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3 不思議な少女

「えっ、あ、ああ」


 それが先程までの公転行為に何の繋がりがあるのか知らないが、取りあえず少女に指摘された袋を拾い上げる。もちろん中身はお察しの通りだった。


「あっちゃー……。アイス類は全滅かー」


 アイスは駄目でも命が助かったのだから十分幸運だ。しかし、このまま家に帰ってしまえば妹に何を言われることか。憂鬱な気分が加速していくようだ。


 命の恩人である少女は、俺の様子に柳眉を顰める。


「アイスの心配をするのもいいけど。それよりも、赤信号の横断歩道で何もせず立っていると危ないでしょ。何に落ち込んでいるかは知らないけど、ボクは何度も君を助けられるわけじゃないから」

「言い返す言葉もないよ。面目ない」


 さっきまでは鹿目のことで参っていたせいで、周りがまるで見えていなかった。

 逆に今は、死にかけたことに少し冷静になっている。

 死にかけると人生観が変わるなんて聞くが、確かに眼前まで迫った死の恐怖は、失恋のショックを一時的に吹き飛ばすだけのインパクトがあった。


 鹿目の事は相変わらず気重だが、とりあえず今は置いておこう。

 目の前ことが先決だ。


「ねえ、さっきまで何で俺のことジロジロ見ていたの?」

「……」


 再びだんまりになる少女。


 これはあれだ。彼女にとって突っ込んではいけない話題なのかもしれない。そこまで言いたくないなら別に聞く必要もないだろう。気になりはするのだが。

 仕方ないので話題を変えよう。


「というか横断歩道を渡っているとき後ろにいたんだね。気づかなかったよ」

「ボクに気が付かないくらい正常な精神状態じゃなかったってことだよ。ここは初めて? この交差点は車道から死角になる場所が多いから、注意が必要。……おまけに夕陽から逆光だったようだし」


 トラックの走り去った方向を眺める少女は、眩しいのか、建物の間に沈んでいく真っ赤な太陽の光を、鬱陶しそうに手で遮る。


 確かに運転手から見たら視界が良い状態だったとは言い難い。

 そんな中、上の空の高校生が横断歩道のど真ん中に突っ立っていたら、そりゃ轢きそうになるのもしかたない……のだろうか?


 こっちの不手際で事故になりそうになったのだから、運転手に文句は言える筋合いではない。

 アイスを潰してしまったのも俺の責任ということだ。


「はは。うん、ちゃんと前見て帰るとするよ。自分の為にね」

「そうするといい……。じゃあ、ボクは先を急いでいるから。もう行くよ」


 そう言い残すと早々にどっかに行こうとする少女。

 少女の行動が速さに少し面喰う。


「待ってくれ、こういう時、助けてくれた人は、何かお礼をするのがマナーだと思うんだ。 当然の行為として。命の恩人をただで返すのは人としてどうかと思うし」

「お礼?」

「そう、俺ができる限りの事でだけど。お礼をさせてくれ。何か奢るとか」

「……」


 思考を巡らす一瞬の間の後、くるりと振り返る少女。


 小麦色の髪がふわりと広がり、風に攫われそうになるのを手で抑えると、少女は感情の読めない平坦な声で、


「もしかしてだけど……。ボクに気があるの?」


 と、予想を超えた発言をぶっこんできた。


 いや、何故そうなる。


「気があるって……。え、えっと、何でそう思ったの?」

「助けてくれたお礼に何かを奢るって行為は、ナンパの一種だと認識している。それに、ボクはそれなりの見た目だと思っているし、一目惚れしても無理はない。命を救ってもらった美少女にときめく男子……、普通にあり得るシュチュエーションだと思うけど?」


 この子は自信過剰な勘違い女子なのだろうか。


 そりゃ彼女ほど美少女だったら、ナンパされることだって何度も経験しているだろうから、そう思ったんだろうけど。

 せっかく純粋に感謝の気持ちでお礼をしようとしているのに、ナンパと誤解されるのは心外なのだが……。


 まあ、普段ならそんな下心が頭の片隅くらいに思い浮かばないこともないが。失恋の直後で邪な考えに思い至るほど図太い男ではない。

 ほとんど心の余裕がないのだから。


「いや違うよ。俺はナンパなんて今までしたこともない根暗な男子だし。確かに君は綺麗だと思うけど、別に一目惚れなんてしてないし。い、いや別に君に魅力がないと言っているわけじゃないからね。気にしないで。ホントに」


 ナンパじゃないと否定するのは初めてだったので、変な言い訳になってしまった。これはいけない。弁解しようとして、逆に図星を突かれて焦っている奴みたいだ。


 誤解を解こうと一生懸命に弁明する俺を、猜疑的な目で見る少女。


「じゃあ、ナンパじゃないってこと?」

「そうだよ! それに。……それに、俺には……恋人、が……いるから……」


 胸の奥をチクリと刺す痛みに、顔が歪む。


 鹿目はとはまだ付き合っているはずだ。浮気されている可能性が高くても、別れているわけではない。

 それでも、鹿目の事を彼女として認識するのはもう難しい。

 心がすでに諦めてしまっているのだ。鹿目は俺の彼女ではなくなったと、何処かで思ってしまっている。


 切ない疼きが胸中を蟠り、知らず知らずに胸を右手で抑えていた俺は、ぎこちないながらも笑みを浮かべて取り繕う。


「やっぱ、今の彼女うんぬんはなし。――ともかく、ナンパじゃないから。そこは悪しからず」

「貴方……」


 察しがいいらしい少女は、何かを言おうとしたみたいだが、結局、何も言わずに口を閉じた。


 気遣い、だろうか。

 見ず知らずの同世代に気を使われるほど、無様を晒してしまっているのだとしたら、情けない限りだ。でも、気遣いはありがたく感受するとしよう。

 彼氏彼女の間に起きたことを、他人にとやかく言われたくはない。


 今は早く家に帰って少しでも心を休めるのが先決なのだ。

 それを考えると、目の前の少女と会話を続けているのも不毛に思えてきた。かといって、命の恩人に何の礼もなしというのも忍びない。

 ひとまず、ナンパの誤解は解けたのだろうか?


 そう思って少女に意識を向けると、何故か、彼女は上を向いて空を凝視していた。


「――雨が降る」

「え?」


 つられて俺も上を見上げるが、特に雨雲の予兆はない。

 オレンジに近い赤色からだんだん暗くなり、紫色の黄昏へと変化している空がただそこにあるだけだ。


「雨なんて降りそうにないけど?」

「いや必ず降る。ボクにはわかる」


 確信に満ちた返事を返しながら、背負っていたらしい小柄のリュックから折り畳み傘を取りだす少女。

 自分でさすのかと思いきや。何故かこちらに寄越してくる。


「貸してあげる。濡れるのはいやでしょう?」


 有無を言わさず花柄の傘を押し付けられて、目を白黒させる俺を他所に、用事は済んだとばかりに背中を向けて歩き始める。

 雨が降ると言いながらも、本人は傘をさす様子はない。


 また呼び止めようかと迷ったが、風を突っ切って歩んでいた少女はあっという間に横道に入って姿をくらましてしまい、どうすることもできず、手の中にある傘を胡乱げに見下ろす。


 もう一度、空を眺めて雲の量や行方を確認するが、どういう見方をしても雨が降る確率はほとんどないだろう。

 何をどう見て雨が降ると確信したのだろうか。


「……いくか」


 何時までもそうしている訳にもいかないので、買い物袋と傘を脇に抱えて今度こそ横断歩道を渡る。

 今度は周辺を注意した上で、信号にも従っている。

 痛い目は一度味わえば十分だ。


 それにしても、なんというか不思議な子だった。


 天然っぽい感じではあったが、今まで見てきた誰とも当てはまらない感じの未知数なタイプで、どう接すればいいかわからなかった。

 お礼をナンパと勘違いしたりと、察しが悪いタイプかと思いきや、俺の失恋を僅かな言葉で敏感に察したりと、行動が読めずに上手く話せなかった気がする。


「それにしても、僕っ子だったな。あの子」


 僕っ子なんて、漫画やアニメの中の世界だと思っていました。リアルでもいるのですね僕っ子。


 そんなことをぼんやりと考えながら、足早に帰路につく。

 結論から言うと、雨などやっぱり降らなかった。


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