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29 友達その3

 記録的な大型台風が過ぎ去ったと思ったら、途端に蒸し暑くなるこの頃。

 本格的に夏に向かっている季節の変化を感慨深く思いつつ、数日遅れの中間テストを終えてしばらく経った学校で、クラス合同で行われる体育の授業。


 種目はバレー。複数クラス混合で体育館を使用、しかし男女別々のためにフロアの中心をネットで仕切って分割している。よって使えるコートは半分のみ。


 一度に試合できるチーム数は限られるため、自然とフリーの時間ができる。


 普通やる気のあるやつは体育館の空いているスペースを見つけて、楽しくパス練習をするのだろうが、俺は体育が好きではないインドア派。


 休憩できる時間まで体力を使うのは御免だ。

 気分がいい時はそれも一興だが、今は熱気にやられてひたすらダルい。


「あー……、涼しー……」


 窓辺に座り、外から入る涼しい風に体を委ねる俺。

 格別の冷風に癒されながら、激しい試合をするチームを、目を細くして眺める。


 中間テストに縛られていた鬱憤を晴らすかのごとく、みんな熱くなってスポーツに打ち込んでいるが、正直、俺にはあまり共感しにくい感覚だ。うっぷん晴らしならば、美味しい物食べたり小説を読んだりするのが良いと思うけど。


「――お、梅ちんやるな」


 梅山が鉄壁のブロックで敵チームのスパイクを殺す瞬間を目撃し、見事なプレーに称賛の拍手を送る。パチパチパチ。

 まあ、騒がしいこの空間じゃ、控え気味の拍手なんて聞こえないだろうけど。


 にしても流石の防御力。やっぱり体格のデカさは重要だな。


「女子の方はどうなっているか……」


 むさ苦しい男どもの暑苦しい試合もいいが、たまには女子のキレイな試合を見てみるかと、ネットで仕切られた隣のコートに目を見遣った。


 ――そして意外な人を発見する。


「……へぇ」


 その意外な人とは、現役バレー部の如き動きで活躍して、その圧倒的な実力に女子プレイヤーから、驚かれている小麦色の彗星こと、朧月夜――()()()()()()()


 もちろんそれも気になる。

 だが、それ以上に意外な人物がいたので、そちらの方に意識が向いてしまった。


 俺と同じように、ダルそうな顔をして窓際で涼んでいる人物。


 試合自体にはちゃんと参加している俺とは違って、そもそもバレーの試合に関わり合いたくないのか、女子コートの一番端で気配を消しながら、チラチラと壁時計を確認して授業が終わるのを今か今かと待っている女子生徒。


 よく知っている顔だ。


「よう! 久しぶりだな四季」


 涼んでいる位置がちょうど男女を分けるネットの境目付近だったので、近づいてネットの向こう側から気さくに声をかける。


 呼びかけが何処から発せられたかわからなかったのか、塗り固めた闇を思わせるボサボサな黒髪頭が左右を彷徨い、やがて、錆びついたロボットのような動作でこちらに振り向く。


「武島でしたか……。……その台詞、前にも聞いた気がします」

「はは、四季には会うたびに「久しぶりだな」と言っている気がするよ」

「そうかもしれません……。まあ、どうでもいいですね。思い出すのも面倒ですし……」


 心底どうでも良さそうに呟いて、窓にもたれ掛るだらしない少女。


 ガリガリに痩せたひょろい体に、病人かと思うほど深い目の下の隈。

 幽霊とまでは言わないが、初対面の人なら十中八九「体調は大丈夫か?」と問うだろう不健康な見た目と態度こそ、こいつのデフォルトであり個性。


 致命的に体操服が似合っていない彼女こそ、学校の中で友達と断言できる三人の内の最後の一人。名前を鳳帝四季ほうていしきという。高校から知り合った仲で、あまり会わないのに何故か仲良くなり、何故か気の合う間柄となった女友達だ。


 他に類を見ないほどの不登校児なのだが、そのありさまでなぜ進級できるのか? それらは全て謎に包まれている。


「しかし、よりにもよって体育の授業に参加するなんて、どういった風の吹き回しだ? 「体を動かすのは拷問です。よって体育の授業は拷問の授業なのです」って言っていたのに」

「ただ見ているだけなら大丈夫かなと……、思ったんですけどね……。……自分が愚かでした。体育とは……見るだけでも十分拷問だった」


 四季はウンザリした様子で「マジうるさいですし、暑いですし」と言って、恨めがましい視線を試合に出ているプレイヤーに向ける。


 何とも聞くに堪えない話だが、それでも律儀に体育着に着替えて、場に参加しているだけ立派だ。四季にしてはよく頑張っているといえよう。


「でも、せっかくなら試合に出たら?」

「はぁ? 自分に死ねというのですか? ……蛙にダンベルを持ち上げろと言っているようなものですよ。あり得ませんから……。……いえ、蛙よりもナメクジが性に合っていますね。そう、隅っこで半分溶けているのが自分らしいです……」

「冗談だって。そこまで卑屈になるなよ」


 相変わらずネガティブ思想が絶好調。

 やっぱり四季というキャラクターは、こう死んだ魚のような目で世界を俯瞰し、何もかもが面倒だと言い捨ててだらけている姿が印象的だ。

 最初のころは、この性格で社会を生きていけるのだろうか? と、しょっちゅう心配したものだが、慣れるとこの性格が心地よいんだよな。


 数十日ぶりに会って妙に嬉しくなっている俺を他所に、四季は眠そうに欠伸をつく。


「……それにしても、すごいですね」

「ん? 何が?」

「あの方ですよ。……ほら、今スパイク決めた人」


 四季の視線を追うと、――確かにいるな。さっきからバンバン得点決めている小麦色のプレイヤーが。

 髪を後ろに括って動きやすくしているため、普段は隠れていた相貌が明らかになって周りの視線を釘づけにし、その姿と活躍により大層目立っている少女。


「ああ、月夜のことね」

「そうそう、……転校生の朧月夜さん。いつの間にかあんな目立つ転校生が現れていたとは。……薄い金髪に、体育会系……。とっても仲良くできそうにないです。自分とは全く別の人種ですよアレ。不良ってやつかも」

「ちょ……。別に体育会系とは限らないだろ、髪も地毛だし不良でもないぞ。決めつけるな」


 ネット越しに軽く小突いて注意すると、大げさに痛がりながら頭を抑える。

 それでも、四季の消極的な発言は止められないようで、ブツブツと愚痴りつつ口を尖らす。


「違う世界を生きる人なのは間違いないですよ……住む世界がね。……ああ、才能あふれてそうな彼女が妬ましい……。あの3分の1でも体力が欲しい。あと美貌」

「そうだよなー……。だけど、妬むならまずは努力するべきだ。月夜だってお前には言われたくないと思うぞ。体力が欲しいなら、月夜の3分の1でも運動したらどうだ? 別に虚弱体質ってわけじゃないんだろ?」

「それは……、……めんどいからいいです」


 発破をかけようとしても、まるで手応えがない四季。

 箸にも棒にも掛からぬとはコイツの事だ。運動不足の生活を続けて病気になったらどうすんだ。すべてが手遅れになった後で後悔してもしらないぞ俺は。


 四季の自堕落にため息をつきつつ、心の中で月夜のプレーを応援する。

 女子の試合を応援するのはこっぱずかしいので、思うだけで勘弁してくれ。


 しかし、運動ができるかもと思っていたけど、本当にスポーツとか得意なのか月夜は。

 料理も勉強もできて運動神経もいいとは、ホント多才だな。


「――? ……!」


 強烈なジャンプサーブを敵陣に叩き込み、新たに得点をゲットとした月夜だったが、額の汗を拭っている際に偶然こちらに気がついて目を丸くし、笑顔と共に手を振ってきた。


 月夜の意味深な行動に、女子たちの怪訝な視線が一気に向けられる。


「――っ!」


 い、幾らなんでもそれはあかん。ちょっと自重して……。こっぱずかしいどころじゃないから。変な噂がたったらどうするつもりだよ。もう。


 羞恥心のせいか顔が熱くて居心地の悪い俺を、四季が不思議そうに見てくる。


「……なんですか今のファンサービス。彼女と仲が良いんすか?」

「ちょっとな。でも別に友達としてだから。そ、それ以上のこととかないからな。今のも友達としての行為だと思ってくれ……!」

「そんな感じじゃなかった気がするけど……。まあ、いいか……。詮索するのもめんどくさい……」


 自分でも明らかに挙動不審な受け答えだと分かったが、四季は特に突っ込むこともなく、ただただつまらなそうに月夜のプレーを何気なく眺めていて、そして――



「はぁ……、めんどくさいことになったな……」



 と、小さく呟いた。


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