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☆40 ギルドカードの異変




 それはまだ怪我もえぬ決闘の翌朝だった。

ふとギルドカードを見ることを思いだしたマケインは、久しぶりにそれを手に取って眺めてみる。

「なっ なんだこれ!?」


―――――


マケイン・モスキーク【人族】【男】

レベル3/999

HP18 MP592 STR10 DEX15 AGI9 INT測定不能 LUK測定不能 DEF19 ATK13


加護【食神】

スキル【浄水】【と殺】

称号【食神のいとし子】【下級貴族みのほどをしれ】【男の娘】【聖女見習い】


―――――


 恐らくオークと戦った時の経験値でレベルアップしていたのだろう。全般的に能力が伸びている。それだけじゃない、気付かなかったことにしておきたいが、MPに関してはレベル3とは思えないような数値になっていた。


「どうしよう……誰に相談すれば……」

 どおりで最近、やけに腹が減ると思ったのだ。

妹達、父親、母親、色々な人物を思い浮かべてみたものの、なかなか大事になってしまいそうで怖い。

いっそ見なかったことにして忘れてしまおうか。そうしてしまえば、少なくとも騒ぎは後に遅らせることができる。


「そうだそうだ、魔力が増える分には問題ないじゃないか」

 貴族として恥ずかしくない結果が出たことを喜ぼう。

魔法の練習なら一人でこっそり試せばいい。どうせ魔法使いは向いていないって獅子ししいただきで言われていたわけだし、大した成果は出ないだろう。

そう思い、マケインはギルドカードをまた道具袋にしまい込もうとした。だが、ちょうど部屋に入ってきた妹のミリアが怪訝けげんそうに手元をのぞき込む。


「何をこそこそしているのよ?」

「いや、なんでもない!」

「ギルドカード? ふうん、ちょっといーから見せなさいって」


 兄をからかえると思ったのか。意地の悪そうな表情になったミリアがぱっとマケインが持っていたカードをうばう。「こら、返せって!」と必死になっているマケインににやっと笑い、しげしげと眺め始めた。


「レベルは3……MPは……」

 そこで、ミリアの表情が無に近くなった。

ふるふる長いロングヘアが震え、口は開いたり閉じたりを繰り返している。妹が何に驚いているのかを察した兄は、耳をふさいでその瞬間に備えた。


「なあにこれーーーー!?」

 つんざくような驚愕の叫び声が屋敷中にとどろく。

……南無三なむさん、俺。

そうなると思ったから無かったことにしようと思ったのである。






 動揺しているミリアは壊れた口調でノイズ混じりに大騒ぎしている。

「あに、兄貴が! MPの欠片もなかった馬鹿にいが!」


「にいちゃ、ミリアがおかしくなってる」


「どうしたマケイン、何か悪いものでも拾い食いしたんじゃないか!」


「悪いことでもしたならちゃんと言いなさい、マケイン。ギルドカードの偽装はいけないことよ。こんなの普通じゃとてもありえないでしょう」


家族の四者四様の言いざまに、マケインは疲れた顔で椅子に座る。はあ、と深くため息をついた後に乱暴に怒鳴った。


「だーから! 偽装でも悪事でもなんでもない! 毎日魔力循環訓練をしてたらいつの間にかこんなことになっていただけですっ 息子の云うことを信じられないんですか!」


「あの訓練は一年に10伸びればいい方なんだぞ!? いきなり三ケタだなんてあり得るのか!?」


「ダムソン、マケインのやることに常識を求めてはいけないわね。どうせその訓練も、私達とは違うことをしていたに違いないわ」

 みんなとは違う訓練って……。

やれやれとやさぐれそうになった時、マケインはようやく思い出す。そういえば、魔力を循環じゅんかんさせるイメージに、流しそうめん機を想像していたことを。

……全自動で、エネルギーは食事のカロリーを使い、無意識に二十四時間訓練しっぱなしだったような気がする。

手元を見ると、食べても食べても太くならない痩せた腕が目に入る。ここ最近、周囲も呆れるほどに肉が身についてない。


(まさか俺、やっちまったか……?)

自覚もなしになんという暴挙に及んでいたのかを自覚し、現実逃避をしたくなり。視線を彷徨さまよわせたマケインの様子に、家族は全員何かを察した。


「ほら、やっぱり思い当たる節があるのよ! 兄貴ったら、一体何をしたらこんな恐ろしいことに……」

「な、流し、そうめん」


「……は?」

「ナガシ、ソウメン」

 意味が分からないミリアが、不思議そうな顔になる。言われた呪文の意味を考え込んだ少女を残し、マケインは慌ててこの場から逃げることに決めた。


「あっ、こらどこに行く!」

「食神殿のダムソン様に相談しに行きます!」

 このままつるし上げられていても、らちが明かないだけであるので。

マケインは、出されたカモミールティーを飲み干してこの辺りで一番の知識人であるダムソンのところまで走った。




 いつの間にか馬の乗り方を覚えていた。

知らないうちに俺はこの世界に馴染なじんでいく。

世界の広大な大地と風を感じ、息をする度に彼女の面影を探す。

十神の一人。神様として君臨するトレイズには、この地上はどういう風に映るのか。

聞かない方がいいと思った。案外、いたずらに退屈な繰り返しだと言われてしまいそうで怖くなる。


 食神殿で。

女の香水の匂いを漂わせながら艶々(つやつや)した顔色で現れたダムソンは、ゆり椅子に腰かけながら顎に手を当てた。

目の前にはマケインのギルドカードがある。


「……弱ったのう。このような前例、聞いたことがない」

「そうですか」

 同じ男同士、ダムソンが先ほどまでおぼれていたものが分かる。ほどほどにしておくように忠告しておきたいような気もしたが、余計なお世話だと思った。

気軽に誘われて同じ穴のムジナになったら怖い。

……それに、俺にはトレイズがいる。


「好きよ」

 そう言われたことを思い出し、一気に頭髪の先端まで熱が駆け巡った。

めちゃくちゃ可愛いあの女神様が、俺に向かって甘い言葉を囁いてくれる。その記憶は思い出しただけでも凶悪だ。

よくもあそこで冷静さを取り戻せたものだ。普通だったらあのままなだれ込むようにそういうことになってしまうところだ。

年齢イコール童貞を舐めるな。もう少し時間の猶予ゆうよがないとこちらの精神がもたない。いくら貴族といっても流石に十三歳で不健全を覚えるのはまだ早いだろう。せめてあと二年ぐらいは待った方が……。

口を押えて真っ赤になっているマケインに気付かぬように、ダムソンが喋る。


「そもそも、常識というのは多数派だから常識なのじゃ。あの訓練には、長年の魔法研究の統計というものがあったはずで……、聞いておるかの?」

「つまり、普通であればありえないことが起きた、というのは分かりました」

 にやけそうなのを取り繕い、マケインはきりっとした顔で話す。その引き締まった表情を見て、ダムソンは満足そうに笑った。


「そもそも貴殿にお決まりを求める方が間違っておったような気もするがの。……そうなると、王都の知り合いへ其方そなたを紹介した方が確実やもしれぬな」


「魔法に詳しい人が誰かいるんですか?」

「一人、儂の古い腐れ縁がの。これでも儂、色々とこの国の中枢に関わっておるものでな」

 ぎょっとしたマケインに、爺は人差し指を立てる。


「皆には内緒じゃよ」

「そういうことを俺に教えないでくださいよ!」


「ほっほっほ、今ここで紹介状を書くからゆっくり茶でも飲んでいくとええ」

 そういえば、ダムソンは一体幾つなのだろう。

年齢も神殿に入る前の元の身分も分からないが、実はもしかしてかなり偉い人なんじゃないのか? この間の勝負では伯爵に物怖じせず意見していたよな?

そんな人物にスライディング土下座をさせてしまった俺ってもしかしてかなりヤバい立場にいる人間なのでは……?

ようやく自分の危うさに気付き、マケインはサッと血の気が引く。


「ダムソンさん、俺、どうしたら貴族の人たちに認めてもらえるようになれるでしょうか」

「ほお?」


「今のままではいけないってのは漠然と分かってるんです。このままただの男爵家を継ぐだけじゃ、トレイズと一緒にいられなくなる。俺には、強さが足りない」

「ふうむ……」

 ダムソンさんがこちらを試すような目を向ける。その輝きに立ち向かって真っすぐに見返すと、彼は考え込みながら言った。


「そうじゃのう、まずは味方を増やすところから始めた方がいいのではないか?」

「味方ですか?」


「そうじゃ。どのように優秀な魔術師でも、勇敢な剣豪であろうと一人でできることなど所詮たかがしれておる。信頼できる仲間を増やしていくことじゃ。それがマケイン少年の力となる」

 広く学び、世界に目を向けるのじゃ、とダムソンは言った。


「どんなに強い英雄でも、案外数の暴力には敵わないものじゃよ」

「ありがとうございます」


「あまり妻を増やすと、女同士で結託して家庭内でも同じことが起こるのが怖いところじゃ」



 ぶるりと震えたダムソンさんの忠告を、俺は深々と心に刻んだ。




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