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☆50 ピザって焼き立ては絶品だよね




 まず、手を洗って焼かれる前の状態のパン生地を平たく伸ばす。形はやはり綺麗な円形がいい。

おもむろに指先でパン生地をしゅるる、と回転させると、その鮮やかな手際にタオラがびくっと跳ねた。


 ふはは、見よ! 前世で覚えたピザ回しのテクニックを!

習得した暁にモテたのは腹を減らした野郎どもばかりだったけどな!


この隠し里では、みんなで木の実から油を搾って売っているらしい。借りているらしい圧搾機の近くには貴重な油がワインの樽と一緒に置いてあり、俺はとても驚いた。

好奇心に輝く眼差しを気付かなかったふりをして、俺はその伸ばした生地を油をしいた大きな鉄のフライパンの中に収める。

今回はこれでピザ窯の代わりにするのだ。


 ソースはトマトを潰して塩とスパイスで味付けをする。軽く沸騰させると簡易ケチャップが出来上がった。

そして、具材は洗ったキノコやハーブ、玉ねぎをスライスしてバランスよく散らし、ほどよくその上にチーズを乗せる。最後に乗せるのは柔らかくぬるま湯で戻した干し肉だった。あのまま使ったら少し硬すぎる。

よし、干し肉を戻したエキスはスープの方に転用すれば無駄がないな……っと。

やがて、竈にかけたフライパンからいい匂いが漂ってくる。そのチーズと香ばしさの混じった匂いに、隠し里の中の獣人達がそわそわとした態度でこちらの様子をのぞき見するようになった。


「わあ……っ」

「よし、異世界ピザの一丁上がりだ!」

 ピザの上のチーズがぐつぐつと泡立ち、いかにも食欲をかき立てるような見た目をしている。それを見ただけでマケインは自分の料理が成功したことを確信した。

様子見にきたトシカさんが、ピザを見て目を丸くしている。


「ほう……、贅沢そうな料理だね。本当にこの料理がいつもの食材からできているのかな?」

「……ううん、マケインはそれほど無駄遣いはしてない。野菜も肉も私達が食べているのと同じ材料」

「だとしたら、逆にすごいよ。錬金術みたいだ。人間の間では、今はこういう料理が流行っているのかい?」

 ……いえ、今でも王国の料理の主流は臓物スープです。

恐らくこの言葉はこちらの素性へ探りを入れられているのだ。

マケインは苦笑しながら答える。


「トシカさん、分かっていて言っていますよね」

「そうだね。こんなに怪しくて訳ありそうな人間を、どうしてうちのタオラ様は拾ってきちゃうのかなあ」


「我ながら返事に困ります」

「まあ、食事に罪はないさ。毒を入れている様子もなかったし、ゆっくり君の方の事情を聞かせてもらおう」

 穏やかに笑ったトシカさんは鼻歌をうたいながらフライパンの中身を皿に移して持っていこうとする。しかし、調理場の入り口で待ちきれずウロウロたむろしている獣人達(期待の眼差し)がいることに気が付くと、引き攣った顔で振り返った。


「……ごめん、うちの連中みんな内心で楽しみに待っているみたいなんだ。もっと沢山作ってもらうことってできる?」

 はは、そんなことになりそうな予感はしてましたよ。材料は確保してあります。

こんだけ旨そうな匂いをぷんぷんさせてれば当然そうなるよね!

ピザは万国共通のファストフードだ!




俺の焼いた沢山のピザで、いつしか宴会が始まった。警戒心を剥き出しにしていたデルクも一口ピザを食べた瞬間にころりと手の平を返す。


「旨い! うま……っ!」

 ガツガツと目の前の料理を貪っている彼の様子を見て、他の獣人達は愉快そうに大笑いをした。


「おいおいデルク。お前は少年のことを認めないんじゃなかったのか」

「それとこれとは話が別だ! こんなに旨い物を作るだなんて聞いてない!」

 デルクが噛みつくと、みんなは笑い声を上げる。


「このピザって料理はしっかしワインが進むなあ」と獣人の一人が鼻歌をうたうと。

「あの、失礼します。ちょっとそのお酒の瓶を貸してくれますか?」

と、俺は声を掛けた。


「いいけど、何をするんだい?」

「ちょっと面白いスキルがあるんです……『発泡』!」

 ワインに【発泡】スキルを使うと、たちまち瓶の中身がシュワシュワ泡立ち始める。まるでシャンパンのようだ。それを見て驚愕している周囲ににっこり笑うと、コップに発泡酒もどきを注ぐ。


「こうして飲むと、とても美味しいんですよ」

「へええ……」

 この世界には、どうやら発泡酒や炭酸の概念はないらしい。ビールとか作ってみたらウケるかもしれないな。鼻先で匂いを確認しながら飲み干した獣人はぱっと顔を明るくした。


「なるほど、これは美味い!」

「……おい、俺にもそのワインをくれないか!」

「こっちにも一つ!」

 呼ばれるがままに、マケインはスキルを使って巡る。お遊びで軽く爆発させてみせたりパフォーマンスをしてみると、それも大うけした。

やがて、赤ら顔になった狼獣人のデルクが俺の肩に腕組みをしてニヤリと笑った。


「分かったぞ。お前は本当はすごく気のいい奴だろう」

「デルクさん、酔っ払ってます?」

「この程度の酒で狼が酔うものか。大体、旨い飯を作る奴に悪い奴はいねえ。天上の飯を作るお前はとてもいい奴ってことだ」

 酒臭い息でそう言われ、俺は思わず空笑いをしてしまう。

まあ、善悪で判断すれば自分は比較的善人のカテゴライズだとは思うけど……改めてそう言われると照れくさいな。


「それで、マケイン。おめえは一体どこから来たんだ。モスキークって名乗ったということはあの国境貴族のモスキーク男爵家と何か関係があるんじゃないのか」


「あ、はい。俺、モスキーク家の長男で……一応今のところは跡取りです」

「通りで身綺麗な恰好をしていると思ったよ。正真正銘の御貴族様ってことじゃねーか」

 そう言いながらも、デルクは機嫌よく笑っている。


「どうして川になんか流されてきたんだ」

「あの、俺、王都に用事があって……その途中の山でモンスターに襲われて崖から川に落ちたんです。それで皆からはぐれてしまって……」

「なるほど。要はお前、壮大な迷子か」

 トシカさんがその言葉を聞いて噴き出す。腹を抱えて悶絶しながら、笑いを押し殺してこう口にしてきた。


「一体どんな裏があるのかと思ったら……っ ただの川に落ちた迷子なら無下に扱うわけにもいかないな! 幸い、モスキーク男爵領はさして遠くもない。責任もって送り届けてあげようじゃないか」

「ありがとうございます」


「それで、マケイン。君は先ほどリュール宿場町のことで何か言いたいことがあったようだけど……」

 ああ、そうだ。

マケインはハッと我に返ってデルクから離れる。その場に座りなおしてよく通る声でこう話した。


「俺、ここに来る途中で不思議な魔族にあったんだ」

「……魔族……?」

翡翠のツインテール。金の瞳を思い出してマケインは話す。

「旅の途中のその女の子は、けっこう可愛くて。差別されている仲間の為に色々旅をしているみたいでさ。もうじき、あの宿場町に飛竜が襲いに来るからすぐに離れた方がいいって予言……みたいなことを言ってたんだ。なんだか俺、妙にそのセリフが忘れられないんだけど……」


 あれ。みんなの顔が見えない。


「その、魔族の名前は、」

「えっと、カンナって言ってたかな」

 その瞬間、油断していたマケインの肩がトシカによって突き飛ばされる。尻もちをついて驚愕に顔を上げたそのすぐ真横に細身のナイフが放たれた。

先端は地面に刺さる。あと数センチずれていたら自分に当たっていた――。

パラリと砂色の髪が舞い散る。息を呑んだ少年の前には、既に宴に浮かれていた獣人達は居なかった。

鋭い眼差しで四方から睨まれているマケインを庇うように、タオラが間に立った。


「……トシカ、落ち着く方がいい。まだ、あの事件に関係しているとは分からない」

「…………」


「……私は、マケインは悪者だとは思えない。多分、魔族と偶然知り合っただけの第三者」

「タオラ様。でも、そいつが関係者だというのは違いないよ」

「……事情は聞いた方がいい」

 はあ、とトシカはため息をつく。

穏やかだったその風貌はすっかり消え去った。


「なあ、トシカ。タオラ様の云う通りだ。俺たちはこいつから詳しい事情をきかなきゃなんねえ」

 獰猛にデルクは笑う。


「案外、ここまで無警戒に俺たちの前で喋るってことは、だ。何も知らないだけって可能性が高いぜ」

「…………チッ」

 トシカさんは、懐から取り出そうとしていたナイフを元に戻す。隠そうともしていなかった殺気を収めると、俺を見下ろしてこう言った。

「君は、今の魔族が僕らの仲間に何をしたのかをまるで知らない――」

「トシカ!」



「――タオラ様の家族を……一族を皆殺しにしたのは、その魔族だったのに」



 俺は驚愕に息を呑んだ。

タオラ・ミクク。美しき金色の血を持った虎の少女。

寂しそうだった彼女の表情を思い出した。

『もう私しかいない』

その呟きの意味を、ようやく俺は知ることとなる。




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