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44 旅のお供

 内々で離島一人旅を予定していたら、何故か妹がその旅に食い付いてきた。


 どのような考えがあって旅行に興味が湧いたのかは知らないが、天才と呼ばれて日々さまざまな期待や羨望に晒されているからこそ、たまには息抜きをしたいということだろう。

 自分のことを誰も知らない離島という場所が、その眼に魅力的に映ったのかも知らない。


 にしたって、わざわざ俺の旅行に付き合わずに勝手に一人で、好きなところへ楽しみに行けばいいと思うのだが……。まあ、自分の本性を知っていて、尚且つ顎で使えて好きなように命令できる奴隷(実の兄)が、傍にいたほうが色々と便利だと考えたのかもしれない。


 そういうところは賢しいというか、変に小知恵が働く奴。


 本来の目的は疲れた心をリフレッシュする為の旅行。なのに、最大級のストレス因子を連れて行かないといけなくなってこっちはいい迷惑だ。天音が旅行で引き起こすトラブルのことを思うと、頭が痛くなってくる。

 とはいえ、一度言い出したら誰にも止められないのが、神童天音の恐ろしいところ。


 結局、俺に選択肢はないのだ。


 出発数日前から気勢が削がれてしまった俺は、愚痴の一つや二つこぼさないとやってられないと、翌日の学校、その昼食時間に梅山と貝塚の二人に、ため息交じりに話したところ――


「え、それいいね! 僕も行きたいかも」

「……おい天。何故、俺たちを誘わない? 水臭いだろう」


 と、話が予期せぬ方向へ発展してしまった。

 意外な反応に惚けていた俺は、弁当のコロッケを咀嚼しながら小首を傾げる。


「え、なに。一緒に行きたいのか? 観光地でも何でもないただの離島だから、何も楽しむものないけど。……それでもか?」

「是非とも行きたい! ……よね? 梅ちゃん」

「そうさな。予定のなく切羽詰った課題もなし。連休期間は総じて暇だ。することがないというなら、いっそ住み馴れた街を離れて、離島特有の漬け物を食しに行くというのも、――悪くない」


 真剣な表情で腕を組む梅山だが、口の端からよだれを垂れているせいで滑稽だ。


 それさえなければ徳を積んだ僧侶か、名のある格闘家もかくやな迫力なのだが、漬け物への欲求で全てが台無しだ。日本列島の果てまで漬け物を追い求める熱意は尊敬するが、まずはよだれをふけよ梅山。カッコ悪いぞ。


「だよね! 僕は旅行って修学旅行を除くと、家族としか行ったことがないから、友達だけで離島に遊びに行くなんてシュチュエーション、すごく憧れているよ!」


 邪気を知らない純真無垢な子供のような表情で、目を輝かせる貝塚。

 そんな目で俺を見ないでくれ。一人黙って旅行に行こうとしていた俺の心に罪悪感が生まれるじゃないか。


「お、おう。じゃあ……一緒に行くか? 移動費と宿泊費。その他もろもろのお金はかかるけど、二人が来てくれたら俺も万々歳だよ。妹と二人っきりは辛いからな」

「いいの!? じゃあ僕も行くよ!」

「うむ。俺もお供しよう」


 物は試しで誘ってみたところ、一も二もなく飛びつく二人。

 よっぽど行きたいんだな、こいつ等。


 どうせ天音が一緒なら人数にこだわることはない。気の合う梅山と貝塚が傍にいてくれれば、その方が俺も楽しい旅行ができる。不利益は何もない。

 加えて、二人の前では天音も「優しくて気が利く生粋の美少女」を演じ続けなくてはいけないだろうし、外面という鎖で天音の本性を抑えつける効果も兼ねて、一石二鳥とも言える策。


 そう、これは策。対天音対策だ。

 天音は不機嫌になるだろうが、なに問題ない。当日までは黙ってれば済む話。旅行が終わる頃には疲れて怒る気力も失せているだろう。忘れてすらいるかもしれない。


 ――ふ。完璧だな!


 旅行には何を持って行こうかと話し合う二人を他所に、俺は心の中で天音の困る顔を夢想し、ニヤリと悪い笑みを浮かべながら、次のおかずを口に放り込むのだった。




 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 




「その旅行。――ボクも付き合っていいかな?」


 曇った空を何気なしといった感じで見上げていた月夜は、俺の話を聞き終わるとほぼ同時に間髪入れず要求を押し込んできた。


 昼休みから時間は少し経ち、放課後となって学生たちが次々と帰宅していく中、月夜と一緒にいつもの屋上に来ていた俺は、その言葉を聞いて、ああ、月夜がそう言い出す可能性を思い至るべきだったな、と、後悔ともまた違う不思議な感慨が胸中を支配した。


 咄嗟に言葉が出ず黙り込む俺。

 月夜は眺めていた曇り空から目を離し、こちらの顔を琥珀の視線が捉える。


「何か問題ある?」

「問題はないが……。――そうだな。月夜が旅行に加わるなら、鹿目も誘う必要があるかもしれないと、ふとそう思っただけだ」


 これを月夜に言うのはどうかと思ったが、不思議な眼光に胸中を乱された俺は、自然と内心で思っていたことを、包み隠さず話してしまう。


 それを聞いた月夜は、呆れを含んだ表情で苦笑を零す。


「天馬は考えすぎだね。ようするに、天馬に対して好意を持っているボクが、数日間とはいえ寝食を共にするかもしれないのに、現状の恋人である鹿目に何も言わないのはどうなのか? ――って話でしょ」

「あ、ああ、一応そんな感じだが……」

「気にし過ぎだよ。天馬。神経質になり過ぎ」


 月夜は座していたベンチから立ち上がり、何故か、両指を組んで頭の上に伸ばして「うーん」とストレッチのように背筋を伸ばし始めた。


 制服の裾が上がって、健康的なスレンダーなお腹周りが視界に入り、反射的に目を逸らす俺。

 その場に居る男子高校生の気にもなって欲しいと思いながら、鼻を掻く素振りで赤面を隠すが、月夜はそんな俺をまるで気にした風もなく、肩や背筋を解してリラックスすると組んだ両手を離して乱れた制服を直す。


「こうして肩の力を抜きなよ。ボクは天馬にとってただの女友達。離島で二人っきりになる訳じゃないし、その場には梅山君たちや妹さんもいるのだから、そうそう滅多な話にはならないよ」

「だが、鹿目には話を通すぞ。これは俺の気持ちの問題だ」

「わかってる。それに関してはそっちに任せるよ。もしかしたら、ようやくその九條鹿目さんに会えるかもしれないしね。――それはそうと、四季も誘っていいかな?」

「四季って……、鳳帝四季のことか? え? なに二人知り合いなの!?」

「うん。お友達だよ」

「――友達!?」


 あの人間嫌いで友達を作らず、特に見た目が良かったり、頭脳明晰や運動神経抜群といった才能ある人たちをリア充と呼んで差別している四季が、よりにもよって色々とスペック高い月夜と友達関係だと? ……にわかには信じられない。


 大体、ほとんど学校に居ないあいつとどうやって知り合った?

 ――あ。いや、そういえば最近、四季をよく学校で見かけるな。不登校気味で滅多に会えないからレアモンスター呼ばわりしていたが、もしかして、月夜の影響でついに引きこもりをやめたのか? だとしたら物凄い偉業だぞ月夜。


 あのゾンビみたいな四季を引っ張り出すなんて……。


「人を惹きつける性格も一種の才能だよな。カリスマみたいな、そういうやつ」

「ん? どういう意味?」

「いや、……別に。気にするな」


 まあ、二人の間に何があったか知れないが、四季が旅行に参加するのは特に問題はない。個人的には参加してくれることは嬉しい。

 すでに俺を除外して4人もの参加メンバーがいる訳だし、後一人二人は誤差みたいなものだ。


「四季を誘えるなら、むしろ誘ってくれ。あいつと離島旅行も面白いかもな。どんな反応するか楽しみだ」

「うん。ボクも楽しみだよ」


 咲いた花のように破顔した月夜を見て、俺も釣られて笑みを浮かべる。


 転校してから今まで、その独特な見た目と性格で周りから敬遠されていた節があった月夜だが、ちゃんと友達も作って自身の居場所を獲得していたらしい。


 その相手があの四季だっていうのは少し不安になるけれども、変に孤独主義になることなく、俺以外の人との繋がりを持ってくれていることは、何だか胸の内か暖かくなるような、そんな心地よくて嬉しい気分にさせられるのだった。







 ――その後、鹿目を旅行に誘ってみたのだが、外せない用事があるとかで参加できないとのこと。その際、電話口で非常に申し訳なさそうに謝る鹿目を、俺が必死になって慰めるという一幕があった。


 ……月夜と鹿目が出会わないことに、ほんのちょっぴり安堵したのは内緒だ。

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