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☆49 獣人少女は虎風味をしている




 目覚めると、見たことのない天井があった。

マケインは、戸惑いながらせき込む。のどの奥に入っていた水を吐き出した後、ようやく落ち着いて周りを見渡すことができた。

知らないベッド。お日様の匂いのする毛布。もたれかかるようにして眠っている一人の女の子。

 穏やかに差し込む陽射し。

キラキラと光るのは金と黒でメッシュになったクセ毛の髪。金色の長い睫毛は伏せられ、低くも筋の通った鼻が愛らしい。何よりも特徴的なのが頭についた獣のような丸い耳と、ふにっふにっと揺れている長い縞柄しまがらの尻尾だ。

これは幻覚だろうか。


「……虎?」

 虎の少女だ。

恐らくは、これは噂に聞いていた獣人という存在なのだろうと思う。マケインは感動にも似た心の震えを感じながら、恐る恐るその耳に触れてみる。

自分の指と彼女の耳が触れた瞬間、ぴくっとそれは動いた。


「……むう!」

 マリンブルーの瞳を見開いた女の子が反射的に睨みつけてくる。そして、素早く不審な動きをしていたマケインの指へと噛みついた。


「いっつぅ!!」

「がぶ! がぶ! ……この不審者、何をする! あぐっ」

「ごめん! 俺も悪気はなかったんだーーっ」

 鋭い虎の牙が皮膚に刺さり、痛いのなんの!

やがては今の状況に冷静さを取り戻した彼女が口の力を緩めるまで、マケインは噛まれた痛みにひたすら耐えた。

…………っ!



「……つん。私、悪くない。誰でもあんなことされたら、普通に怒る」

「うん、よく記憶しておくよ……」

 うっかり好奇心が災いして、出血沙汰なことになるところだった。

 迂闊。飛んで火にいる夏の虫。

不機嫌そうに虎獣人っ娘の金色の尻尾がパタパタ揺れた。その動きについ見惚みとれそうになりながらも、マケインは自分がどうしてここにいるのかを少女へ訊ねる。


 どうして俺はこんなところで寝ていたんだ? 君は一体誰なんだ?

 すると、彼女はしばし沈黙した後、こう答えた。


「……あなたは、川で拾った」

「川で?」

「……怪我をして浮いていた。息があるから拾って看病していた。ここは、私達の家。隠し里のような滞在地」

 その言葉を聞き、マケインはようやくそこに至るまでの記憶がよみがえってきた。


「そっか。俺……」

「あなた、何者。どこから来た?」

 どこからも何も、宿場町から王都へ向かう途中の山越えの途中から……。ああ、そこの崖から川に落ちたんだっけ。あの高さでよく川底にぶつかって死ななかったものだ。水深に感謝だな。


「その宿場町はここから少し遠い」

「具体的に、距離はどれくらい違うの?」


「……いきなり耳を触るような信用できない人間には、教えない」

 頬を少し朱に染め、女の子は顔を背けた。

.思わずマケインは姿勢を正して頭を下げる。


「申し訳ありませんでした!」

「……信じられない。誰にでもそういうことする? エッチ」


「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、獣人を見るのは初めてだったから! なんというか可愛い耳だなあと思ったわけで!」

 いや、弁解になってないだろう。俺。

お前は可愛いと思ったら女の子の身体に気安く触れるのか? って話だ。あまつさえ耳だぞ、耳。山手線でやったら痴漢だと即捕まってオマワリサーンなところだぞ!


「……かわいい? 私が?」

 気が付くと、彼女の瞳が吸い込まれそうな青を増していた。

当惑したように、こちらをチラリと見てくる。


「人間なのに獣人をかわいいと思う、の?」

「思うさ。そんなに素敵な耳と尻尾があるんだもの。誰だってとりこになるよ」

「……頭、おかしい……」

 おかしそうに少女はクスクス笑いだした。

やっぱり女の子には笑顔が似合う。それは異世界でも変わらない。


でて」

 のし、と重みが俺の太ももにかかる。

靴を片足ずつ脱いだ少女がベッドで起き上がっている俺の身体の上に乗って、微かな吐息をついた。


「撫でる? ってどこを……」

「頭、撫でていいよ」

 あれ? 俺は夢でも見ているのだろうか。

あんなに警戒心を見せていた少女は、感情が読めない。俺が戸惑い気味に優しく撫で始めると嬉しそうに喉を鳴らし始めた。

前世で飼っていた猫のことを思い出しながら耳の付け根をかいてやると、機嫌よさげに彼女は「はふう」と息をらす。

やがて、ハッと我に返ったようになり、少女は恥ずかしそうにした。


「こんな感じで良かったの?」

 ここは天国か地獄か。

気まずく笑っているマケインに、彼女はベッドから裸足はだしのまま床に猫のように着地する。ワンピースから覗く太ももからつま先まで伸びるしなやかな脚がとても美しかった。


「……名前、教えて」

「マケイン・モスキークだよ。君は?」


「タオラ・ミクク」

「タオラ。ここには、君のような虎の獣人が沢山暮らしているの?」

 そう訊ねると、タオラの顔からみるみるうちに表情が消えた。

「ううん――……」


「『虎』は、私しかいない」

 多分俺は気付かなかったけど。


「……もう、私しかいないの」

これはきっと、聞いちゃいけないことだったんだ。





 獣人達の隠し里は、丈夫なテントのような建物や急ごしらえの掘っ立て小屋の集まりでできていた。

タオラの説明では、定期的に色んな土地を移動しながら生活しているらしく、今はこのアストラ王国でも穏健派と知られているブルガン男爵のところへ身を寄せていた。

男の狼獣人が、品定めをするようにこちらへ視線を向ける。ギラリとした眼光の鋭さに、内心冷や汗が噴き出しそうだ。

彼らは明らかに俺という異端分子を歓迎していないに違いない。そりゃそうだ。隠し里ってことは何か事情があるんだ。


「おい、お前……」

「……待って。マケインは、悪い人間じゃない」

 タオラが俺をかばう。


「んなこと云ったって、そ奴は人間ですぜ? タオラ様」

「この人間は、獣人へ差別したり……しない」

 疑うような眼差しがそこかしこから飛んでくる。里の獣人たちは誰も皆成人した男ばかりで、恐らくタオラ以外に子どもはいない。


「そーんな都合のいいことが起こりますかね」

「デルク、その辺にしておけ。タオラ様が助けるときめたのだ、致し方あるまいよ」


「おい、坊主。もしもタオラ様に何か良からぬことをしようものならなあ、ギタギタのメタメタにしてやるからな、覚悟しておけ!」

「……デルク!」

 デルクと呼ばれた狼獣人は、不愉快さを丸出しに唸って見せる。彼を諫めている方の兎耳の男は少し優しそうな顔で自分のことをトシカと名乗った。


「あの、トシカさん。見知らぬ俺を助けてくださってありがとうございます」

「お礼ならタオラ様に言って欲しいな、川から拾ってきたのはあの子だからね」

「そうですね。タオラ、ありがとう」

 虎少女は無表情で少し頷く。

気のせいか喜んでいるような雰囲気だ。


「あの、ここの人たちは、普段は何をして生活しているんですか?」

「ああ、傭兵業だよ。口汚く山賊って呼ぶ輩もいるけどね、人間は全く酷いよねえ」

「さんぞく……」

 ……うん? もしかして、現在の俺ってかなり危険な集団の中にいます?

いやいや、噂だけで人を判断するのは良くない。よくな……。

気持ち的に寒くなり、冷や汗がたらりと流れる。そんな俺を見てタオラは不思議そうに首を傾げていた。


「今はこの辺りの男爵に頼まれて魔物狩りをしながら山の中で生活しているんだ」

「そんなに人数が必要なんですかね? 魔物狩りって……」


「それがね。今、王国では不思議なことにモンスターの数が増えていっているようなんだよ。狂暴化した奴らも多くて、小さな村が襲われたりしているんだ」

「村が……」

 マケインは、その話に思い当たる節があった。


「あの、俺! 王都に行く途中だったんです! 川に落ちたのはレッドボアに襲われて……っ しかも、モンスターが増えてるんですよね!? そういえば宿場町で出会った女の子が、今度は飛竜に町が襲われるって言ってて……」

と、そこでマケインの腹から催促さいそくの音が鳴る。


「よし、君、ちょっと冷静になろうか」

 ポリポリと頬をかいたトシカは、落ち着いた口調でそう返す。


「寝ている間に腹も減っているだろうし、その話は食事をしながらゆっくり聞かせてもらうよ。……といっても、男所帯だからろくなものが出せないけど……」

 この世界の料理の水準に思い至り、マケインはぞっとした。料理上手なメイドであるエイリスが作って尚あの味であるのに、料理の下手な人間が出してくるものはいい予感がしない。どうにか回避したい事態だ。マケインは思わず食い気味に言い出した。


「……あの、そうだったら逆に俺が作りましょうか?」

「君、料理ができるのかい? 明らかに身なりからして育ちが良さそうに見えるけど。 今あるわずかな食材を無駄にされても困るんだけどなあ」


「いえ、こう見えても俺の加護は食神のご加護なんです! 助けてもらったお礼にマトモな……ううん、この世界で一番の美味い料理を作りますよ!」

 低い姿勢でマケインはみ手をする。

 なんてったって俺の料理は異世界仕込みだからな!

モスキーク家で掴んでいない情報をこの不審そうな目をしている獣人達から聞き出すには、まずは美味な料理で心を掴んだ方がいいに違いない。名付けて旨い物には口が滑る作戦だ! そんな打算めいたことを考えているマケインに、涼やかなタオラは声を掛けた。


「……マケイン、何を作る?」

「そうだなあ、材料にもよるけど……」

 そのやり取りを聞いていたデルクが鼻で笑う。


「そもそもこの里には干し肉とパンだねとチーズくらいしかない。後は少しの野菜ぐらいだ」

「パンとチーズ?」

 この世界のパンは、マケインが作ったものと違いピタパンのような薄くてぺしゃっとしているものだ。それにチーズがあるのなら、作れるものは自ずと決まってくる。


「それなら……よし! 作るものは決まりました!」

 怪訝そうな眼差しを向けられる中、マケインは大きな声で宣言した。


「――俺はファストフードの女王、ピザを作ります!」

 ででん!






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