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32 久しぶりのデート

 週末の休日。朝9時過ぎになろうかという頃。

 今日は鹿目と会って遊ぶ約束をしている。俗に言うデートだ。


 このまえ月夜と来た駅前付近にて、噴水の傍で突っ立っていた俺は、腕時計をちょくちょく確認しながら外行きの服が変でないかチェックする。


 自分なりにおしゃれを意識してはいるが、今頃になって選んだ服が合っているか心配になってしまう。服装を過度に気にするなんて俺らしくないとは思うが、普段見た目に無頓着な俺でも、今日は流石に気にせざるを得ない。


 ――よくよく見てみると、ちょっと上着とズボンの色合いが合ってないかも? 

 あと少し地味すぎか? 明るい色の服にすればよかっただろうか?


「……」


 一度気になると無視できないもので、無駄にパーカーを脱いで着なおしたり、上着の襟を正したりする。きっと傍から見たら挙動不審な奴に見えるんだろうが、幸いにも周囲に人影はほとんどなくて思いの外静かだ。


「……にしても、美味しそうに食べてたな。あいつ」


 視界の端に例のケーキ屋が映り、幸せそうに甘味を堪能していた天音を思い出して頬が緩む。


 あの後に家に帰った俺は、月夜から預かったスイーツを無事に妹へ渡して、それが「月夜の気持ちだ」と説明したわけだが、その時の天音の反応ときたら思い出すだけで笑いがでる。


 かの有名なケーキ屋のスイーツが貰えると聞いても「あっそう」と平静を装っていた天音だが、その視線はケーキ箱に釘づけでソワソワした態度がバレバレ。

 見るからに嬉しそうなのに取り繕っているもんだから、「あんまり嬉しそうじゃないな。……だったら俺が食べていいか?」と冗談を言ったら血相変えて掴みかかってくる始末。その素直じゃない姿が不覚にも可愛かったんだよな。


 いつもはからかわれてばかりだったが、久しぶりに俺が天音をからかえただけでも、月夜の買い物に付き合ったかいがあったな。


 月夜からのお詫びの品だと言ったら、何とも言えない微妙な顔して食べるのを一瞬ためらっていたが、甘味の誘惑には耐え切れなかったようで、数分後にはあれだけあったスイーツが天音のお腹の中に消えていた。


 まさか一回で全部食べ切るとは……。

 女子のスイーツに対する胃袋ってどうなっているんだか。


「……そろそろ約束の時間、だな」


 思い出に浸りながらも腕時計を気にする俺。

 15分ほど前から待ち合わせ場所に待機しているが、未だ鹿目の姿は見当たらない。


 いままで鹿目と付き合って知った事だが、鹿目は待ち合わせをした際に時間ギリギリにくる傾向がある。他の女子のことは知らないので比較はできないが、普通は余裕を持ってその場に現れるのが一般的だとテレビの番組で言っていたので、やはり鹿目は遅い方なのだろう。


 お洒落に時間をかけていると考えれば不満はないし、それでも遅刻だけはしないので問題はないのだが、それでも約束の時間が迫ると心配だ。

 すっぽかされるのではと不安になる。


 時間はもうほとんどない。腕時計が示す針は待ち合わせの時刻まで後1分だ。

 俺は周囲を見渡して、鹿目の姿がないかを視線だけで探す。


 ――瞬間、暗転する視界。



「今アニキの後ろにいるのはだーれだ?」



 後ろから伸びてきた両手に眼を覆われ、この場に居るはずのない妹の声が背後から響く。


「は、ええ! 天音!? 何でここに――」


 慌てて振り返ると、そこには私服の鹿目の姿が。


「――え、あれ?」


 そう。そこにいたのは眼を覆っていた両手を所在なさげにブラブラさせている鹿目だけだ。


 白のブラウスに黒のテールスカートが似合っていて、ゆったりと纏めた黒髪や黒縁眼鏡に白い肌と合わせて、全体的に白と黒のインタラクトがいい味をだして、鹿目の持つ清楚感を強調している。

 とても綺麗だ……。――が、それは今どうでもいい。


 何処を見渡しても天音の姿は微塵も見当たらない。


 状況が飲み込めず呆けている俺と目が合うと、鹿目はニッコリと笑って後ろ手を組む。

 可愛らしい仕草やポーズも、この状況では腑に落ちないものとして目に映る。


 これは一体どういうことだ? 

 今の声は明らかに俺のすぐ背後から聞こえた声。近くに視線を遮るものはなく、どこかに天音が隠れている可能性は考えにくい。となると、どう考えても目の前にいる鹿目が声の主ということになるが、しかし……。


「……。……おはよう鹿目」

「おはようございます。お待たせしましたか? 先輩」

「待ってはいないよ。精々10分くらいだ。こんなのは待ったうちにはいらないよ。――出し抜けにつかぬ事を聞くけど。今、天音の声が聞こえた気がしたんだが、……聞こえた?」

「天音ちゃんの声。聞こえました?」

「……」


 俺の凝視をものともせず、ニコニコと笑顔を浮かべて小首を傾げる鹿目。


 だがそれも長く続かなかったのか、急にニヤリと頬を吊り上げ、それを隠すように両手で口を押えた。押し殺してくぐもった笑い声が指の隙間から漏れる。


「ふ、ふふ。――冗談ですよ。そんなに真剣に私を見詰めないでください。今のは私の声です」

「け、けど。今のは完全に天音の声だったんだが……?」

「似ていましたよね。天音ちゃんの声って私の声質に近いから、似せると結構真に迫ることができるのです」

「ほ、本当に?」


 答えを聞いてもすぐに信じきれない俺は、「じゃあ天音の声で、アイツが絶対言わないこととかとか言えたりする?」と半分調子こいたリクエストを頼むと、鹿目は目を丸くして躊躇しながらも顔を赤らめ「ちょっと恥ずかしいですね」と、声の調子を確かめる。


 まさか本気でリクエストに応えてくれるとは思わず、心の準備ができていない俺。


 それに気が付かない鹿目は一度表情を消して目を閉じる。そして――。


「……いつもアニキに強く当たってごめん。アニキが他の女の子に優しくしていると、頭の中が沸騰してつい乱暴になって、それで……」


「――っ!」


「でも私、本当はアニキを傷つけたくない……。アニキに甘えたい、優しくされたい。だって本当はアニキ……兄さんのことが――」

「ちょ、ちょっと待った! タンマ!!」


 制止の声に演技は止まったが、頭の中で天音(鹿目の演技)の声がぐるぐる回っていた。羞恥心に顔面を殴られて目の前で火花が散る。背徳的な気分で顔が熱い。


 ほ、本物だ。――や、ヤバい! 背筋がゾクゾク来る……。

 何て演技をしてくれたんだ。妹がブラコンだったシュチュエーションとは恐れ入る。要望通り天音が絶対言わなそうなことではあるけど、禁断の恋過ぎて心臓に悪いわ。


「ごめん。俺が悪かった。もういい。もうストップで!」

「……そこまで酷かったのですか?」


 キョトンとしている鹿目に、俺は溜息をついて頭に手を当てる。


「違う。似すぎてビックリしたんだよ。――うん。確かに声質に関しては天音と瓜二つだ。今までは鹿目と天音の性格が正反対だったせいで認識すらしてなかったけどね」


 女性の声帯は音域が広いとは聞くが、これもう声帯レベルで近いのかもしれない。声の双子と言ったところか。モノマネを聞いた後だと、俺なんかよりもよっぽど血が繋がっていそうな印象をうける。


 鹿目も天音も同じくらい美少女だし、俺と天音が兄妹であるよりも、鹿目と天音が姉妹の方が違和感ないよな……。悲しいことに。


「まあ、でも鹿目だと知った上で思い出すと、さっきの声は天音とは微妙に違うな……」

「どこが違いました? 参考までに」

「――特徴は完全に掴んでいたよ。でも、妹にしては可愛らしい声調だから違和感があったな。あいつはもっとトゲトゲしい感じ。言葉の端々に傲慢さが表れている様子をイメージするといいよ」


 妹の傍若無人さを思い出してアドバイスすると、ニッコリと笑って「天音ちゃんはそんなんじゃないですよ」と言う鹿目。


 今一瞬、眼鏡の奥から殺気が放たれた気がしたが、何事かと思い再び鹿目を見ると、いつもの微笑みを浮かべたままで特に変わりはない。

 首を傾けた時に光が眼鏡を反射してそういう風に見えただけか? 背筋が凍る錯覚を覚えるほど強いイメージを感じたが……。


 まあ、天音じゃあるまいし、鹿目が殺気なんて出すわけないよな。


「立ち話もいいが、そろそろ行くか」

「――そうですね。行きましょう先輩」


 俺が先に歩き出すと斜め一歩後ろから寄り添うようについてくる鹿目。


 こっちの歩調に合わせつつ俺の前に出ないよう注意しているのがわかる。

 男尊女卑じゃあるまいし、別に気にせずともいいのだけど、本人はこの方が安心できるのだと言って聞かない。だからデートではいつも先に歩くのも俺だし、行く場所を決めるのも最終的には俺が決めている。


 根っからの大和撫子体質。

 半年の付き合いになるのに敬語が抜けないのももう癖だ。


 今までのデートと比べて、鹿目の態度は何一つ変わっていない。浮気の事件の尾を引いている様子を微塵も感じさせること無く、自然な振る舞いをしている。


 ――俺はどうだろうか?


「……いつも通りやればいい」


 鹿目に表情が見られないよう、反対側に顔を逸らした俺は自分にだけ聞こえる声で自分に言い聞かせる。


 微かに心の隙間から滲みだした苦汁。それを意識しないよう感情の一部に蓋をする、そんなイメージだ。

 せっかく恋人と遊びに出掛けるのだから、余計なことは考えないことだ。浮気の事件なんて今は忘れておけ。気まずい雰囲気を出さないよう、明るく振る舞いながら普段の態度で接すればいい。そうしてこの時間を楽しむ。それでいい。


 ……俺は今、ちゃんと笑えているのかな?


 そんな言葉が脳裏を過った後、俺は頭を振って暗い感情を振り払い、楽しくなるであろうこれからのデートに思いを巡らせるのであった。


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