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30 スイーツ

 夕暮れ模様が街並みを赤く染め上げ、独特の趣を醸し出していた。


 太陽が西の彼方に沈むまでにまだ時間があるらしく、直視できない光の刺激が目を刺してくるので、視線を下にして手のひらで陽の光を遮る。


 とても眩しく熱いが、屋上だと風があってちょうど気持ちいい按配だ。


「陽が沈むのが遅くなってきたね。つい数日前のこの時間帯なら、もう太陽が見えなくなるころだったのに……。――それに夜空もまだ見えない。星を視認するにはまだ明るすぎるからかな?」

「夏至もそろそろ近いしな。台風もあって天気もコロコロと変化したり、気温も暑かったり寒かったりと大変だったが、これからは本格的に真夏日和だ」

「うん、そうだね。……そしてキレイな夕焼けに感嘆だ」


 一陣の夏風が吹き抜け、月夜の小麦色が音もなくなびく。


 陽光に照らされた長髪はその原色のせいか、真っ赤に染まって赤毛のように見える。その姿は超然的で、まるで紅蓮に燃ゆる炎のように揺れていた。


「しかし、また屋上に来ることになるとは……」

「ふふ、天馬は意外と押しの強い女性には弱いのかな? 駄目だ駄目だと頑固な態度でも、真摯にお願いしたら最後には折れてくれる男性――。うん、すごくいいと思う」

「それは相手に都合の良い男ってことだろ。なんだかな」


 天文部から借りた鍵を手の中で転がし、先ほどのことを思い出してため息をつく。

 毎日のように屋上に行こうと誘ってくる月夜に、いい加減に断り続けるのが面倒になった俺は、頻繁には無理でもたまになら屋上を開放してもいい、とついに妥協案を提示してしまったのだ。


 いけないこととわかっていても、ここまでしつこいと「もう別にいいかな」って気持ちが湧いてしまう。これも一種の錯覚というか、洗脳に近いものがあるのかもしれない。


 後悔こそないものの、やってしまった感が強い。


「間違っても他言するなよ。バレたら教師陣に呼び出されるぞ」

「ふーん。怒られるのは怖い?」


 悪い笑みを浮かべてからかってくる月夜に、両手の手のひらを見せて「もちろん怖い」と、内心を包み隠さず告白する。ここで見栄を張る必要もないし、月夜なら感情を隠してもすぐに察してしまうだろう。


「……それと、世話になった天文部に迷惑をかけることになるのがもっと怖い。部長はいい人だからこうして校則違反にも手を貸してくれているけど、だからこそ責任追及になったら俺たちと同じくらい怒られるから、……嫌なんだよ」


 視線を落として、人の好さそうな眼鏡部長の顔を思い出す。

 ちょっとだけ事情を説明して頼み込むと、何故かニヤニヤしながら「美少女転校生と屋上で二人っきりか……武島も隅に置けないな―」と快く鍵を渡してくれた部長。月夜との仲を誤解している様子だったが、気を遣ってもらっているのはしっかり感じた。


 それを仇で返す真似はしたくない。


「へぇ、――友達思いだね。そんな天馬だからこそ、天文部の部長も安心して鍵を渡してくれるのだと思うよ。天馬には人徳があるってわけだ。……こんな立派な天馬を兄に持てて、妹さんもきっと鼻が高いだろうなー」


 天音に対する的外れな推測を述べた月夜は「ボクのお兄さんになってほしいくらいだよ」と微笑みながら冗談を言って、風に巻かれた長髪を撫でて乱れを直す。


 あの傍若無人な妹が俺を立派に思っていることなど、天地がひっくり返ってもありえないだろうなと思いつつ、忘れていた疑問が頭に浮かび、ちょうどいいと俺は口を開く。


「――そういえば、聞きたいことがあるんだよ。前にさ、月夜が俺の家に来た時に、天音に何か怒らせるようなこと言ったのか? あいつ何か滅茶苦茶お前を敵視していたが……」


 停電の時の天音の異常な態度を思い出し、そのことを大まかに説明すると、心当たりがあったのか、みるみるうちに表情が固くなって視線を泳がす月夜。

 そのまま気まずそうに頬をかいて、苦笑いを浮かべる。


「えっと、それってどれくらい……?」

「結構マジな感じ。家族として長年付き合っている俺でも滅多に見ないくらい本気だった」


 目を瞑ると目蓋の裏に映し出されるあの時の天音の表情。

 そう。軽蔑でも嫌悪でもなく、隠しきれない恐怖。そして溢れ出す怒りと闘争心。それは普段の天音では感じるはずのない感情だったはずだ。


「あいつはプライド高いから、内心人を見下したり嫌ったりすることはよくあっても、「敵視」っていうのは滅多にないんだ。同列に見てないからな。――でも、月夜に対しては対等な相手として、本気で「敵視」している。こんなこと初めてかもしれない。あいつがそこまで人を評価するなんて」

「あー……。そっかー……」


 困った風に腕を組む月夜。

 悠々とした態度こそ崩さないが、虚空を見つめながら「やっちまった」という表情を浮かべている。どうやら故意にしろ確信的にしろ、天音の感情を逆撫でする事態があったのは間違いないらしい。


 ちょっと意外だ。天音が勝手に逆恨みをしている可能性も大きかったから、勘違いか何かの線もあると思っていたのだが。


「で、何したの? 事情が分からないと俺もフォローできないぞ」

「いやー……さ。初対面でかなり失礼な態度をとっちゃったていうか……。初対面の印象が最悪になるくらいの失態をしたというか……」

「――失態? 具体的にどんな?」


 曖昧な返答にいまいちハッキリせず、さらに追及すると月夜は言いづらそうにしながら、小麦色の毛先を弄っている。

 琥珀の瞳もきょろきょろと宙を泳いでいて挙動不審だ。


 よほどデカい失態を犯したのだろうか……?


「実はね。妹さんの顔を初めて見た瞬間に、思いっ切り爆笑してしまって……。べつに妹さん顔が可笑しいとか、そういうことじゃないのだけど。何というか、――そう、()()()()()()みたいな?」

「え? 爆笑って……。何、初顔合わせでいきなり爆笑したってこと?……いや、それ……そりゃ、……そりゃ怒るだろ。俺でも初対面でそれやられたら不機嫌になるぞ」


 誰だって馬鹿にされたと思うだろうし、それをされたのが自尊心の強い天音で、したのが胡散臭そうな雰囲気を持つ月夜だというのが、救いのない最悪の組み合わせだ。

 梅山だって初対面で月夜を警戒していたほどのオーラが月夜にはあるし。


 まあ、俺はそのミステリアス感が好きだけどな。


「それはわかっているだけど、どうにも堪えきれずに思わずさ。――それと、その後にちょっと調子に乗っちゃって、()()()()()()()()()()()()まで口走ったんだよね。

 ――ホントにあれは後悔している。今思い返すとあの時のボク、気持ちがハイになって冷静な判断ができてなかった。……妹さんには申し訳ないことしたよ」


 肩を落として落ち込んでいる月夜。

 だいぶ気に病んでいるようだ。僅かに鬱屈した雰囲気が漏れ出し、心なしか小麦色の色彩が暗くなっている気がする。


 どうも、月夜は妹のことをどうも気に入っているふしがあるようで、会話の中で度々天音のことを聞いてきたり、興味津々な様子で「また会いたいな」と呟いたりしていたほど。

 そんな月夜からしたら、天音に嫌われるのは相当不本意なのだろう。


 俺も二人の仲が悪いのは嫌なので、何とかしてやりたいが……。


「それでなんだけど」

「ん?」


 自らの落ち込んだ気持ちを振り払うつもりか、顔を軽く振って頬を叩き、心機一転した後に唇を引き絞って表情を引き締める月夜。


「そのお詫びにショートケーキをプレゼント、何てどうかな? ほら、駅前に新しく開店したケーキ屋さんあるでしょ」

「……そういや聞いたことあるな。鹿目がそんなこと言っていたような」

「あそこはね、フランス帰りの有名な日本人パティシエが開いたお店で、そこのお菓子は食べた人を唸らせるほど美味と評判らしいよ。――妹さん、そういの好きじゃない?」

「なるほど! ――ああ、あいつは甘いもの目がないぞ。日常的によくアイスキャンディーやらお菓子やら食べてるし、スイーツももちろん大好物だ」

「よかった。じゃあ、お財布を奮発して妹さんの気持ちをゲットしようかな」


 安心した月夜の浮かべる陽だまりの笑顔に、俺も釣られて頬が緩む。

 ただ憂いている俺とは違って、しっかり埋め合わせのことを考えていたらしい。流石だ。


 一説によると女性が男性より甘いものを好むのは、本能レベルで生まれつき決まっているものだという。もちろんながら、天音も一応は女の子。となれば、女の子にスイーツという最高の組み合わせが効かないはずがない。


 機嫌を取るためにスイーツ……。――覚えておくか。

 ……今度、鹿目や天音の機嫌を損ねたら試してみよう。


 そんなこんな考えていたら、いつの間にか横に並んで立っていた月夜が俺の服の裾を掴んで、上目遣いでこっちの顔をのぞき込む。


「ねえ、天馬はこの後暇? よかったら一緒にお詫びの品を見繕ってくれない?」

「二人で駅前に行くってことか?」

「そう。いい?」

「…………。……わかった。せっかくだし付き合うよ。天音は味のセンスが独特だから、ケーキの選定にはアドバイスが必要だろう。その後に、買ったケーキを天音に渡してきてやるよ」


 鹿目のこともあって一瞬抵抗感が頭をもたげたが、ふと、ある考えが電撃のように閃き、その思考を頭の中でまとめながら、親指を立てて月夜の誘いを快諾する。


「……! よし、じゃあすぐ出発しよう。今すぐ行こうよ」


 月夜は微かに驚いた様子を見せてから、嬉しそうに目を細めてギュッと裾を握る手に力が籠り、そのまま裾を引っ張って俺を連れて行こうとする。


「ちょ、ちょっとまてって、天文部に鍵を返してくるから」


 たたらを踏みながら引きずられる俺は、苦笑しながら肩にかかったバッグを背負いなおす。

 この後の展開に思いを馳せて、思わずニヤけそうになるのを堪えるのであった。


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