☆27 そうだ、冒険者ギルドに行こう
意外とでけえ!
冒険者ギルドの建物を見て、そう思った。
出発前。ダムソンさんから届いたきらびやかな紹介状を手にした俺に、エイリスが言った。
「冒険者ギルドでしたら、私の友人が受付でいますよ?」……と。
そういう事情で、今、俺ことマケインの隣にはメイド服を着たエイリスがいる。トレイズも一緒に行こうとしたものの、何があるか分かったもんじゃないので却下した。
ううむ。食神である彼女を守れないのは決して俺が非力なせいではないと……思いたい。
「俺たち二人で大丈夫だったかな?」
「そうですねえ、ギルドには荒くれ者も多いですけど……」
エイリスはのんびりと喋る。
その何も考えてなさそうな空気に、マケインは少し不吉な予感がした。
「……ほら、大抵はさ。ギルドって新参者には通過儀礼みたいに喧嘩を売られたりとかするじゃん?」
小説でお決まりのアレだ。
マケインの言葉に、エイリスは不思議そうに小首を傾げた。
「うーん、多分大丈夫ですよお。マケイン様はお貴族ですし」
「今の俺を見て普通の貴族に見えると思うの?」
確かに元の仕立てはいいけど洋服はツギだらけ。所詮貧乏男爵家止まりといった服装だ。むしろそこらの商人の方がよっぽどいい恰好をしている。
言っていて自分で情けなくなり、マケインは悲壮感を込めて顔を覆った。
「あはは……」
エイリスもその点は否定しない。
そんな彼女と手を繋いで、少年は言う。
「……やっぱり剣も魔法もできないってのは問題だよな」
「どうしてですか?」
「だって……男なのに女の子を守ることもできない」
ボソリと呟いたマケインの表情は暗い。
大人びた発言をした少年を見て、成長を感じたエイリスは穏やかに微笑んだ。
「さあさあ、こんなところで立ち止まってないで行きますよ!」
「え、ちょっと! まだ心の準備が!」
悲鳴を上げたマケインをエイリスは無理やり押して建物の中に入る。泡を食ってギルドの入り口に現れた俺を見て、そこに居合わせた鎧を着た男達がじろりとこちらに視線を送った。
まるで前世の郵便局や銀行に入った時の緊張感みたいだとマケインは思った。
大きな掲示板には、様々な仕事が一覧になって貼られており、その手続きはカウンターで行うらしい。内装は意外にも清潔感を感じさせ、大勢の人間で溢れている。
傭兵や冒険者たちは一目でわかる。どことなく荒々しいオーラで、鎧や剣で武装しているからだ。そんな彼らに圧倒されてしまったマケインは、影へ影へとぎこちなく動いた。
「おい、あのメイドを連れている子、可愛いな」
「……ちょっと幼いけどあんなに可愛い子、この辺りにいたか?」
聞き取れないひそひそ声が聞こえる。
マケインは若干の居心地の悪さがあった。
(なんでだろう、注目を浴びているような……)
なるべく目立たないようにしているはずなのに、主に男性の視線がこちらへと集まっている。そのことに気付き違和感を覚えながらも俺はようやく受付へと到着した。
「おっ エイリスちゃんじゃーん」
受付に座っていた軽装の女子が、エイリスを見てニヤッと笑い声を掛けてきた。へそを出したタンクトップに、ジャラジャラとした腕輪。眩いほどに短い半ズボン。腰には短剣を下げている。とても健康的なお姉さんだ。
「ぎゃ、ギャルだ……」
思わずマケインが呟くと、彼女は笑う。
「うーん? 今の言葉ってどういう意味かな?」
「あ、あなたのような若くて元気な女の子のことです……」
その露出度の高さに。マケインは言葉を選びながら視線を逸らす。
「なるほど~」
確かにこの受付嬢。愛嬌のある顔立ちはしているけど、俺としてはエイリスの方が質素で可愛らしい見た目をしていると思う。胸もエイリスの方がでかい。そんなことを正直に言ったら両方から殴られそうなので言わないが。
「あたしの名前はソネット。この冒険者ギルドの受付をやってるよーん。お嬢ちゃん、今日は何の用事かな?」
「……あの、推薦状をもらって来たんですけど……」
お嬢ちゃん、と言われたのは気のせいだろうか?
大事に持ってきた羊皮紙を見せると、受付嬢であるソネットがぎょっとする。
「ちょ、ちょっと待って! これってお貴族様の書いた書面じゃん!? 一体どこからそんなものを……っ」
「食神殿の神官長のダムソンさんからですけど」
「ひいっ」
ソネットはガタガタ震えている。
その余りの怯えっぷりにマケインが困惑していると、エイリスが誇らしそうに胸を張った。
「そうです、マケイン様はすごいんですよ!」
「ちょっとエイリス! この子ってば何者!? とりあえずギルドの案内をすればいいの!?」
「そうですね。それと一緒にマケイン様のカードの登録もしてください」
「もしかしてこの子って……そ、そそそれだけでいいのなら……」
受付嬢は軽く咳払いをし、引き攣った笑顔を浮かべた。
「この度は、冒険者ギルド『獅子の頂』へようこそ!」
ソネットはよどみなく説明を始める。適当そうに見えながらも仕事はきちんとやるタイプらしい。そのことにマケインはようやく安堵する。
「ギルドは国や地域ごとに分かれていますが、うちは何といってもこのアストラ大国の中でも大手! 安心な冒険者生活をサポートします!
ギルドの中での冒険者のランクは上からS・A・B・C・D・E・Fと別れており、初心者は一番下のFランクから始めてもらいます! 階級を上がるにはクエストを受けたりして功績を積んでください」
なるほど。分かりやすいシステムだ。
「あの、ここって貴族でも登録していいんですか?」
「勿論大丈夫です! お貴族の方でも武勇を示すためにここに所属している方は非常に多いんですよ」
「……でも、俺、冒険者として活動する予定じゃないんですけど」
俺がやりたいのは商売だ。
その弱り切ったマケインの声に、エイリスが笑う。
「マケイン様、恐らく神官長様はギルドカードを作ることを勧められているのだと思いますよ」
「ギルドカード?」
「この国では身分を証明するのにギルドカードが一般的なんです」
エイリスの説明を聞いたマケインの怪訝そうな顔に、ソネットは元気に言う。
「そう、ギルドカードさえあればどの街にもスムーズに入れるし、自分の今のレベルやスキルも整理して他人に教えることができるんだ!」
「それってどの国でも使えるのか?」
「勿論、これにおいては各国共通だよ!」
……とりあえず、従っておいても損はなさそうだな。
ようやくマケインは自分が何のためにここに来たのか理解する。
「手続きをするには、この羊皮紙にご加護の種類とか必要なことを書いてもらって……よし、あったあった。水晶玉で魔力を測ってもらうよ。うちの特別な水晶玉なら絶対に割れたりしないからね」
「嫌な予感しかしないんだけど……」
マケインは恐る恐る水晶に手で触れる。すると、わずかな光が灯った。
「……なるほど、この歳ならこれでもしょうがないか」
少し肩透かしを食ったようにソネットが笑う。その反応を見て、マケインは自分の嫌な予感が的中したことを知った。
「魔力は訓練で増やせるから、そんなに落ち込まなくてもいいよ。ちょーっと普通の貴族より少ない程度だから気にすんなって!」
「いや、気にするわ! 普通に気にするっての!」
思わず俺は突っ込みを入れる。
「大丈夫大丈夫、後は努力と根気! でも魔法使いを目指すのはあまりお勧めしないけど、うん」
「うわああ……」
これでも貴族のはずの俺は頭を抱える。
エイリスがフォローを入れようとしてこう言った。
「マケイン様! 私だって同じくらいの魔力ですし!」
「…………そうか、ありがとう」
そう言われても、余り気分的に浮上はしない。
まさか、食神の加護をもらっている人間ってみんな基本的にポンコツ魔力なのか? そんな疑惑が鎌首をもたげる。
「なんだったら修行法が書かれた羊皮紙もあげるからさ、元気だしなって。これ、本来はお金をもらう代物なんだけど、あの神官長様からの推薦ならタダでいいよ」
「あ、ありがとう……」
ダメもとで修業してみるしかないか……。
暗い顔のマケインは、カウンターから渡された羽ペンで慣れないながらも字を書いていく。思い出せるか不安だったけど、どうにかこの世界の文字は身体の記憶に残っていた。
「君、もしかしてどこかのお貴族だったりする?」
「どうして分かるんですか?」
「メイド姿のエイリスが一緒ってことは仕事中ってことでしょ。それに、ダムソン様からの推薦状なんて普通は死んでも手に入らない。それを考えると、君はこの辺りを治めるモスキーク男爵家かそれ以上の地位の貴族様なんじゃないかって」
「……そうですね」
それを知っててこの口調ということは、この受付嬢の神経は相当太い。
「俺に不敬だと酷い目に遭わされるとは思わないんですか?」
「友達のエイリスがあんな風に笑ってるってことは君はそこまで酷い人間じゃないってことだよ。あたし、生まれは良くないけどこれでも色んな人種は見てるから眼力に自信あるんだ」
にやあっと笑われて、マケインはたじたじになる。
この人には勝てない。そんなカーストにも似た精神的な階級差を感じ、俺は話を逸らした。
「エイリスとはそんなに仲がいいのか?」
「そりゃもう、同じ村の出身だからね。まあ、あたしの母親は流浪民だったからこの辺りの人間じゃないんだけど」
「流浪民?」
「旅をしながら生きている民のことだよ。戦とか色んな事情で故郷を失った者がなることが多いね」
そうか。住んでいるところを侵略されて土地を追われる人間も存在しているんだ。その重みにマケインが俯くと、ソネットはケラケラ笑う。
「流浪民だった母を受け入れてくれたモスキーク家には感謝してるんだ。普通はこういう立場の人間って虐げられたりするんだけど」
「……そうか」
「そんなに暗い表情しないでよ、ありふれた話なんだからさ」
そんな話をしながらギルドカードができるのを待っていたマケインに、誰かが話しかけてくる。振り返ると、そこには鎧を着た茶髪の青年が立っていた。
何か用でもあるのだろうか。
「あの……君、この後って暇かい?」
「なんで?」
「良かったらだけど、僕と一緒にお茶にでもいかない?」
これは、もしかしてエイリスではなく俺に聞いているのか?
言われている意味が分からない。
ポカンとしているマケインに、チラチラこちらを見ながら顔を赤らめている青年。ギルドの中にいた他の人間はそのセリフを聞いてどよめいた。
大勢のむさ苦しい男達が我先にと、カウンター前にいるマケイン目がけて突進してくる。
「お、俺も! そんな奴ではなく俺と一緒に遊びに行かない!?」
「いや、オレと一緒ならもっといい服をプレゼントして……! 一目見た時から決めてました!」
「俺のランクはBランクですよ! この領内で一番の剣の使い手で……っ」
そんなギラギラした男集団に迫られている俺に、ソネットが大声を上げる。
「ちょっと、アンタ達何を盛ってんのよ! マケインちゃんが可哀そうでしょ!」という怒鳴り声に、マケインはようやく事態を悟った。
これは……まさか。
「ソネット。今なんて言った?」
「え?」
「名前だよ、名前」
「ああ、男の子みたいで不思議な名前だよね。マケインちゃん。噂ではこんなに可愛いお嬢さんだなんて聞いてなかったから」
その瞬間、沈黙が辺りを支配した。
「……ちょっと待て。俺のこと、女だと勘違いしてないか?」
「違うの?」
「俺は……これでも、男だーーーーーーーーっ!!」
ソネットが驚愕の叫びを上げる。
「ええーーーー!? そんなに綺麗な御顔をしていたのに!? やだやだギルドカード女の子だと思って作っちゃった!」
「最初に聞いてくれよ!」
……もうすぐ出来るはずだったギルドカードが一度作り直しになった。




