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22 嵐の前の

 強風に煽られて廊下の窓ガラスがガタガタと震え、風が校舎の隙間を吹き抜けていく風切り音が絶え間なく廊下に響いている。空模様は曇天で陽の光をさえぎっており、そのせいで気温が下がって夏だというのに肌寒いを感じるほどだ。


 ホームルームが終わった放課後。持ち物をバッグに詰めて廊下に出た俺は、外の様子を眺める自分の気分が高揚していることに気が付く。

 実益はまったくないが、珍しいことが起こる日にはテンション上がるのは男の性。

 この気持ち、梅山ならわかってくれるだろうか?


「わからんでもないが、少し他愛ないな」


 隣に立っていた梅山が肩をすくめる。


 他愛ない……。子供っぽいという意味かな?

 大人になって社会のごたごたや仕事に追われるようになると、心の余裕がないので天気などに一喜一憂しなくなると聞く。梅山の言いたいことはそういう話だろう。


「梅山は大人だな。……面白みのない奴」

「共感はできるぞ。いつもとは違う日常は高揚感があるよな。――だがそれだけだ。俺たちの生活に台風は関係ない。中間テストも近々あることだし、気を引き締めた方がお前のためだ」

「そう……だね。俺は学校を一日休んだから皆より不利だしな」


 加えて、恋人関係の問題があったせいでここ数日の間、授業は上の空なことが多い。


 梅山の言い分はもっともだ。今の俺に天気がどうこうと言っている余裕はないのだ。両親が俺に対して興味がない以上、将来のことは俺自身で考える必要がある。

 俺はもう高校三年生。成績を下げて自分の首を絞めたくない。


「しかし、今回の中間テスト……。もしかすると延期になるかもしれん」

「え? なんで?」

「台風十四号が列島直撃するのは知っているな? その台風がこの街に来るのがちょうど明後日らしい。テストも明後日だろう」

「台風が来るのか? ……初耳なんだけど」

「……天。お前、ニュースとかちゃんと見ているのか? 風が強いのはそのせいだろうが」

「そうだったのか……」


 テストの期日が伸びるのは有難いが、しかし台風か。

 やっぱりワクワクするな。台風で事故や被害がでたりするので喜ぶのは不謹慎だが、子供心が擽られて仕方ない。


 それに、風邪で休むことにより学校の授業についていけなくなるのは御免だが、台風で休校になるなら万々歳だ。テスト勉強の時間を確保できる。


「俺と貝塚はこの後に図書室でテスト対策をするが、天はどうする?」


 下校する学生に溢れる廊下で、図書室に続く渡り廊下を見据える梅山。


 そっちの方向に人は少ない。風は強くとも雨は降ってないので、雨宿りついでに図書館に寄ろうという者はいないようだ。きっと図書室は空いているだろう。


「いや、俺は用事が……用事ってほどでもないけど。ともかくあるからさ。今回は遠慮しとく」


 単純に大人数で教え合って勉強するよりも、自分しかない空間でゆっくり勉強するほうが性に合っているからというのもあるが、屋上に行って月夜が居るかを確認することも忘れていない。


 屋上で待っている約束だからな。

 今日は風が強くて曇っているからいないと思うが、一応見に行くのがよさそうだ。


「うむ、そうか。では俺はもう行くぞ」

「ああ。また明日。梅ちん」


 梅山は俺の言葉に頷くと、人混みを抜けて渡り廊下へと歩いていく。

 その大きな背中を見送った後、俺も屋上に向かうため歩き出した。




 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 




 誰も居ない可能性も考えていたが、月夜は律儀に待っていた。


 鍵のかかった屋上の扉にもたれ掛り、憂いを含んだ顔で窓の外を眺めている。

 こっちにまるで反応を見せない様子から、どうやら階段下にいる俺にはまだ気づいてないみたいだった。


 心なしか元気がないように見える。日向のように暖かい小麦色の髪も、今日ばかりは湿気って鮮やかさを失っていた。いつもの飄々とした雰囲気は鳴りを潜め、今にも消えてしまいそうな儚さすら感じさせる。


 その月夜らしくない様子に、歯がゆさを感じる。

 こいつにこんな姿は似合わない。


「――悩み事か?」


 階段を上ってくる俺を見つけた月夜は、微かに目を見開いた後に破顔する。

 くすんでいた小麦色が明るさを取り戻し、月夜の表情が目に見えて喜色に満ちていく。


「嬉しいよ天馬。来てくれないかもって心配だった」

「……どうして来ないと思ったんだ?」

「ボクはさ、嵐や風が強い日って嫌いなんだよね。……嫌な事を思い出すから」


 俺が階段の手すりに背中を預けると、月夜も近づいて隣に並ぶ。


 接近されて内心うろたえている俺を知ってか知らずか、首を傾けてこっちの顔を覗き込む月夜。先ほどの物憂げな様子は微塵も残ってない。

 ニコニコと笑顔を浮かべながら、琥珀の瞳に俺の顔を映す。


「だから、ついついネガティブな想像をしていたよ。天馬がボクを忘れているかもって。……でも、天馬は来てくれた」

「そりゃ、来るだろ。無駄に待たせるのも悪いし」

「うん。ありがとう」


 肩に手を当てて、耳元に囁くように礼を言う月夜。

 ち、近い。そして息が耳にかかってくすぐったい……。

 堪らず離れようと思って体を起こそうとする前に、月夜の方からスッと離れていく。


 胡乱げに月夜を見遣ることでスキンシップを咎めるが、まるで意に介さない月夜。それどころか、手を差し出して何かを催促する。


 まさか、屋上の鍵を渡せってことか? こんなに風が強くていつ雨が降るかわからないのに?


「いやいや、だから屋上に入るのは駄目だと言っているだろ。校則違反だ」


 そもそも天文部から鍵は借りてきていない。

 今日はただ、屋上には入れさせないからとっとと帰るようにと言いに来たのだ。別に鍵を渡しに来たわけじゃない。月夜が屋上の扉の前で待ち惚けを喰らわないようにするためだ。


「……お堅いね。屋上で強風を全身で感じるのも乙だよ? 楽しいかも」

「さっき風が強い日は嫌いだって言っていたくせに」

「しょうがないな……、だったら一緒に喫茶店でも行こうよ? 付き合ってくれるならカップ一杯分くらいなら奢ってもいいよ」


 屋上は諦めても俺を巻き込もうと引っ張ってくる。よほどこの後が暇なのかなかなかのしつこさである。


「いや、ごめん駄目だ」

「ダメなの? 何か用事でもある?」

「ないが……、ともかく無理なんだ。……鹿目に悪いから」


 鹿目との恋人関係を維持している以上、別の女子と二人っきりで喫茶店に行く状況は恋人に対して失礼な行為だ。鹿目が前科を犯したから、なら俺も許されるという訳じゃない。逆に誠実な態度を維持して見せることが大切だ。

 月夜には申し訳ないけど、ここはキッチリと徹底するべき。誤解される行動は慎もう。


 断りの返事に、月夜の笑みが僅かに引っ込む。


「彼女さん……ね。ちょっと神経質すぎだと思うけど。まあ、そりゃそうか。――だとしたらこの前、天馬の家に行ったのも彼女さんに失礼だったかな?」

「それは別にいいよ、おかげで助かったしね。でも、今後は控えて欲しい……」

「んー。考えておくよ」


 曖昧な返事をよこす月夜は、顎に指を当てて思案する仕草をする。


 美人はどんなポーズでも絵になる。風の鳴る音をバックミュージックにして、何かを考え込む月夜の姿に見惚れていた俺は、パチンと月夜が指を鳴らした音で我に返った。


「……天馬のお友達ってもう帰った?」

「え? 友達? ……二人は図書室でテスト対策すると言っていたが」


 唐突に別の話題になったので、何も考えず反射的に答える。

 その答えが気に入ったのか、月夜は「そう!」とやけにご機嫌そうに頷くと、俺の腕を掴んで歩き始めた。


「ちょ、ちょっと!?」


 やけに強い力に抵抗できず、たたらを踏みながら引っ張られる俺。

 トラックから助けられた時も思ったが、細身の体にしてはやけにパワフルな膂力をしているようで、成すすべもなく月夜についていくことしかできない。


「ど、どこに連れて行く気だ!?」

「……ボクと天馬が二人っきりでいるのがマズイわけだよね? なら、天馬のお友達と一緒に勉強会をすることは別に問題ないわけだ」

「いや、それはそうだけど……。なに? まさか梅山たちのところに行く気か?」

「そそ。ボクたちもお勉強会に参加させてもらおうよ」


 朗らかな態度のまま、問答無用で俺を引きずっていく月夜。

 ――確かにそれなら体裁は保たれる。不純行為とは言えないかもしれない。


 けど、月夜を梅山たちと会わせるのは大丈夫なのだろうか?

 あいつらは俺が鹿目と一悶着あったことを知らないし、月夜が俺に対して好意らしきものを持っていて、俺が告白されたことも知らない。……そもそも互いに初対面。気まずい雰囲気になりそうな上に、隠していることがバレて勉強どころではなくなるのでは……?


 嫌な予感しかしないので断りたい。が、この様子だと俺に拒否権はない。

 せめてトラブルにならないことを祈る。

 今作は台風やそれに被災した方を示唆したり誹謗中傷する意図はございません。

 もし気を悪くした方がいらっしゃったなら、心よりお詫び申し上げます。

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