるユタも少なくないとか。
ユタって……歳いった年配だけじゃないのか。
おばさん以外の占い師とか初めて見るぞ。
「――それで。その霊媒師さんが何の用ですか?」
「あ、はい。用という訳でもないのですが。お三方の霊相……ああ、霊相というのは手相や人相と同じく、個人々々が持つ霊体の形を分類分けしたもののことを言うのですけど」
「は、はぁ」
「それが随分と見ないタイプの霊相でして。それを目撃して職業柄つい興奮……じゃなくて夢中……でもなく、そう! 感心しまして。ビビッと来ちゃったわけですよ!」
ビビッと来たって……、なんか電波系みたい。
いや、普通に霊媒師の第六感とかなんだろうけど。
「まあ、そういうわけで。思わず見入ってしまった次第です」
「へぇ。それで、一体どんな霊相だったの?」
霊相の結果に興味を示したようで、月夜の声音が少し色づく。
しかし、その言葉に申し訳なさそうにシュンとするユタの少女。
「あー……。それは言えないです。公共の場では個人の占術はやってはいけないことでして、霊相の説明をするのも抵触しちゃうんです。すいません……」
「――そっか。決まり事ならしょうがないよ。ボクこそ、言いずらいこと言わせてごめんね」
「いえ、お客さんに業務とは関係のない話を振った私が悪いんです」
でももし興味があるのなら、とユタの少女は前置きする。
「お暇な時に白条館と呼ばれるお屋敷を訪ねてきてください。そこでなら問題なくお相手することができますので。――特にそこの方!」
「え、俺?」
キラキラと輝く瞳に射抜かれドキリとする。
「……実に、ええ、――実に面白い霊相をしていらっしゃる!! 他のお二人も魅力的なのですけど、貴方様だけは別格です。是非とも占ってみたい! ので! どうか白条館に来てください。お願いします!!」
「…………考えておきます」
「いやホント、素晴らしい霊相なので! 来てくださいね!!」
やけにテンションが上がって鼻息荒いユタ少女は強く念を押し、ようやくカウンターへ戻っていった。
……素晴らしい霊相か。
褒められているのか馬鹿にされているのかは判断できないけど、でもまあ、興味を持たれるというのは悪い気分ではない。
それが霊相とかいうスピリチュアル的な胡散臭い何かだったとしても、家族から冷たく接せられ続けている俺にとっては、好意を持たれることに対して無条件で嬉しくなってしまうものなのだ。相手が同年代の可愛い少女だったというのも、大きい要因かもしれない。
――我ながら単純な思考回路だが。
ふむ。占いね。
そうだな。俺は占いなどのオカルトは信用しないタイプだが、せっかく離島に来たのだから思い出を作らなければ損だ。
霊媒師の言葉を真に受けるかどうかはともかく、一度くらいは占いというものを体験してみるのも――悪くない。
明日あたり行ってみるとしよう。