武藤ケンジ17歳、始まりの町でとんでもないなと遭遇しました②
異世界ロリコルニア大陸。これが、この世界の名前らしい。様々な意味で危険を感じ得ない名前だと思う。しかし、そう感じるのは、俺が元々この世界の人間じゃないからだということを願いたい。
「お前、人。我、魔族。他、獣人、妖精、神族、色々、沢山、おる」
そして、やはり俺が感じた通り、この世界には多種多様の種族が存在しているらしい。
ちなみに、俺が召喚されたのは人族の中でも中心の1つとされているペドファリアス王国という名前で、これまた倫理的に完全なアウトな名前の国だったそう。この国は魔王アルルハルト率いる魔族の国と争っていたようである。
ここまでの情報を引き出すだけでも、俺は数時間以上の時間をかけてしまった。
だってこの幼女、話は通じるけど話が要約されすぎて、伝わり辛いんですもの。
ある意味で、ペド王国の人達の方がわかりやすかったくらいテンションに明確な差があるんですものおおお!!
「えーと、もう一度確認したいんだけど。魔王アルルハルトさんは、この世界を支配するとか、自分達以外の種族を根絶やしにするとかは考えてないの?」
「お前、言葉、野蛮。根絶やし、支配、我、しない」
俺を油断させる為の虚言。そう思ったりもしたが、それ以上に魔王アルルハルトの苦虫を潰したような表情が彼女の心の中をわかりやすく表していた。
「野蛮って言われてもなー」
釣られてバツの悪い顔浮かべる俺。正直、それもしょうがないと思ってほしい。
つい先ほど陥落したこの国を目にした俺にとって、その言葉を鵜呑みにする事は、当然、難しい。
しかし、その件に関して魔王アルルハルトが言うには
「人、魔法、操作、下手。危ない」
所謂、俺の世界に存在しない〝魔法〟
そのコントロールが、人族は上手くないらしい。
そのくせに、魔法の威力は馬鹿高いらしく、人族が魔法を使うと必要以上に周囲を破壊してしまうのだそうだ。
「我、防ぐ、だけ、攻撃魔法、使う、ない」
被告、魔王アルルハルトは王国の人達の魔法を防いではいたけれど、攻撃は一切やっていないとの証言。
この国の滅亡はあくまで人の手によるものだ。それが、魔王アルルハルトの主張であった。
つまり、こうなってしまったのは、あくまでこの国の人達の自爆ということ。笑えない話ここに極まれりといったところだろう。
「はぁぁ〜……概ね事情はわかったけどさ」
「お前、理解、けど?」
言葉の通り事情は把握したつもりだが、一通り話を聞いた中で、俺は1番もやっとしていた違和感に、ようやく辿り着いた。
「滅ぼすつもりもなければ争いたくないって言ってたけどさ。実際、この世界の人達は争ってるんだろ? なら、最初に戦争を仕掛けたのは人間なのか?」
「…………」
俺の問いかけに、これまで簡潔に饒舌だった魔王の言葉が止まる。
「………………」
「………………」
空から降り注ぐ雨音が、無言の緊張感を強めていく。
ちなみに、魔王アルルハルトが張らめぐらせている不思議バリアのお陰で、俺たちは雨には濡れずここまで話を進めてこられたことを今更ながらに、ここで付け加えておこう。
「や、やっぱり、ここまでの話は嘘ーー」
それから、時間にして数秒だったか果たして数時間だったかわからなくなる緊張感に耐えかねた俺が、次の言葉を紡ごうとした瞬間、魔王アルルハルトは俺の予想の斜め上をいく事実を口にしたのだ。
「わ、我、ま、ま……迷、子」
そう、口にした魔王アルルハルトは年相応に涙目を浮かべ、顔を真っ赤にしたままプルプルと全身を震わせていた。
「……は?」
ま、迷子って……え?は? え? どどどどういう事?
「わ、我、あ、ある日、ま、魔王城、出た」
「お、おおう」
すでに異世界に来るという体験をした俺にとって、もう大抵の事にうろたえる事は無いだろうとタカを括っていただけに、これは予想以上の事態が起きてしまった。
だって、魔王とか自称してる幼女が目の前でプルプルと震えて泣き出したんだぜ? これ仮に俺の世界で起きてる事だったら職務質問される案件じゃね?
「ううううううう、グスっ、ずるぅ」
そこからのアルルハルトは、これまでの威厳やミステリアスな雰囲気どこえやらといった様子で、ボロボロと泣き出しながら言葉を紡ぎ続けた。
「魔王城の外、グスっ、広い、花、川、空、綺麗、とても」
「…………」
「我、夢中。時間、グスっ、過ぎる。気づく、我、1人」
「………………」
「我、知らず、帰る、道。見つける、別の町ーー話、伝わらない、人、怖がる、話、聞かない」
「……………………」
最低の気分だった。今、この世界で戦争が起きてる事なんかどうでも良くなるくらいに。
「我、我ーー」
「わかった。わかったから、もう泣くんじゃねぇよ」
気がつくと俺は、魔王の銀髪に手をのせていた。
〝いいかい、ケンジ。あんたも父さんの様に泣いてる女の子を見捨てない男になるんだよ?〟
ある日の母さんの言葉と、目の前で迷子の女の子を助けようとしてしたのに勘違いされて職務質問を受けている父さんの姿が浮かんだ。
あの日、結局父さんは交番へ連れていかれちまったけどさ。結果的に騒ぎを聞きつけた母親が現れるキッカケになったんだよな。
「わかる? お前、我、伝わる?」
ただでさえ紅い目なのに、真っ赤に晴らした目で見上げる魔王アルルハルトに対し、俺はあの日の父さんの様に親指を立て笑顔を向ける。
「現実でも異世界でも、我が家の家訓は万国共通なんだよ! 武藤家の名にかけてお前は俺が家まで帰してやるよっ!」
「……っ!」
一瞬、何を言われたかわからないといった表情を浮かべる魔王様だったが、直ぐに俺の言葉の意味を理解できたのであろう。
「感謝、お前っ! 我、お前、呼んだ、正解!」
勢いよく俺の胸に飛び込んでーー
「え? 呼んだってーーうぎゃああああああああっ!」
きたとか、そんな可愛いものじゃなかった。
たいへん勢いの良いタックルと鯖折りのコンビネーションだった。
「ぐはっ! ぐわっ! ぬばっ! ぬらあああああっ!?」
その勢いのまま俺達は城壁をグワン、ドカーント1枚2枚と続けざまに激しく突き抜けていく。
こ、この幼女!! 人間じゃねーの忘れてた!! 魔族を統べる王様だったってことを完全に忘れてたぁっ!!
「し、死ぬっ! こここれ以上、つつつ突き抜けるの無理!! てか、くくくくく口から、いろんなものでるうううううううううっ!!」
もう限界っ!! そう思った矢先、これまでで1番激しい音をさせながら、俺は壁にめり込んだ。
不死身の武藤ーー現実世界で、そんな風に呼ばれていたタフガイである俺でも経験した事の無い衝撃にもちろん耐え切れるわけもなく。
「や、やべぇ。い、意識がとおのくーー」
薄れゆく景色の中。
その端に映ったのはーー
「ケラケラ。我、謝罪。加減、違えた」
悪戯っぽく笑う魔王アルルハルトの姿があった。
そこには、先程まで降り続いていた雨の様な悲壮感はない。
父さん、母さん。俺、最期にいい仕事できましたよね?
そんな思いを抱きながら俺は意識を失った。