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26 兄VS妹(ゲーム)

「でも停電するとホントに不便だよね。暗いし」

「……」

「勝手にデスクライトを独占しているアニキはともかく、私は自分の部屋にまともな灯りすらないわけよ。だからさっきまで昼寝くらいしかすること無かったわけ」

「……」

「――聞こえてないようだから、もう一度言うよ。勝手に! 灯りを! 独占しているアニキと違ってさ! ……ねぇ、私の話ちゃんと聞いてる!?」

「うっさい。今ちょっと手が離せ――――あ」


 直後、画面の中の戦闘機が爆散する。

 そのまま表示が切り替わり、物哀しげな音楽と共に強調される『GAMEOVER』の文字。


「あ! またアニキ死んだ。雑魚っ」


 兄の敗北に何故か嬉しそうな天音。


 その反応にも文句を言えずにショックで硬直している俺。しかしゲームのシステムは現実逃避することも許さず、決定ボタンを押してないにもかかわらずに、時間経過で勝手に表示される残酷なまでの個人スコア。


 キャラ1(俺)、得点4487点、大破数14回。

 キャラ2(妹)、得点10182点、大破数0回。


 ――圧倒的だった。無情な成績の差。

 どうしてこうなった? 何故……。


 思い返せば、アニキがゲームを選んでいい、と選択権を譲って来た辺りから疑問に思うべきだった。

 いつも共にゲームをする時は、天音の好きなゲームに付き合わされる形だったのに、今日に限って何故なんだろう? と考えるべきだったのだ。


 迂闊だった。その時に『俺の得意なゲームなら、天才妹に勝てる……?』と馬鹿なこと考えていた俺を殴りたい。


 悪魔の最初の罠。

 そう、あれは30分ほど前の事。

 好きに選んでいいと言われた俺は、難しいルールもないので初心者でもわかりやすく、さらに共闘プレイが可能だから二人で遊べるこのシューティングゲームをチョイスした。


 というのも、俺は相当このゲームをやり込んでいたので、これなら……! とか思っていた。


 高難易度で有名なこのシューティングゲームは、発売当時、男子の中で一時期大ブームを築いた思い出深いゲームだ。

 ゲームクリアには尋常ではない集中力とプレイヤースキル、そして何より、何度ゲームオーバーになっても懲りずにプレイする鍛錬を必要とした。


 熱意を忘れず、挑戦を諦めなかった者だけが、ゲームクリアに辿り着ける。

 そんな修羅のゲームだった。


 その為、どの難易度のどのボスまで行けるかをクラスで競争し、その成績がクラスでの発言力(ゲームに対することのみ)に比例するという、プロゲーマー階級と呼ばれた上下関係を構築するに至ったほど。


 ……今思い返すと馬鹿馬鹿しいな。プロゲーマー階級とか。


 ともかく、生半可な気持ちで挑む初心者には荷が重いゲームであり、俺は当時のプロゲーマー階級で中佐(大体クラスで2~3番目の実力)と呼ばれたほどの猛者であったことから、これなら流石の天音相手でも負けはしないと高を括っていた。


 慢心ではないと思いたい。


 現に最初の数プレイは俺の方の成績が良かったのだ。

 天音よりも多い得点。天音よりも少ない大破数。普通、初心者ではクリアできないこのゲームをクリアしたことは見事だと称賛するが、やはり経験者には敵わない。


 その後もクリアこそできるものの、俺の方が好成績を叩き出す結果が3回続く。


 調子に乗って『接待プレイでもしようか?』と言うと、天音の顔が真顔になっていたな。その時の晴れ晴れした気分ったら最高だった。


 問題はその後。


 天音は顔を上げて、鋭い視線を俺に投げた。そして――


『オッケー、大体わかった。――じゃあ、最高難易度でやろうか(今から殺す)


 と言った。


 ――風向きが変わった瞬間だった。


 かくして今現在に戻る。

 もはや俺の実力では逆立ちしても天音に追いつけない。


 そもそも俺はVERYHARDまでしかクリアしたことがないのだ。

 最高難易度のDEADENDは1面をクリアすれば良い方で、プロゲーマー階級1位の大佐でも、2面のボスがどうしても倒せないと嘆いていたくらいだった。


 なのに天音は数度EASYやNORMALを数度クリアしただけでDEADENDに挑み、今のところノーミス。クリアできていないのは、共有である残機を俺が使いつぶしているからだ。天音一人ならとっくにクリアしている可能性がある。


 ゲーム中にどうでもいい話を喋り続けて、俺の注意を掻き乱していたが、天音本人は喋りながらプレイするだけの余裕すらあったということ。

 俺が足を引っ張っている。


 何て……、惨め。


 数十年に一度の天才にして完璧超人美少女、武島天音はたった30分でこのゲーム、極めやがった。


「どうして……こうなる、のか」

「調子に乗るから痛い目を見るんでしょ。アニキは別に私に勝とうとしなくていい。ただ、私の言いなりなればいいわけ。じゃあ、そうゆう訳で下のクーラーボックスからツインバーアイス取ってきて」

「え? そんなの自分で……」

「私だけならとっくにDEADENDクリアできるんだけどなー。誰かさんが力不足なせいで未だにクリアできないわ。あれ? その誰かさんって私に迷惑かけてるってことだよね。誰かなそれー?」

「…………。はいはい、行きますよ取りに行けばいいんだろ」


 何も言い返せない俺。弱者に反論する権利はない。

 ベッドから立ち上がって一階に降りる俺の背中に、


「わかってると思うけど、グリーンハワイ味だからね。後、溶けてない奴」


 と、天音の補足が付け加えられる。ふてぶてしい妹だ。


 停電のせいで冷蔵庫の機能も止まっているため、腐りやすい食べ物優先で入れていたクーラーボックスからご指名のツインバーアイス、グリーンハワイ味を取り出す。

 まだそれほど時間が経っていないので溶けだしてはいないが、日をまたぐと流石に形を保てなくなるだろうな。今日中に食べ尽くしたほうがいいか。


 もう一本あった別のアイスも持参して二階に戻ると、俺のベッドで勝手に寝転がっている天音の姿が、僅かな明かりに照らされて薄闇の中をぼうっと浮かび上がる。

 枕に上半身を乗せて、毛布を抱き枕のように細く引き締まった四肢で挟んでいる。


 その光景に、天音が前回訪れた時のことを思いだす。天音が俺に悪ふざけをした時のだ。


「……」


 色々と思う所があるせいか、気まずい……。


 あの時の天音は何を考えて、どういうつもりだったのだろうか?

 俺が本当に手を出さないと思っていたのだろうか? だとしたら浅はかだ。俺は鹿目のことで憔悴しきっていっぱいいっぱいだった。そんな状態であんな責められ方をしたら……、取り返しがつかない事態となっていただろう。


 本当に危なかった。月夜の言葉がなかったら欲望に負けていたかもしれない。

 だって実際、き、きき、キスまでしたのだから。


 ――――――――――。


 ……家族とのキスって、…………ノーカンだよな?


 ヤバい。顔熱くなってきた。これ以上はいけない。このことはもう忘れよう。

 忌まわしい記憶には蓋をするべきだ。思い出しても詮無い事だしね。


「……ほらよ」

「帰ってくるの遅いんだけど。……まあ、ありがと」


 ぶつくさと文句を言いながらも、きちんと礼を言って受け取る天音。

 すぐさま袋を破って、持ち手の棒が2本ついている緑色のアイスを取り出し、パキッ、という爽快な音と共に、綺麗に二つに分ける。


 このアイスは棒が2本ついているがゆえにツインバーアイスと呼ばれ、幅広の形をしたアイス部分を縦に割ることができ、家族や友達、恋人などと半分ずつ分け合って食べることができるベストセラー商品だ。


 ちなみにツインバーなどと呼んではいるが、正式名称は「ダブルアイス」という。


「本当は嫌だけど……」


 と、小声で前置きした天音は、


「ほら、あげる。私の優しさに感謝してよね」


 と言って片割れのアイスを差し出してくる天音。


 予想外の事態。

 高飛車な天音が取り分の半分を譲ってくれるなんて……。どうゆう風の吹き回しだ? いつもは二人で分けられるアイスをわざと一人で食べる姿を見せつけ、俺に惨めな思いをさせる嫌がらせの一環だったはずなのに。


 ぶっきらぼうだが、少し照れ気味にアイスを突き出す姿は不覚にも可愛い。


 今日は脛を蹴られたりゲームでボコボコにされたりで容赦ないが。時にこうして優しかったりするから、恨むに恨めないんだよな。

 俺の体調が悪かったりすると普通に気遣ってくれたりするし。


 でもしかし、それは別に要らないな。


「いやいいよ。俺の分のアイスを持ってきてるし。それは自分で食べていいぞ」

「――っ! い、いいから食べてって! 私の希少なお慈悲を受け取らないとか、ありえないし!」


 自分のアイスの袋を破ろうとすると、顔を真っ赤にしてそうはさせないと、無理やり押し付けて手に握らせられるツインバーアイスの片割れ、グリーンハワイ味。


 俺、グリーンハワイ味って好きじゃないんだが……。

 しかし、食べ物を粗末にすることもできない。受け取ってしまった以上。まずはこれを食べよう。


 座っていたベッドを占領されてしまっているので、しょうがなく向かいの椅子に腰かけてアイスを咥える。


 うん。この薬草に砂糖まぶしたみたいな味。アイス版ドクターペッパーだわ。


「お前はどうしてこんなの好むの……?」

「グリーンハワイ味の美味しさがわからない人に、説明しても無駄。わからない人は一生わからない」


 ご機嫌な様子の天音は、アイスをガリガリと噛んで食べ進める。


 俺はアイスを時間かけて食べる派なので、噛まずにペロペロと舐め続けながら、ベッドに身を預ける天音の姿を何気なしに眺め、天音もまた、対抗するように俺の事をジッと見遣る。


 不意に沈黙が訪れる。


 物を食べている時は、互いに喋ることもない。


 暴風が窓を叩く音を背景に、蝋燭の灯りのような小さな光に照らされて、向かい合う二人はどちらが先に話を始めるか互いに探る。

 喧嘩も多いが、やはり家族として気を許し合っている俺たちには、珍しい会話の間の取り合い。まるで初対面の人を相手する時のようなぎこちなさ。非常に俺たちらしくない雰囲気が場を支配する。


 鈍い俺もようやく、天音がただ遊ぶためだけに俺の部屋に来たわけでないと直感で悟る。


 そして自然と、舐めるのではなく噛んでアイスを食べていた天音が先に食べ終わり、名残惜しそうにアイス棒を唇に添え、そして――


「朧月夜って女のこと。聞いていい?」


 本題を切り出してきた。


この後、もう一本投稿します。

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