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25 こんな日こそ読書

 荒れ狂う暴風が窓ガラスを叩く音に、両親が不安げに外へと目を向ける。


 テレビのニュースによると、今さっきバスや電車などの交通機関が運休したらしく、これを皮切りにあちこちの商業、および公共施設が扉を閉めだしたらしい。

 気象庁の予報を大幅に裏切った形となり、今日までは様子を見ようとしていた各所が大慌てで休みを発表しているようだ。


 もちろん高校も休校で、親父の会社も休みになった。その為、珍しくリビングでは家族四人が揃っているが、仲良く家族団らんというわけにもいかず、特に大の大人二人が妙にソワソワして天気予報をチェックしている。


 慣れていないイベントには弱い両親だ。


「……おいちょっと、窓のサッシに新聞紙詰めているから離れてくれ」

「そっちこそ邪魔、水漏れ対策よりも先に割れないようにするのが先でしょ」

「別にどっちが先でもいいだろ。いいからどいてろ」

「そっちが邪魔だって言ってるんだけど? 私に二度も同じこと言わせんなクソアニキ」


 そんな中、頼りない両親に代わって家中の台風対策をやっていた俺と天音。

 だが、暫くしないうちに一つの窓を取り合って口喧嘩を始めてしまう。


 数秒場所を譲ればすぐに片付く問題、だというのに互いに無駄な意地の張り合いになる。

 どうして兄妹ってやつはこうくだらないことで喧嘩してしまうのだろうか? いつものこととはいえ、一緒に台風から家を守る大義を果たしている時くらい協力し合いたいものだ。


 ――と、思考が別のことに向いた瞬間。天音は俺の脇を難なくすり抜けて、あっという間にガムテープを窓ガラスに十字に貼り付けた。


「あ!」

「は。ノロマ」


 呆気に取られる俺を置いて次の作業に移る天音。


 ……こ、こいつ。何時にもましてキレッキレな辛辣さ。

 これは明らかに昨日の発言について弄ったことを根に持っているな……。


 さっきも痛い目にあったし、これは暫く天音に近づかないほうがよさそうだ。


 自慢げに「明日の朝に暴風域に入るはずない」と言っておいて、見事に外しているもんだから、寝起きの天音にしたり顔で指摘すると、有無を言わさず脛を蹴られて悶絶させられた。

 その後、悪態交じりに「月夜より情報収集能力低いんじゃないの?」と言葉をこぼしていたら、何故か余計に不機嫌になってこの有様だ。


 まあ、寝起きからウザい兄にイラっとするのはわからないでもない。俺にも非があったことは認めるし、取りあえず暴力を振るわれたことは、天音の発言を弄ったことでチャラにしているが……。

 にしたって俺に強く当たりすぎだろ。


 未だに脛が鈍痛で疼いているわ。


「次は……、水を溜めるか。停電するかもしれないし」


 気を取り直して空のペットボトルを探し集める。


 脇に抱えられるだけの量を集めて、水道の蛇口から流れる水が徐々にペットボトルに溜まっていくのを何気なく眺める。このペースでいくと、全てに満杯入れるのは少し時間がかかりそうだ。


「にしても……」


 何をするでもなく、水が溜まるのを待っている俺は昨日の発言を想起する。

 確信している口調で天気予報とは違う内容を語り、見事当てて見せた月夜。


 彼女は一体、どのような方法でこのことを知ったのだろうか?

 謎だ……。




 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 




 その瞬間は、何の前触れもなく訪れた。


 学校が休みになったことを幸いに、テスト範囲の勉強を自室で行っていた俺は、唐突に視界が黒く塗りつぶされたことに、驚きつつも同時に「ついに来たか」と呟き席を立つ。


 窓の外には嵐に隠れて太陽こそないが、僅かに滑り込む光が部屋を照らす。いきなり暗くなったせいで何も見えなかったが、目を慣れさせれば十分に視界を確保できた。

 充電していた携帯を確認すると、案の定、ケーブルがコンセントについているのに充電状態になっていない。


 停電だ。


 コンセントについている電源ケーブルは全て抜き、灯り確保のため、あらかじめ見つけておいた電池式のデスクライトを点灯させる。

 小さな灯りだが、今は昼だしこれで十分だろう。


 我が家の水道は停電しても使えるだろうが、長期間続いたりすると止まることがあると天音が言っていたので、取りあえず水は確保しておいた。こちらは問題ない。


 やはり電化製品が使えないのが一番の課題だ。

 スマホやパソコンは使えるだろうが、バッテリーのことを考えると長くは使えないし、連絡手段がなくなるのは困るから、無駄遣いもできない。


 暇つぶしに何をするか悩むが……。


 やはり読書がベストか。


 ちょうどこういう時に読むべき本が手元にある。

 そう、貝塚から借りた『不可逆的でない時間の真実』だ。


 まさかこんなに早く読む機会が巡って来るとは。


 バッグから取り出した本を机の上において、デスクライトの明かりを調節する。読書は細かい文字を目で追うのだから、読む際にストレスが溜まったり、目が疲れることがないよう神経質なまでに照明の位置には気を配る。


 使える灯りの範囲は小さい。丁度、本と手元を見る分程度だ。

 これはこれで風情がある。――さて、読書に集中するのに十分な環境ができた。


「しかし、ホントに面白いのかね。これ……」


 半信半疑で表紙をめくって中身に目を通す。


 見たところ物理学の専門書のようなものでなく、一般人にもわかりやすくまとめた時間に関する考察および実験記録のようなものらしい。絵や図解もけっこうあって、専門用語や物理学を習った人しかわからない特殊な内容も特にない。


 ふむ、これは想像以上に読みやすいかも。


 自然とページをめくり、視線が本の内容に目が引き付けられる。


「……」


 気が付くと、俺はすっかり読書に夢中になっていた。


 ――ああ、のめり込んだな。と、頭の何処かで客観的な自分がそう呟く。


 一度本の世界に囚われると、時間の感覚が薄れて曖昧になり、外界の情報が遮断されて自分だけの世界に没頭する。それは誰かに邪魔されない限り、いつまでも読者の「続きが読みたい」という欲求を滾らせ続けるのだ。


 これは、それができるだけの良作。

 貝塚が熱心に薦めるだけある。


 暴風が鳴く音と、雨風が激しく家に叩きつけられる音をバックグラウンドミュージックに、俺は黙々とページをめくり続けた。


 ――

 ――――

 ――――――――


 顔を上げると、読み始めてすでに数時間が経っていた。


 きりがよいところだったので、本のページに栞を挟んで軽くストレッチを行い、体をほぐす。

 流石に数時間ぶっ続けは肩もこるし、目も疲れる。まだまだ読み足りない気分なのだが、集中力も限界だ。今日はこれくらいにして残りは後日に読むとしよう。


 俺は『不可逆的でない時間の真実』をバッグの中に仕舞う。


 しかし、予想に反して興味深い内容だった。


 貝塚が大げさに「今までの時間に対する考え方を一転させるすごい内容なんだ」とか、「正真正銘の未知への探求なんだ」とか、言いたくなる気持ちもわからなくない。

 正直言い過ぎだと思うけど……。それでも、そう言わせるだけの面白さと説得力はあった。


 ――そう、「説得力」が強いのだ。

 今までの似た分野のオカルト本と通ずるところも多々あるが、憶測や推論を並び立て、読者の好奇心を煽るだけ煽って、結局は「読者のご想像にお任せする」と締めて放り投げる二流のオカルト本とは違う。


 仮説から始まり、予測を立て、実験を行い、観察を続けて、結論を導き出す。


 これは「時間」に関する研究をした記録と言える。多少の希望的観測を含んでいただろうし、一般公開するにあたって脚色されているだろうが、松原博士と周りの研究者と共に研究をしてきたかのような臨場感があった。


 この分野の読み物としては最高級のものだろう。

 ただまあ――


「実際の物理学で考えると……、無数にあるうちの一説、って結論だろうな……」


 これを本当だと鵜呑みにするのは、リアリストの気がある俺にはちょっと無理。

 本の中でも実験はほとんど失敗しているし、結局は「時間」を観測することはできてないみたいだしね。……全部読んだわけじゃないのだけど。


 フィクションとしては面白い、というだけだ。


「……ともかく、これで貝塚に言う感想が考えられる。――そうだな、今のうちにいくつか考えとくか」


 ベッドに寝っ転がって考察に耽る俺。

 冷房も止まっているので、微かに汗ばんだ肌が布団に触って気持ち悪く、微かに眉を寄せる。


 起き上がろうか微かに悩み始めたそんな時、勢いよく部屋の扉が開け放たれた。

 停電と同じく何の前触れもなかった訪問者に、慌てて体を起こす。


「――あ、天音?」

「あまりに暇で暇で仕方がないからさ……、ゲームでもやろうよアニキ」


 闇に広がる廊下からヌッと入って来たのは、携帯ゲーム機を持った小柄な影。

 機嫌が少し戻った様子の天音だった。


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