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16 離別となるか?

 俺は部活をしていないので、土日は基本的に一日フリーとなる。


 天文部だった一年生の時も、好きな時に部室に来て時間を潰したり、思い出したように夜に集まって夜空を観察する程度のもので、積極的な部活ではなかった。

 が、その微妙な活動が俺には丁度良くて、退屈だとは思わなかった。


 ――が、今は何もすることなく、非常に退屈だ。


 あまり堂々とは言えないが、友達の少ない俺には遊びに行く予定などないし、第一、外は結構な大雨なので外出する気も起きない。

 だから、本を読んだり、ネットを見たりするしかないのだ。

 決して自堕落な生活をしているわけじゃないので、悪しからず。


 そんなわけで、部屋の外から聞こえる雨音をバックサウンドに、時間を潰していた俺だったのだが、そこに一本のメールが来た。


 内容の重要な部分だけを抜粋すると、


『会って話がしたいです。今日会えませんか?』


 という内容だ。

 差出人はもちろん、九條鹿目。


 あの日から、いつか来ると予想していたメールだった。


「…………しっかりしろよ。俺」


 自室のベッドに座ってスマホを確認していた俺は、そのメッセージをディスプレイに穴が空くほどジッと見詰めた後、頬を叩いて気合を入れる。


 あるいは俺から連絡をしようか迷ったりしたが、先に鹿目から対話の席を設けてきた。

 下校時のあの話について、突っ込んだ話がしたいとのこと。


 感情に突き動かされた別れ方は、俺にとっても不本意。

 別れるならちゃんと面と向かって鹿目と向き合うべきだ。


 不安と緊張がごちゃ混ぜになって、弱い精神を怖じ気づかせようとするが、これまでのことに決着をつけるため、拳を強く握り、重い腰を上げる。


 二日前は俺自身の心の弱さ故に逃げてしまったが、覚悟を決めよう。


「にしても……。雨、止みそうにないな」


 窓の外にある暗い空を一睨みして、俺は待ち合わせの場所へ向かう準備を始める。




 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 




 降りしきる雨の中を抜けて、待ち合わせの喫茶店に辿り着く。


 路地裏の奥にある、知る人ぞ知る西洋古風なこの店は、俺のお気に入りのスポットであり、鹿目のお気に入りでもある。

 店の人には悪いが、いつも客がほとんどいないおかげで、煩わしさを感じることなく時間を潰せるのが好印象だ。この雰囲気がよくて、鹿目と一緒に食べに来たりした。


 今となっては懐かしい思い出だ。


 そして鹿目は、窓の傍にある端っこの席を好んで使う。

 ドアベルを鳴らして店に入ると、……いた。


 客のいない店内で、憂い顔で窓の外を望む黒髪の少女。鹿目だ。


「……!」


 向うも俺に気が付いたようで、ピリッと緊迫した表情でこちらを向く。

 その顔を見て、様々な思いが心中を去来し、不安で足が止まってしまいそうになる。

 ――だが、逃げる訳にはいかない。


 直接マスターに注文を告げた後、重い足取りで席に向かう。


「……」


 何も言わず向かいの席に座った俺に対して、鹿目も無言。

 黙りこくってしまったらなかなか口を開くのは難しく、注文のアイスコーヒーが届くまで互いに一言も発せず、重い空気が流れる。


 手持ち無沙汰なのも仕方ないので、飲み物に口をつける。

 ――うん。おいしい。


「……。――先輩」


 そこでようやく、鹿目が沈黙を破る。

 真っ直ぐ俺の眼を見て、怯えながらも俺と向き合う。覚悟を決めた顔だ。

 どうやら鹿目も本気になったらしい。


「……まず、先輩の気持ちも考えず、自分勝手な感情と行動で先輩を傷つけてしまったことを、謝ります。わ、私が、……高良田君と親しい関係であったことは、……否定できません」


 鹿目の喉の奥から絞り出した声が、しっかりと事実を認めた。



「――そうか」


 淡々と頷く俺。


 もはや、怒りや悲しみなどはあまり感じない。

 真実なんて元からわかっていたことだ。

 重要なのは鹿目がようやく認めたということ。今の言葉が聞けただけで、俺が今日この場に来た理由の半分は達成された。


「その高良田って奴との、……馴れ初めみたいなのって、今言えるか?」


 鹿目が浮気をしてまで好きになったとかいう、男のことが気になり、臆せず聞いてみる。

 鹿目にとっては言いづらいだろうが、俺には聞く権利がある。


「それは、その……。……前々から告白ってわけではないのですけど、アプローチみたいなことを高良田君がしてきて……。「私には彼氏がいるから意味ないよ」って断ったら、「友達でいいから仲良くしよう」と、親し気に」

「ほう」

「……う。……そ、それで、それならいいかなって、友達として付き合っていたんです。そしたら彼、どんな時でも笑って嬉しそうなんです。私が「何がそんなにおかしいの?」って聞いたら、「九條さんと一緒にいれば、何をしていたって楽しいんだよ」って、恥ずかし気もなく言って……。最初はキザな人だと思っていたんですけど。

 ――だんだんと、一緒に喋ったり、遊んだりするのが、楽しくなってしまって」

「へー」

「……気が付いたら、私から高良田君に、……ち、ち、近づくように」

「なるほどな」

「……」


 彼女の他の男へのろけ話に、相槌を打つという拷問を受けている俺。

 屈辱の極みに、もうなんか、色々と悟りを開きそうな気分だ。


 というか、話を聞いているとその高良田の手慣れた感がヤバい。これまで何人もの女子を落としてきました、って感じの手練手管だ。

「友達でいいから」って、最初から狙ってたろ。このプレイボーイめ。

 ――いや、もし意識せずにやっていたなら、それはそれで凶悪だ。天然ジゴロって奴だ。


 鹿目もそれに引っ掛かったのかな……?


「まあ、話の大筋はわかった。友達として接していたら、自然と心を許すようになってしまったと。で、歯止めが利かなくなったわけね。――浮気をしてる自覚はあったか?」

「それは……、ここ最近から罪悪感を感じるように……」

「ここ最近か。うん。わかった、オーケー」


 鹿目の言葉を遮り、アイスコーヒーを一口飲む。

 一応、浮気をしている自覚はあった訳か、鹿目にも罪悪感や思う所はあるだろうが、俺からしたら情状酌量の余地なしと言う外ない。

 こう言うのはズルいと思うが、「結果が全て」だ。


 これ以上話を聞く必要はない。聞きたいことは大体聞けた。


 高良田に対しての嫉妬心や、鹿目の気の多さに対する憤りがないわけじゃないが、自分でも以外なほど心中は穏やかだった。

 恐らく、鹿目をもう好きではないからだろう。

 諦めはとっくに済ませ、気持ちを切り替えているのも要因の一つだ。


 俺はけじめをつけにここに来たのであって、それ以上は望んでないのだから。

 あの下校の時みたいに、カッコ悪く取り乱したりしないか心配だったが問題なさそうだ。


 じゃあ、こっちの要件もとっとと済まそう。


「鹿目、俺とはもう別れよう」


 すんなりと、俺はその言葉を言うことができた。



「――っ!」


 眼を見開いたまま、時間が止まったかのように固まる鹿目。


 ……別に驚くことはないだろう? こうなるって覚悟していたはずだよな?

 ちゃんと覚悟して浮気したんだろ? 俺に知られた以上、別れるのは当たり前の成り行きだ。


「話を聞く様子じゃ、高良田とは良い関係を築けているみたいだな。何よりだ。俺と別れたら、そのまま恋人同士になるのかな?」

「……く」

「俺のことは気にしないでいいよ。遠慮することはないから」


 話は終わった。

 俯く鹿目を横目で見ながら、俺は席を立って伝票を確認する。


 これで最後だし、鹿目の分の飲み物も払ってやるか。

 いつもは、公平に割り勘が俺たちのルールなのだが、元カレのよしみだ。


「……まって」

「ああ、何かあったら気軽に連絡してくれていいよ。別れても友達として――」

「―――――待ってくださいっ!!!」



 椅子を弾き飛ばして立った鹿目から、店全体に響き渡る大音声が放たれた。


 慌てて周りを見渡して、客がいないことを確認する。


「おい! お店の迷惑になるだろ。頼むから静かに……!」

「き、客なんて、私たち以外にいません」

「鹿目……なんて失礼なことを」


 マスターに視線を寄越すと、まるで俺たちのことが見えていないかのように、布巾でカップを拭いている。不動の構えだ。

 先ほどの大声にも、鹿目の物言いにも動じない。流石はプロ。


 うちの元カノがすいません。


「で、俺は何を待つの?」


 マスターに軽く頭を下げて、不承不承ながらも席に座りなおす。

 同じく座りなおした鹿目が、強い眼光で俺を見据える。

 先程までの気弱な態度は鳴りを潜め、おどおどしながらも、絶対に逃がさないといった気迫が感じる。


「私を捨てないでください。……お願いします」

「それは、別れたくないってこと?」

「……はい」


 溜息をついて、窓の外の沈鬱な雨風景を眺める。

 面倒なことになった。せっかく穏やかのまま終わられそうだったのに、そんなこと言われちゃ――


「――自分が何言っているか、ちゃんとわかってる?」


 流石に、怒らない訳にはいかなくなったじゃないか。


物語の都合上、今日と明日は2話分投稿します。

この後、もう一話あがりますよ。

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