☆61 ワイバーンスレイヤー
「ほう、遂にマケイン殿は店を出したいと」
「はい、できればダムソンさんにも協力してもらえたらと思うんですけど」
「それは願ったり叶ったりじゃが……、ギルドカードの件はもういいのかね? あちらもあまり放っておいていい問題とは思えぬぞ?」
ダムソンにそう言われ、マケインは頭をかく。
少年は気まずそうに視線を彷徨わせながらへらへら笑った。
「それが……どうせ怪我が治るまでちょっとは時間もかかるから、王都へ行くのは店が軌道に乗ってからでもいいんじゃないかってトレイズがですね」
「ふむ……」
そのマケインの返答にダムソンは微妙な表情となる。
モスキーク邸で出されたハーブ茶を飲みながら、奴隷の皆が作ったパンを指先でちぎった。
「儂にできることなどたかが知れておるが、もう一度こちらにギルドカードを見せてはもらえないかの?」
「えっと……」
明らかにマケインの目は宙を泳いだ。
その態度に、何か良からぬ現象が起こっていることをダムソンは察知する。はぐらかそうとする少年にぐいっと迫り、ようやくカードを出させることに成功した。
「マケイン殿、隠し立てはよろしくない」
「いや、それがですね……」
「むむっ!?」
―――――
マケイン・モスキーク【人族】【男】
レベル10/999
HP40 MP2500 STR32 DEX50 AGI30 INT測定不能 LUK測定不能 DEF63 ATK46
加護【食神】
スキル【浄水】【と殺】【発泡】
称号【食神のいとし子】【下級貴族】【男の娘】【聖女見習い】【飛竜討伐者】
―――――
「こ、この魔力値はなんじゃね!?」
「なんだか、飛竜を討伐したら色々上がってしまいまして……とどめを刺したのは俺じゃないんですけど」
「魔力量だけを見れば、王宮へ志願する国家魔術師見習い並みではないか……!」
「それってすごいことなんですか?」
思わずわくわくとした気持ちを抑えきれずに興奮しながらマケインは訊ねる。すると、いささか言いづらそうにダムソンが答えた。
「しかし、このギルドカードを見ると分かる通り、マケイン殿のご加護は食神様からのものじゃ。INTもどれぐらいあるのか見ることもできん。
どんなに魔力量が優れていようと、魔神様からの祝福が得られなければ魔術師としては大成できないのが通説でのう……勿体ない。マケイン殿は初めての魔法を使った時、どんな感じがしたかね?」
「そうですね、なんだか今にも爆発しそうな炎を抱えているような気がしました」
「それはそうじゃろう。魔神様のご加護がないということは、魔法を制御する能力が低いということじゃ。その状態で魔力を注ぎ込めば、最悪はこう、暴発を……」
マケインはごくりと唾を飲み込む。
背筋にひやりとするものを感じ、自分の認識が甘かったことに気付く。
「訓練でどうにかなるものじゃないんですか」
「そうさのう、ある程度までは努力で埋められる部分もあるとは思うが。魔神様のご加護がなくても魔術を使う人間は相当数おるでの」
「だったら! 諦めなくてもいいんじゃないですか!」
悔しい。
何故か分からないけれど、ひたすらに悔しくて仕方がない。
「諦めろとは言うておらんよ。食神様のご加護なら炎系の魔術との相性は悪くもないからの」
「え?」
マケインはダムソンの言葉に呆然とする。
「要は足りない制御力を食神スキルで補えばいいのじゃ」
「スキルで……」
「炎の魔法を扱いたければ、それに対応したスキルを会得すれば良い。多少運任せな部分もあるが、マケイン殿ならどうにかするじゃろう」
「そんなことでどうにかなるんですか」
「食神殿で保管されている記録に、似た話を聞いたことがある。もしくは、魔神殿に赴き、物は試しに奉納をしてみるという手もあるが……やはり近場の魔神殿は王都じゃし……」
「今の俺には食神スキルを会得した方が早いってことですね」
「あとは練習じゃな」
結局のところ、それに尽きるということだ。
ダムソンの説明によると、ご加護の中でも相性のいい魔術がそれぞれにあるものらしい。
食神の加護は炎や水など料理に関連する魔術が。
癒神は治癒魔術が。
農神は水魔法や植物を育てる魔術が。
呪神は呪術が。
魔神は魔術全般。知神は少し才は欠けるもののそれに準じる。
それらの解説を聞いた後、マケインは頭に叩き込みながらダムソンに口を開く。
「ギルドカード、このままにしていたらまずいでしょうか」
「身体に異変はないか?」
「全く……」
「魔力が増えたことの心当たりは?」
「…………」
しらばっくれようとしたマケインの目を、ダムソンはじとりと睨む。顔を押さえると自白するように迫った。
「ちょっと、自分で訓練しようとしてて……」
「訓練!?」
「こう、魔力の循環を意識しないで流しっぱなしにして、その代償として食べたものの持つカロリーを……あ、カロリーなんて言っても分からないか」
「なんということをしておるんじゃ……、体循環訓練は一日に数回行う程度のものなのじゃよ」
ほとほと呆れ果てたようにダムソンは天を仰いだ。
「その訓練を中止することはできるかね?」
「あ、はい。スイッチ一つで」
「では、専門家に会うまではしばらく訓練は中止じゃ。これでひとまず魔力量の件は落着するじゃろう……」
落ち込んでいるマケインを見て、ダムソンは思った。
全く、奇才というものは恐ろしい。
まさかこの世に存在しない新たな魔力循環法を生み出し、自分のものをしてしまうとは――。
本来ならすぐにでも王へ報告すべき才能だ。これだけの魔力をこの歳で保持しているということは、訓練次第では将来は食神の加護ながらに戦略的国家魔導士となれる可能性がある。
けれど、この少年は些か心根が優しすぎるきらいがあった。
戦争の最前線に立つ戦略的魔導士になるということは、多くの命を屠る存在となるということだ。ダムソンの見立てでは、マケイン少年はそのような場所に立つには精神がやや未熟すぎた。
しかし、未来ではそのようなことを言ってはいられないかもしれない。
すでに近隣の神殿関係者はトレイズ神の降臨を知っている。女神の存在を帝国が欲した場合、戦場となるのはこの国境にあるモスキーク領だ。使える手段は何を使ってでも防衛しなくてはならない日がいずれ来るやもしれない。
もしかすれば、あの帝国の女帝の鼻を明かすことすら……。
「この才を伸ばすべきか、摘むべきか……」
「どうしたんですか? ダムソンさん」
マケインはキョトンとした表情をしている。
まるで実の孫を見るかの気持ちで、ダムソンは深々と溜息をついた。
「それで、マケイン殿はこの領内で店を出したいのだったかの」
「はい、そうなんです」
「儂もそれは応援したいと思うておる。できる限りの融通をきかせよう」
ダムソンの温かな言葉に、マケインは隠れてガッツポーズをした。
「で、なんの店を出すのじゃ?」
ダムソンはわくわくとした気持ちを隠しきれずに訊ねる。マケインはその問いかけににこりと美少女面で笑った。
「パン屋兼カフェスタイルで行こうと思って」
「カフェ……」
「要は、お茶や甘味を出すお店です」
「ああ、貴族の茶会を模したいということかの」
その言葉にマケインは頷く。すると、ダムソンが唸り声を上げた。
「なるほど、それは恐ろしく斬新じゃ」
「ダムソンさん、店の後見となっていただけますか?」
「それは構わんが、儂はすでに俗世のしがらみを捨てた身。上流階級を相手に商いをするのなら、できればきちんとした貴族の援助を受けられればそれに越したことはないんじゃが……」
それは突然の出来事だった。男同士顔を突き合わせて悩んでいると、ミリアの甲高い悲鳴が聞こえたのは。




