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10 亀裂

 昨日のことを問い詰めるべきか?


 状況を動かさずに引っ張り続けてもいいことはない。このまま微妙な関係が続いて、いずれは破綻する。鹿目に質問すべきだ。昨日のことについて。

 そしたら最後、元の関係には戻れないだろうが。


 俺も鹿目も豪胆なタイプじゃない、繊細なのだ。

 浮気が真実だと俺が知り、俺に知られたことを鹿目が認識したら、もうお互いに気軽に接せることなどできない。会いにくくもなるだろう。


 どちらにしても詰んでいる。

 どっちでも同じなら、だとしたら、俺は……問い詰めるべきだと思う。


 脳裏を過るのは天音と、そして月夜の言葉。

 俺と鹿目の両方をよく知る天音が、あそこまで断言したのだ。「俺と鹿目は絶対に上手くいかない」と。説得力がありすぎる。


 加えて月夜の告白で、余計事態がややこしくなった。

 月夜と付き合うために鹿目と別れるなんて、そんな最低な考え方はしたくない。……が、そういう道もあることはちゃんと認識している。

 それに、浮気など本当はない可能性もまだ残っている。俺がそれを知る為には聞かなくてはならない。


 やはり、今ここで問い詰めるのが最善……か?

 ついついしり込みしてしまうな。


「――でですね。その駅前に出来たケーキ屋さんの商品が、あまりに美味だとクラスで噂になっているんです。良かったらいつか一緒に買いに行きませんか?」

「……相変わらず、鹿目は甘いものが好きだな」

「はい。先輩はどっちかっていうと辛い物が好きなんでしたっけ?」

「どっちも好きだが、やっぱ辛い物の方が好きだ。食べると腹の底から熱が昇っているみたいで満足感があるよ」

「ふふ、考え方が男の人ですね。わかりました。今度、一緒に先輩行きつけのラーメン屋にでも行きましょう。その代わり、ケーキ屋さんにも回りましょうね」


 いつもの帰路で鹿目と共に歩きながら、他愛もない会話のキャッチボールを繰り広げる。

 こうして鹿目と話をするのが好きだった俺は、今ここに居ない。


 ただただ、浮気のことを切り出すタイミングを計りながら話を合わせる。


「今日の鹿目はよくしゃべる。何かいいことでもあったか?」


 ここ最近と比べて随分と饒舌な鹿目に、疑問を呈する俺。

 すると慌てて風に口を押えて、


「そ、そうですか? 別に特に嬉しいことがあったわけじゃないですけど……。あ! せ、先輩と一緒に居られることは嬉しいことですよ!」


 と、こちらのご機嫌を取りに来る。

 鹿目の言を鵜呑みにして喜ぶほど、俺はおめでたくない。なら今までの素っ気ない態度は何だったんだ? ということになる。


 彼女がご機嫌なのはもっと別の理由だろう。それが何かは邪推する他ない。


「……そうか」

「――? 今日の先輩。何処か暗いですよ? 口数も少ないですし」

「いや……。何でもない」


 一歩後ろをついて来る鹿目が、こちらを覗き込むので反射的に顔を逸らす。

 ホントに親しい奴ら全員に指摘されるなこれ。感情が顔に出やすいにもほどがあるだろう。


 心のボロが出ないうちに、さっさと話しの取っ掛かりを作った方がいい。


 そうだ。今だ。今言わなければズルズルと言えないまま、何時まで経っても変わりやしない。

 この瞬間に言わなければ、俺は鹿目の浮気を気持ちで認めてしまつことになるんだ。


 さあ、言え。

 九條鹿目に問い質せ。今ここで。



「……あのさ。俺ってお前の彼氏としてちゃんとやれているかな?」


 鹿目の方を見ずに、前だけを見据えながらポツリと喋る。


「どうしたんですか急に。弱音ですね」


 呆れた様子の声音の後、俺を励ますような力強い調子で鹿目は語り出す。


「先輩は、じ、自慢の彼氏ですよ。私なんかが勿体ないくらいな……っ。改めて口に出すと恥ずかしいですね」

「ありがとうな。そこまで言ってくれて……。じゃあさ。鹿目はどうだ。俺の彼女としてちゃんとしてくれているか?」

「……」


 そこで鹿目は口籠った。


 俺はすかさず後ろを振り返り、道を塞ぐように彼女の前を立ちはだかる。

 鹿目の顔に表情はなかった。先程まで楽しそうに話していたとは思えない程の無表情。眼鏡が絶妙な角度で夕陽の光を反射し、どんな瞳の色で俺を見ているかわからなくしていた。


「どうなの?」

「……それは、もちろん。そうあるように頑張っていますよ」

「本当に?」

「……」

「それと……、もしかしてだけど。俺に言うべきことがあるんじゃないの?」


 動揺している気配を感じ取り、ここで強気に出るべきだと拳を握る。下手にはぐらかされると厄介だ。

 毅然とした態度を維持したまま、突き放す調子で言葉を放つ。


「昨日は陽が沈むギリギリまで学校に居たって言っていたよな。あれ嘘なんじゃない?」

「あ……」


 鹿目の表情が歪む。

 何か言おうとして口を開くが、目まぐるしく表情を変えた後、悔しそうに閉口する。

 弁解はない。……沈黙の肯定だった。


「東町の繁華街で鹿目と、もう一人。……男を見た。一緒に歩いていたな。どうだ?」

「……」

「あれは俺の見間違えなのか? それともお前だったのか?」

「それは……」


 よく見ると、微かに体を震わせて怯えているのが分かった。漏れ出る声も、恐ろしく小さくて聞き取るのもやっとだった。


 もし、見間違えなら怯える必要はない筈だ。

 怒らないように細心の注意を払いながら話しているので、俺自身の怒気に当てられたという訳でもないはず。

 なら、やはり図星故に震えおののいているのだろう。


「やっぱりそうか。……そうなのか」

「ち、違……」

「何が違う?」

「……っ!」


 鹿目が一歩後退る。

 ひょっとすると今度は怒気が表に出たかもしれない。俺は顔に出やすいらしいからな。

 今の俺は一体どんな顔をしているのだろうか?


「男の名前は高良田。バスケ部二年の天望高校学校生。であってるな?」

「! どうしてそれを……」

「妹から聞いた。――勘違いはするなよ。浮気のことを天音が俺にチクったわけじゃない。……その様子だと疑い様もないな」

「浮気だなんて! そんな……、そんなつもりは……」

「なら何で隠した? 後ろめたいことがあったなら嘘をつく必要もなかっただろ」


 一歩踏み出して鹿目に近づくと、鹿目は更に二歩後退った。

 昨日の状況証拠に、態度と表情、そして明確な嘘に、俺の言葉を否定しない鹿目。


 もはやどうあがいても真実は変わらないらしい。内心で浮気を確信していながらも、心のどこかで期待していた。浮気なんてしていないんじゃないかと。


「それで……弁解はしないんだな?」

「……」

「高良田とはどういった関係なの? 真実を話してくれ」

「……」

「……ああ、そういや鹿目は都合が悪くなると黙り込む癖があったね。ここまでだんまりなのも初めて見たよ。――それで、本当の本当に弁解はしないわけね」

「…………」


 ――ああ、ホントに馬鹿らしい。

 昨日のあの光景を見た時点で、痛感していたはずだ。俺の信じていた鹿目ならそもそもそういう状況を作る事すらしなかったはずだと。


 俺は、俺の理想像を鹿目に押し付けていただけだったと、理解していたはずだ。あの瞬間から、こうなることをは必定だったのだと。


「一つ聞きたい。――どうして俺と別れようとしなかった? 高良田と一緒になるなら、俺と別れてからでも良かっただろ。何故、中途半端に浮気なんてした」


 それだけは彼女らしくなかった。

 いや、その彼女らしさこそ、俺が鹿目に押し付けた印象だったわけだが、俺なら言ってくれればちゃんと別れた筈だ。


 そこがわからない。


「だって……、そんなの……」


 感情の乗った切ない声。目尻に浮かぶ涙。


「先輩と別れたくないからに……決まっているからじゃないですか!」

「……はい?」


 両手を胸の上で組んで、よくわからないことを叫ぶ天音に俺は呆然とする。

 俺と別れたくない……から、浮気に走ったと?

 答えになっていない。言い訳にすらならない。ただの内心の吐露。

 俺と別れたくないなら、どうして高良田とかいう奴とそういう関係になってしまうのか?

 前提から間違っている。筋がまるで通らない。


 沸々と湧き上がってくる怒りに、思わず鹿目を睨みつけてしまう。

 その視線に晒された鹿目は、肩を震わせて口を押える。


「こんなの……()()()()()()()()()()()


 聞き取れない声で何かを呟く鹿目。


 例え何を言われようとも、もう鹿目を無条件で信じることはできそうにない。

 鹿目の価値観が、考えていることがわからない。

 感情を共有することができない。


「もういい。わかった」


 鹿目に背を向けて、制止の声も聞かずに走り出した。

 夕焼けの世界をただ走る。


 再認識した。俺は鹿目のことを出会った時から誤解していた。

 考えるまでもなかったな。天音の言う通りじゃねえか。

 九條鹿目は武島天馬には根本的に合わなかったのだ。

 

 肩で風を切りながら、一心不乱に前だけを見据える。

 追ってきても決して追い付かれないように、息が切れても、肺が苦し気に疼いても、人目をはばからず盲目的なまでに走り続けた。

 じゃなきゃ、鹿目のことを考えてしまうから。


 俺は――失恋した。


 その真実を振り切るように、ただただ走った。


活動報告を書きました。

内容は更新日時やそのほか余談などです。


よかったら見てください。

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