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27 詮索

 その女に出会った第一印象は恐怖だった。


 学校から家に帰宅すると見覚えのない女子高生が玄関に現れたら、そりゃビックリするし怖いと思うかもしれないけれど。それとはまるで違う。

 第一、私はそんなことで恐怖したりするほど繊細な神経していない。


 ならなぜ? と、聞かれると、それこそ馬鹿みたいに、「何となく」と答えることしかできないのが自分でも歯がゆい。こればっかりは感覚の問題なので言葉で説明するのが難しく、例え説明できても抽象的な回答しかできない。


 それでも無理やり形容するなら、「絶対に会うはずのない人に会った」という感じに近い。


 恐怖を煽る見た目をしていたわけでも、恐ろしいことを言われたわけでもない。小麦色の髪をした女は、結果だけ見るとただ挨拶をして、意図の曖昧な反応の後に、簡素な自己紹介をしただけ。


 だけれども、普通なはずのその姿が、言動が、あまりにも奇妙で不可解なことに感じて、我慢しきれないほど気持ち悪かった。


 生理的に受け付けず、会った瞬間から相容れないと直感した。


 その女は言った。



『こんにちは。初めまして。……いや、何だか初めましてって感じしないね。どうしてだろう?』



 不思議そうに小首を傾げて、琥珀色の瞳が帰宅したばかりの私の姿を映す。


 私は突然のことでどうリアクションすればいいのか判断できなく、取りあえず女の次の言葉を待つ。この時点ですでに目の前の女に気を許してはいけないと、一見した印象から感じていた。


 ちょっと失礼なレベルでジロジロと人のことを凝視する女。

 次第にその表情に驚きの色がじわじわと浮かび上がり、次の瞬間、眼が大きく見開かれた。


『――――ああ、そう、そうだ! ()()()()()()() そうか君は……! は、はは、あはは! あはははははははは!!』


 突如の哄笑。


 何の脈絡もなく突然笑い出した女に、私は無意識に一歩後退った。


 いつもの自我の強い私なら、ここで怖がるよりも先に怒りを燃やして彼女に詰め寄ったはず。私の辞書に臆するという言葉はない。家に不法侵入している正体不明の女を力ずくでも家から叩き出していたはず。

 大の男が相手だろうと、私にはそれができる。


 ……なのに、できなかった。



 私は、――気圧されていたのだ。



『ふふ、……ああ、ごめんね。怖がらせる気はなかったんだ』

『こ、こわがって、なんか……。いいない、し』


 自分の声が震えているのに気が付き、顔が熱くなる。

 余りの無様さに、羞恥心で死にそうだ。


 意味も分からず怖がって、みっともない台詞を言わされ、だが、私の本能は目の前の女に屈服させられて何も言えない。初対面でいきなり笑われた挙句に、それに対して無礼だと指摘することも、怖がっていたことも否定することもできない。


 拳が白くなるほど強く握り、歯を食いしばって恥辱に耐える。

 ここ数年で一番の失態だった。



『あちゃー……、ホントにごめんなさい。初対面でいきなり笑いだすなんて失礼にもほどがある。この償いは必ずするよ。――ともかく、ボクは泥棒じゃない。君のお兄さんである天馬の許可は取ってあるからね』


 愛する兄の名前が出て、沸騰した精神に僅かに冷静さが戻る。


 そういえば天馬はどこにいる? 部屋だろうか? そもそも、こいつと天馬の関係性は何だ?

 思考に余裕ができると、その隙間から溢れ出た疑問の渦に脳内を支配される。


 調査では天馬にこんな美人な女友達はいなかった。というか居て堪るものか。無駄に顔の良い色物の女子高生なんて、天馬の視界内にすらいれたくない。前もって知っていたらほっとくはずがないのだ。真っ先に排除している。

 つまりこの女は、ここ最近に天馬と知り合った人物と推測できる。


 ……そういえば天馬が持っていた例の傘の持ち主が、同年代の女の子と言っていたけど、――まさかコイツ?


『しかし……ホントに面白い。これも前の()にとっては予定調和なのかな。うん、たぶんそうだろうね。だって君はボクにとって避けては通れない壁だしね』


 相手を睨みながら考えを巡らす私を放って、一人で何か納得している女。

 私は金縛りにでもあったような気分で、曖昧な返事を言うこともできない。


『改めて。――どうも初めまして。ボクの名前は朧月夜。天馬とは友達をさせてもらっているよ。今後ともよろしくお願いいたします』


 無礼な態度連発だった女にしては、綺麗すぎるピシッとしたお辞儀。


 北連高校の制服を着ているし、天馬の靴が玄関においてあるから、この女の発言に嘘がないことは事実だろう。とはいえ、今更取り繕うとも私の心証は最早最悪の状態だ。


 誰がお前なんかとよろしくするか。


 腹立たしい態度を隠さず、恐怖を押しのけて敵対心を露わにする。

 しかし、そんなことまるで意に意に介さない様子で、頭を下げていた月夜が顔を上げて笑いかけてくる。


 お気楽そうで、心底嬉しそうに、微笑ましそうに私を見る。


 二階から物音が聞こえてきて、予想するに天馬が下りてくるのかと思い、僅かに意識が階段の方に向いた時。


 小麦色の髪と琥珀の瞳を持つ女は、左手を自らの額に添えて、最後にこう言った。



『――()()()()()()()()()()()()()()



 手で長い小麦色の前髪が遮られ、その瞬間だけ見えづらかった素顔が明らかになる。

 私の前で露わになった相貌を見た瞬間、思考が止まった。




 そこにあったのは――





 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 




 正直、俺は拍子抜けした。

 何を言われるのかと身構えていた俺だったか、もったいぶって頼んできたことは「朧月夜」について話をしてほしいという、天音に一体どう関係があるのかもよくわからない話だったからだ。 


 急に真面目な雰囲気になったもんだから、もしかしたら「私、好きな人ができた」とか、「将来、アイドルになる!」、みたいな重大な発言をするのかと期待……、いや、覚悟をしていたのだが、どうも杞憂だったらしい。


「月夜の事って、どんなことだ?」

「人柄や性格。それに、高校での様子や人間関係。後は、アニキがあいつのことをどう思ってるかとか。アニキとどんな話をしたのかとか。そういうちょっとした話を聞きたいかな」

「……そう」


 意図の分からない月夜への詮索に不信感が積もる。


 天音にとって月夜は赤の他人の筈。

 彼女について知ることが、妹にとって大事なことには思えない。


 天音が月夜に会ったのも家にうどん作りに来た時だけだし、月夜の話題が出たのも、直近で言うなら今日の朝に「月夜より情報収集能力低いんじゃないの?」と悪態をついた時くらいだが……。


 ……ん? もしやそれか? 天才の自分よりも優れた情報収集能力を持つ月夜に、興味がわいたとか?


 天才だと自他ともに認める天音はプライドが高い。自分の予想を上回った相手のことを知りたいということなら理解できる。

 そう言うことなら、差し障りのない部分は言ってもいいかな。


「……たまに何考えているか予想できないマイペースさがあるけど、基本的に親切でいい奴だよ。それに……優秀だ。料理も勉強もできるし、恐らく身体能力もすごくいい。

 ――独特の考えを持っているところも含めて、お前とは違う方向性で天才っぽいな」

「私とは違う方向性?」

「ああ、天音は理系で月夜が芸術系、みたいな」


 俺が月夜の事をそう評価するのは、彼女の持つ独特な考え方や、人と違うことを恐れない確固たる意志を持っている為だ。そこから来るカリスマにも似たオーラが、月夜をただ者ではないと思わせる要因となっている。


 俺の言葉が気に食わないのか、目を細めて腕を組む天音。


「私の方が総合的に優秀だと思うけど?」

「だろうな。別に天音よりすごいと思ってるわけじゃないから安心しろって」


 そっぽを向く天音を、両手を見せて「怒るなよ」と苦笑する。


 天才と狂人は紙一重ってわけじゃないけど、あまり見ないタイプの女子高生だから特別だと錯覚してしまうのかもしれない。命を救ってもらったり、世話を焼いてくれたりしてもらったから、いくらか色眼鏡で見ているの事実だろう。


 実際、天音は多くの人間から認められているが、月夜はそうじゃない。

 俺自身もそこまで月夜のことを知らないのだから、過大評価ってこともある。

 あくまで印象の話だ。


「人間関係は……、どうだろうな。あまり人と接しているところを見たこと無い。俺と関わることが大半で、友達らしい友達も知らない。

 周囲とは違う特色を持つことは利点だと思うが、それが理由でクラスや学校に馴染めてない感はあるな。――本人は気にしてない様子だが」


 大体、俺がそれを指摘できる立場じゃない。だって俺ボッチだし。


 他人の人間関係なんてそれこそ長年付き合わないとわからないものだ。もしかしたら俺の知らない友達が、月夜にはたくさんいる可能性もある。

 結局詳しいことはなにもわからなく、また、詮索すべきことでもないだろう。


「こんなものでいいか? 俺も月夜と知り合って日が浅いし、この程度が限度だ。……ああそれと、どうやって台風の接近を予測したのかは知らないよ。何なら本人に聞いてこようか?」

「え? いや別にそれはいい。それより、アニキは朧月夜をどう思ってるわけ?」


 思っていたのとは違う追及に、俺は眉を寄せて不審げに天音を見遣る。

 天気予報を上回る予測をした理由が知りたいわけじゃないのか?


「どうもこうも、普通に友達だと思っているが? 何でそんなこと聞く?」

「聞くのに理由がいる?」

「いらないってことはないだろ。俺のプライベートな話なんだから」

「ケチ臭い。いいじゃん教えてくれたって。減るもんじゃないしさ。アニキのそういう変なところで頑なだったり、疑り深い態度はよろしくないと私は思うけどね」

「……」


 天音は頬を膨らましてごねるが、それに取り合わず無言で天音の顔をのぞき込む。


 ――ああ、そうか。これはあれだ。


 胸の中で蟠っていた違和感が、ようやく形を成してきた。

 先ほどからチラチラと会話の途中に混じっていたある感情。家族として長年共にいる俺だからこそわかる感情の機微。普通は気づかない些細な変化だ。


 それが、あまりに天音に似合わないものだから気のせいかと思ったが、理由を追及し始めたら露骨に出始めた。

 ――もうこれは間違いない。


「なあ、天音。お前何を怖がっている?」


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