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☆42 旅支度はいつだって面倒くさい




 なんだかんだで思う。

俺は、トレイズのわがままに弱いって。

皆もそうだけど、あの可愛らしい声とうるんだ瞳で見上げられると、どうにも正常な思考が働かなくなってしまうのだ。


 人の良心を全く信じないのもどうかと云われそうだけど、かといってこの地上の人類全員が災害救助隊のような美しい心で生きているかといえばそうじゃないだろう。


ましてや今回謁見する相手はこの国の最高権力者。

貴族のような階級制度がない日本で生活していた前世の知識なんか大して当てにならないし、海千山千の貴族たちに囲まれたらどんな不平等な理不尽を呑まされるか分かったものじゃないんだ。


「ねえねえマケイン! どんなドレスで行ったらいいかしら!」

 すっかり新婚旅行気分になっているトレイズに、俺は疲れた眼差しを向けるしかない。


 ……いや、違うか。

この国だけならともかく、この異世界の最高権力を握っているのはむしろトレイズの方なんだっけ。

どうにも普段一緒に過ごしていると普通の女の子のように錯覚してしまいがちだが、これでもこの身目麗しい少女はおよそ十しかいない神々の内の一柱なのだった。

感覚が麻痺まひしていたのは、俺自身ってことだな。まったくいたし方ない。


「トレイズ様、旅装というのは舞踏会とは違うのですよ」

 我が家、モスキーク家のメイドであるエイリスが荷造りを手伝いながら、しっかりと発言した。


「そうなの? ずうっと神界にこもっていたから、地上の習わしはよく分からないわ。久しぶりに見るものばかりで戸惑ってしまうもの」


「そうですね、できれば馬車の旅ですからコルセットをきつく締めるような服は避けていた方がいいと思いますぅ。そんなに華美な恰好ではなく、旅の間だけでも王都に観光に出かける中流のお貴族様に見えるくらいに留めておくと、安全の為にいいのではないでしょうか?」


 そうだな。少なくとも、トレイズは目立つ宝石とかは身に着けない方が賢明だろうな。もとからそんなもの買い与えたはずもないのに、いつの間に信者が差し出してきていたりするから油断ならないのだ。


「エイリス、詳しいのね」

「えっへん、これでも私は平民出身ですから。庶民感覚は分かるのです」


「ありがとう、助かるわ。じゃあこのドレスも、残念だけど何枚か置いていくしかないのね」


 透け透けな緑のドレスが残念そうに床へ下ろされる。

ようやくトレイズははち切れそうになっている荷物の山を見て考え直すに至ったらしい。そこで諦めなくても神殿の人間が喜んで背負ってくれそうなものだが、余りに沢山の荷物は逆に魔物や盗賊に出会った時の足かせにもなってしまいかねない。やはり適度というのは大事なのだ。


「全く、こうなるとあそこで金貨十枚もらっておいて良かったな」


「幸運と時間とお金はあって困ることはないって、ことわざにもありますから。村で一番長生きのお婆ちゃんが言っていましたぁ」

 まあ、カラット家からは余計な恨みも買った気はするけどな。そこは気にしたら負けだ。

流石に全部の旅費を神殿から出してもらうのは俺のポリシーに反する。なるべく後から逆恨みされないように、地味で堅実、清貧に生きていくのだ。マリーアントワネットのような処刑台ルートは御免ごめんこうむる。


「エイリスも一緒に行くのよね?」

「どうなのでしょう」


「……いいんじゃないか。流石に女神さまに対して侍女を誰もつけないというわけにもいかないだろ」

 いくら神殿の人間がいるからといって、狂信的な彼らに心が許せるかは別問題だ。すっかり親しくもなっていることだし、エイリスにトレイズの身の回りの世話をしてもられるとこちらもありがたい。


「私、王都まで行ってもいいのですか!?」


「そんなに驚くようなことか?」

「だって……トレイズ様との仲のお邪魔になるのでは」

 そのエイリスの発したもごもごとした言葉に、トレイズは意外そうな顔をした。


「あら、あたし、侍女にまでヤキモチを焼くほど狭量きょうりょうではなくってよ」

「それは嘘だな」


「……なんですって?」

 思わず俺の心の声が飛び出すと、じろりと睨まれた。

無い胸を張り、トレイズは腕組みをして堂々と言い放つ。


「旦那様の一番はあたしだってもうとっくに決まっているもの。不動の一位よ。ナンバーワンなのよ! 今更他の女が目の前にいたところで……」

「ええ! トレイズ様、ちょっとやけくそになってませんか?」


「…………」

 萌黄色の瞳。

女神の視線が逸れた。

気にしないと宣言してはいるものの、やはり裏腹な思いは抱えているのだ。そのことを見てとった俺は、少し笑ってしまう。


「いいんだよエイリス。そもそもトレイズと俺は結婚してなんかいないんだから。気を遣う必要なんて元からないんだ」

「ま、マケイン様! そんなことを云うとトレイズ様が怒りますよ!」


「大丈夫だエイリス。トレイズはそこまで狭い心は持ってないって自分で言ってるだろ。まあついでに胸もおしとやかさもないんだけどな、あっはっは」


 大笑いをした俺の顔面に拳骨げんこつが飛んできた。

 調子に乗りすぎた。

勢いよくクリーンヒットしたそれはかなりの痛さだ。反射的にうずくまったこちらを踏みつけるように、白いレース編みの靴下を履いたトレイズの足が力一杯蹴飛ばしてきた。


「な、に、を、笑ってるのよお!!」

「い、いだい! トレイズ、やめっ」


「言いたいこと云ってくれるじゃない! この女神を捕まえて女の子らしくないですって!? そんなこと云う口なんかこの足で踏んづけてやるわよ!」

 俺の顔にトレイズの蹴りが入る。

涙目になっている俺がふと隣を見ると、そこではエイリスが苦笑していた。

ひょっこりこの騒ぎを覗き込んだのはミリアとルリイだ。


「どうして食神様を怒らしているのよ。あいそつかされてもしらないわよ馬鹿兄貴」

「そうだよ。食神様がかわいそう」

 双子のようにも見える姉妹からの言葉に、マケインは慌ててトレイズに謝る。


「悪かった! 悪かったよトレイズッ」

「知らない! エイリスのことは勝手にすればいいでしょ! あたしと違ってそこのメイドはあーんなに胸も大きいことだし思う存分仲良くすればっ」

 完全に機嫌を損ねたトレイズが荒々しく部屋を出ていく。青くなった俺とエイリスが立ち上がろうとしていると、ミリアが俺に話しかけてきた。


「あの……さ。兄貴」

「どうした? 王都へは流石に連れていけないぞ」

「ちがうわ。そのことじゃなくって」

 ちょっと拗ねて口を尖らせながら、ミリアはこう言った。


「今度はけがをしないで帰ってきてよね」

「え? うん」


「もっとしんけんに約束してよ!」

 生返事で頷いた俺に、ミリアは怒った口調で言い放った。


「もしもあんたが変な死に方したら、アンタのはかまいりなんか一生いかないんだからね! 末代までのはじよ!」

 気なしか頬も赤くなっている。

弱った、これは相当に置いていかれることを怒っている。これがもしも半分血のつながった妹じゃなかったら照れ隠しに心配してくれていると勘違いするところだ。


「や、約束するよ」

「それと! トレイズ様とあんまり仲良くしないで!」


「分かったって」

 ようやく機嫌を直したミリアに、俺はやれやれとため息をついた。

秋の空の様に晴れたと思えば雨になる。女心ってのは難しいものだな。





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