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41 鳳帝四季という女

覚えていますか?

天馬の三人目の友達。体育館で登場した無気力系少女のことを。

 人生に多少の苦難あれど、不貞腐れずに努力をするならば、それなりの幸せを掴むことはできましょう。


 天才と凡才が掴み取る幸せに差はありますが、それさえ割り切ることができれば勝ち組です。わざわざ次元の違う天才方と張り合うのも詮無い事。自分自身が幸せと思うことが重要なのですから。


 だからこそ、頑張ることに意義はある。……それは認めます。

 難しい話でもなんでもない、馬鹿でも知っている大前提。


 ――しかし、それを知ってなお、日々を自堕落に過ごす非生産的な人たちは多くいる。頭の中ではこのままではいけないと思いつつも、「自分は頑張ればできる」と根拠のない自信を持ち、「明日から努力すればいい」と余裕を持って結局なにもせず、何も成せず、何一つ残せない。


 かく言う自分……鳳帝四季もまた、その一人です。


 理由は簡潔にしてシンプル。面倒くさいから。様々な言い訳はできますが突き詰めるとこれでしょう。


 身を貶める衝動。それは何もしたくないという欲求。

 もっとも簡単に取れる手段であり、もっとも失敗する可能性が少ない安全策。何もしなければ失敗もしない。疲れないし、時間も取られない。仕事や役割でないのなら、他人に迷惑をかけることすらもない。


 ――なら、別に頑張る必要ないじゃないですか。

 楽したいじゃないですか。


 本当は高校にだって行きたくない。理数学、文学に加え、体育や学校行事。どれもこれも自分には必要ないこと。

 それを、義務教育でもないのにお金を支払って、わざわざ努力しなければならないなんて、あり得ないですから。上からの命令じゃなかったら学校なんてこっちから願い下げですよ。マジで。


 しかし、しょうがないのです。

 これも仕事ですから。


 ぐうたらと家で寝転がって惰眠を謳歌する。

 それが自分のささやかな願いですが、とはいえ、そうも言ってられないのが現状の立場。なら、内心どのように思っていても、重い体を引きずって期待に応えねばならないのが辛いとこです。


 そして今日、面倒事がまた一つ……。

 あー、死にたい。



 大きな溜息をつきながら、指定された旧校舎裏に足を運ぶ。


 暴力的な夏の陽射しに責められ、さながら日光で苦しむ吸血鬼のような気分になりながら、人気のない場所を足取り鈍く進む。


 建物の曲がり角を曲ると、学校のゴミ置き場と焼却炉があった。校舎が太陽光を遮ってちょうどよい日陰になっていて、体感温度が下がり涼しくなる良い場所。


 猛暑の苦しみから解放されることで、ようやく心の余裕が生まれる。


「……はぁ。干からびるかと思いましたよ……。ホント、まったく嫌になります。やはり夏は地獄の季節ですね。特に陽射しが辛いのがいただけない……。

 ――そうは思いません? 朧月夜さん」


 額の汗を拭いながら一息ついて、目の前の相手に話を振ると、先にこの場に来ていた小麦色の少女は、深い輝きを放つ琥珀の瞳をこちらに向けた。


 髪を染めたかのような派手な見た目に反して、どの教科も抜きんでた成績を叩き出す優等生。まだ転校して日が浅いというのに、特徴的な美貌と性格から、クラスの男子学生たちから注目され始めた噂の彼女。


 ――謎多き転校生、朧月夜。



「否定はしないけど、ボクは別に無駄話をしにきたわけじゃないんだよ。それをわかって欲しいな、鳳帝四季さん」


 透き通った声が、静かに響く。

 あからさまではないが、僅かに険が混じった警戒心のある態度。

 前髪から覗く琥珀色の眼光が鈍く光り、その眼差しに射抜かれているだけで、妙な圧迫感が体を縛り付ける。


 はて? 普段見る彼女の性格はマイペースでおっとりなタイプと感じていましたが、どうも今日は虫の居所がよろしくない様子。会いに来てそうそう喧嘩腰とは。

 ――さて、一体なにが原因なのやら。


「辛辣ですね。下駄箱に入っていた手紙で呼び出されたと思えば……なんですか。イジメですか? ……はぁ。勘弁してくださいよ。うちみたいなひ弱喪女をいびってどうするんですか? 体力の無駄ですって……」


 両の手のひらを見せて、何とか穏便に済ませようとするが、不敵な笑みを浮かべた月夜はその言を一笑に付す。


「思ってもいないことを口にしないでくれるかな。君はわかっているはずだよね? ――ボクの用件をさ。……心当たりがないとは言わせないよ」

「え、ええー……。察しろってことですか。何とも面倒なことを仰る……」

「すぐにでも正直になることをお勧めするよ。鳳帝四季さん。惚れた男性が相手ならともかく、君のような狡猾な女性相手に、ボクがいつまでも待ってあげると思わないことだ」

「そー言われましても……。最近は寝不足が酷くて思考力が落ちているのか、うまく考えがまとまらないんですよねー……」


 右手でボサボサな自分の黒髪を掻き混ぜながら、鈍感を装ってとぼけて見せる。


 その間に思考を巡らせて、この場の打開策を考えようとしたが、小麦色の美少女さんはそんなこちらの態度が気に食わないらしく、視線は睥睨へと変化し、殺気立った雰囲気に迫力が増す。


「そう……。あくまでしらを切るつもり? 人の事をしつこく付け回したストーカーの御身分でよくもまあ、そんな態度がとれるものだね。感心するよ」

「…………へぇ」

「気づかれてないとでも思ったのかな? 悪いけど、ボクはそこまで鈍感でもなければ、愚鈍でもないよ。――でもまあ、それはいい。気味が悪いけど、それだけならまだ許せた。ボクの事を嗅ぎまわるくらいならこうして接触までしなかったよ。

 ――けれど、昨日のあれは許されない」


 腕を組んで凝然としていた月夜が、ゆっくりとこちらに歩き出した。

 表情を変えないまま、一歩一歩、距離を詰めて近づいてくる。


「――人の家に石を投げ込むなんて非常識にもほどがある。これには流石に怒るよ。……だけどね。本当に怒っている理由はそれでもない。ボクが頭にきているのはね、タイミングのこと、状況のことだよ。天馬があの場にいたことが重要なんだ。

 そう、よりにも……。よりにもよって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それが何より許しがたい」


 手を伸ばせばすぐに触れられる位置。互いの呼吸音が聞こえてきそうなほど近くで、月夜の怒気を含んだ非難が穏やかに、されど確かな熱量を持って響き轟く。


 ああ、琥珀色の瞳が強い感情で揺れている。

 自分の感情を見せない彼女には珍しい姿です。普段は役者のように人柄を演じているというのにね。それもこれも、武島が絡んでしまったからでしょう。まったく、恋する乙女の激情は面倒だ。暑苦しくなるほどに。


 ……それにしても、監視されていることだけでなく、正体まで突き止めるなんて、彼女、なかなか侮れないですね。まあ、こちらの仕事が雑だっただけかもしれませんが。


 しかし、厄介な事態です。


「………………面倒だ。ああ、面倒くさい。どうしてこう難儀な事態が転がりこんでくるのやら、まったく任務とはいえ、割に合わないですよ」


 大きなため息と共に愚痴ると、月夜が微かに目を見開く。


「それはボクの発言を否定しないということでいいのかな? それに……今、聞き間違えじゃなければ、――任務、って聞こえたのだけど。間違いなくそう言ったの? ……じゃあ、もしかして君は」

「ご察しの通りです。結社の者……と言ったら、わかってもらえますかね」


 今更、隠す意味もない。朧月夜は聡明だから、遅かれ早かれ答えに辿り着いていたでしょう。ここはちゃんと説明して事情を理解してもらった方がいい。


 監視対象である彼女自身も、我々のことはそれなりに既知だと聞いているし、ここは相互理解に努めて建設的な会話をするとしよう。正体をバラすのは結社的にグレーゾーンですが、しょうがないですよね。


 ここで誤魔化し続けるのは……とーっても、面倒ですから。


「結社って……。()()()()のこと?」

「あれもそれもないですよ。数か月前、途方に暮れていた貴女に取引を持ち掛けましたよね。――その時の我々です。お忘れですか?」


 突然の告白に毒気を抜かれて、怒りを見失った月夜が困惑した表情を見せている。


 まあ、第二種時空不連続体である彼女に接触した際、自分はその場にいなかったので、その時の者であるといってもピンとこないのも無理はないですが、そもそも社会に潜る諜報班と過激に動く実行班は一緒に仕事しないもの。

 会ってなくて当然だ。


 恐らく、朧月夜の中では結社とは、あの時の黒服サングラスをイメージが強いのでしょうけど、自分みたいな女子高生もいるんですよ。だから、早めに受け入れてもらえると嬉しいのですけどね。


「えーと……、話を続けても?」

「それはいいけど。でも、ボクはまだその監視とやらは納得してないよ。我が家のガラスを割ったこともね。そのことについて弁解や謝罪は聞けるのかな?」


 ……そういえば、本来の話はそっちだったか。


「もちろん謝らせてもらいますよ……。悪いと思っています。ですけど、窓割りの件に関しては貴女にも原因はあるのですよ。約束を破ろうとするから……しょうがなくね」

「……約束」

「ええ、取引で結んだ約束です。これは忘れたと言わせませんよ」


 怖気づいた態度では舐められてしまうので、内心は張り合いたくないと思いつつも、睨みつけてくる月夜に眼を合わせて強気な演技をする。



「我々は約束をキッチリ守っているはず。違いますか?

 ……戸籍、住民票、個人番号といった社会的身分の保証。立派な住まいに、成人するまでの生活費。おまけに貴女の希望に応えて、北連高等学校への転入手続きまで計らってもいます。万事において、結社は約束を違えていない。


 ――だからこそ、貴女も約束を守ってもらいたい」


この後、もう一話あがります。

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