武藤ケンジ17歳、魔王と道に迷う
死んだと思いました。正直、無事とは思いませんでした。車に轢かれて重傷を負ってしまうただの人間である俺が耐えられる衝撃ではなかったと実感してる分、普通に大怪我、いや、死んだと思ってました。
「よくわからんけど、コレのおかげねぇ……」
そう呟きながら、俺は自分の左手甲に浮かぶ模様を眺め、回想にふけこむ。
あの日、異世界へ召喚されて数日を過ごしていた俺は魔王アルルハルトと出会った。
当初の予想で俺をこの世界に召喚したのは、今は亡きペドフィリアス王国の何某さんだと思っていたのだが。
「我、ケンジ、証、一緒。呼んだ、我、当然、無事、当然」
意識を取り戻し困惑している俺に向かって、自信満々にスカート先をペロンとお腹までめくったアルルハルト。
コレは流石にあかんっ!と、理性をオーバードライブさせ、俺は視線を逸らした。
「おまっ! いきなり、何してーーん?」
しかし、そこでアルルハルトのお腹にデカデカと描かれている紋章に目を引かれてしまう。
決して年不相応な黒のショーツに目を引かれたついでに見えてしまったのではないと、俺の股間のーーいや、沽券の為に補足しておく。
「我、ケンジ、呼ぶ。でも、場所、別、出た、ケンジ」
まくったスカートを恥じらいもなく元の位置に戻し、裾をパンパンさせながらアルルハルトは説明【?】を続ける。
「理由、不明。でも、我、探す、できる、ケンジ」
そう口にして俺の左手を指差したところで、俺は件の紋章の存在に気がついた。
「うおっ! なんじゃこりゃ!? いつのまに!?」
アルルハルトの腹回りにあった紋章と同じ物が、俺の左手にも!?
「我、魔力、使う、ケンジ、呼ぶ時。魔力、残る、我、辿る、ケンジ」
新たに色々と情報が頭に流れ込んでくる中、ようやくここで俺はこの世界に来てしまった1番の理由にたどり着いてしまった。
「つまり、アレか? お前は迷子の自分をどうにかして欲しくて俺をこの世界に呼んだのか?」
「うむ」
即答だった。清々しい程に即答だった。
その清々しさに俺は頭をクラクラとさせる。
「って事は、俺が召喚されなきゃこの国は滅びなかったってことか? 」
後味の悪い罪悪感。ただでさえ、身体中痛いってのに。
「ケンジ、悪い、ない。我? 人? 悪い? 違う?」
誰も悪くないと伝えたいのだろう。オロオロと狼狽えるアルルハルトを見て、自然と表情が緩む。
座り込む俺をしゃがんで覗き込むアルルハルト。
どうやら俺ってやつは意識を失っている間に、大事な気持ちまで失っていたようだ。
そうですよね? 父さん、母さん。
「心配そうな顔するなよ。さっき言った事に嘘はねぇ。お前は俺が、きっちり魔王城へ送り届けてやるよ」
そう口にして、アルルハルトの頭に手を置いたところで、俺はハッと我にかえる。
ぼーっとした表情を浮かべる魔王アルルハルト。くりくりとした紅い目が再びウルウルと潤み始めている。
その姿を見た俺に走る緊急警報。
あ、あかん。流石に2度目は耐える自身がねぇぞ俺!?
「うっ、うっ、うっーー」
「お、落ち着けよ? いいか? 俺、人間、お前、魔王? 体の構造が根本的にーー」
「ケンジいいいいー!!」
再び訪れる空気の壁を超えるような衝撃。
そのまま勢いのまま俺とアルルハルトは、始まりの国ペドフィリアスを後にする。
「ーーまさか。自分が進んだ道のりをこういう風に見る事となるとは流石に思わなかった」
場所も定かではない深い森の中。
無造作に倒れる木の残骸と何処から続いているかわからない抉れた地面の先を見つめながら、俺は回想を締めくくる。
さて。これまでに、わかった事を少しまとめよう。
1つ。アルルハルトに呼ばれて、俺はこの世界にやってきた。
2つ。理由はわからないけれど、俺の体が異常に丈夫。
そして、3つ目ーー
「アルルハルトは魔王だけど世界を滅ぼしたいとは思ってないってことかーー」
そう呟いて視線を落とすと、俺の制服の裾を掴んでいるアルルハルトは不満げな表情を浮かべている。
「我、しない。ケンジ、野蛮」