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☆33 この世界でハンバーガーを作りたい




 留守番組だった妹、おおよその事の次第を聞いたミリアは青ざめて叫んだ。


「どうするつもりなのよ、こんなことになって!」


 どうするもこうするもない。

こうなった以上は、もう決闘の撤回てっかいはできそうにない。

黙りこくっているマケインに、唇を悔しそうにみながら妹は言う。


「まさか、アンタもう諦めてるわけじゃないでしょうねっ でくのぼーなアンタはともかく、エイリスのことはどうするのよ! うちは破産よ!」


「……あきらめるだって?」


 まさか。

そんなこと、考えるはずがない。

恐る恐る様子を伺っていたミリアは、ハッとしたように呟く。


「もしかして、満更まんざらでもなかったりするわけ? その、お貴族様とやらを悩殺した自分のびぼーってのに……」

「普通に気持ち悪いわーーっ!」


 こちらが沈黙しているのをいいことに、なんてことを言ってくれるのだ。

マケインは強く主張し、叫んだ。


「俺だってなあ、摩訶まか不思議な転生をして、こんな見た目になっちゃってはいるけど普通に男としての価値観っつーかプライドはあんの! 残ってるんだよ! それをあんな風に口説かれて気分がいいと思うか!? 最悪だよこん畜生ちくしょう!」

 あの野郎……、完全にエイリスより俺の方にロックオンしてきやがった!


 全身から身の毛がよだつ思いになったマケインは、暗い視線をモスキーク邸の屋敷の中へと向ける。

そこでは、カンカンになったマリラが思いつく限りの罵倒ばとうで大して役に立たなかった自分の弟を罵っている図と、何故かは分からないがとても悟りを開いたように穏やかな表情になったダムソンが、怒りで氷の女王になったトレイズのオットマンになっている地獄絵図じごくえずが繰り広げられていたからだ。


 なんというか……精神衛生と情操教育に悪い。

ここはどこの宵町のSMバーだ。


「あー、その、マリラ。相手はうちよりも上位の貴族だったのだから、抗議もその辺に……」

 その怒りを止めようとしたルドルフ・モスキーク男爵は、妻からぎろりとしたタカのような眼差しを向けられてタジタジとなる。


「たとえ貴族であろうと、このような結果になってしまっては負けたも同然ではないですか! あなたはマケインがカラット家の用意した料理人に勝てるとお思いですか!?」

 悲壮感のこもったマリラの言葉に、一同は黙り込む。

彼女は常識人だ。普通にこの世界の常識で考えたら、どんなに才能があろうとも齢12歳になったばかりの少年がプロの料理人に敵うはずがない。

確かに、自分の家の息子がすごいのは分かっている。けれど、相手は大人だ。

王都の料理人というのがどれほどすごいのかは知らないが、子どもと大人の勝負なんて、もう結果は分かり切っているではないか。


「にいちゃ、負けたら私達はどうなるの?」

「ルリイ……」

 泣きそうな顔をしているのはルリイだ。

しおれた花のようになってしまっているその泣きべそ顔を見て、マケインは慌てて言った。


「だ、大丈夫さ! 要はあのパンよりもっと美味しい料理を作ればいいだけの話だろ!」

「「……え?」」


 唖然あぜんとしたのは、トレイズとダムソンだった。

呆気に取られている周囲に気付かず、マケインは焦りながらも話し続ける。


「だってさ、流石に料理対決にパンだけを持っていくのはおかしいと思うし! パンってようは主食だろ? やっぱりそこには美味しいおかずと組み合わせてこその真骨頂しんこっちょうというか……」


「ちょっと待って。旦那様」

 トレイズが、くらくらしながら問いかける。


「確かにね、あたしはあの貴族に旦那様なら勝てるって言ったわ。これ以上なく宣言した。けどね、あのパンよりも美味しい料理を作るなんてそんなこと不可能じゃないかしら?」

「どうして?」


「そもそも、『天上のパン』はこの世界の文明を変えるほどの発明よ。普通だったら一代限りでも爵位しゃくいを貰えるような功績なのに……」

「ええ……おおげさだなあ……」

 マケインはトレイズの熱心な言葉に少し引く。

一連のやり取りに、ダムソンが真剣な表情で口を開いた。


「マリラ殿。少しいいですかな」

 戸惑うように視線を上げたマリラに、神官長は話し出す。


「確かに、普通であれば今回の決闘は無謀なものであると感じられるかもしれませぬ。しかし、マケイン殿はどうにも神殿側からしても規格外といいますか、類まれなる何百年に一度の天才であるように思われてならないのじゃ。

こちらには食神様もおられることじゃし、この家の全財産がかかっているとはいえ、もう少し少年を信じてあげてもいいのではないかのう……」

「でも……」

 神官長の言葉を聞いてマリラの瞳に、迷いが生まれる。


「エイリスの娘御が家族のように大事なのはよく分かる。じゃが、怒るばかりでは周りが見えなくなってしまいますぞ」

「……お恥ずかしい限りですわ」

 うん、この一連のセリフを聞いている限りではとても良心的ないいお爺さんだ。

だから早くトレイズの足置き場から人間の尊厳を取り戻して欲しいな。そうすればもうちょっと心が素直に感動できそうな気がするんだ。

ルドルフが俺と同じことを思ったのかさりげなく視線を外す。何度かわざとらしい瞬きをしてみせた。


「……マケイン様」

「うん。俺、勝つよ」

 エイリスの茶色の髪は震え、泣きそうな瞳が揺れていた。

不安そうなその憂いを消し飛ばすほどの美味しい料理を作ってみせなくてはならない。それが自分の役目なのだと改めてマケインは自覚をする。


「そんなに心配しないで。絶対、エイリスのことは俺が守るから」

「……はい、でも無茶はしないでください」

 ひんやりとした指先でマケインの手がきゅっと包み込まれる。その柔らかな感触に脳がとろけそうになっていると、トレイズがほおを膨らませてこちらを見ていた。


「旦那様っ! エイリスだけずるい!」

「いや、そもそも俺はトレイズの夫じゃないから!」


「なんでいつまでもそういうことを言うのよ! あたしがどれほどあなたのことを心配してると……思って……」

 ふるふると小刻みに震えたトレイズの、そのあふれそうな萌黄色の瞳があまりにも綺麗に澄んでいたので、俺はびっくりして見惚みとれてしまった。


「……もういい」

 空に光る星を詰め込んだような瞳。

意志の強い輝きのままにマケインをにらむと、彼女はねたように呟いた。そのまま横を向いてしまう。

ダムソンが、こちらに困りながら話しかけてくる。


「それで、マケイン殿。貴殿はこの勝負、何を作るおつもりですかな?」

 返事は、もう心に決まっていた。

全てはこの為の下準備にすぎない。

考えるよりも先に、口からその単語が飛び出してくる。


「……俺はファストフードの王様、ハンバーガーを作ります」


 ――今度こそ俺はこの世界で、本物のハンバーガーを再現して見せる!

 どんな困難があろうとも、マケインの決意は固かった。





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