☆0 プロローグ
異世界、アムズ・テル。
元は下級貴族だったモスキーク家の跡継ぎだったはずの少年、マケインのところには、今日も様々な存在が集っている。
例えば、それはこの世界の食を司る女神だったり。桜色の腰までのロングヘアに、萌黄の瞳を持った少女が、夫として選んだマケインに向かって話しかける。
「……こんな時間に起きだすなんて、今度は一体何を作るつもりなの?」
その好奇心に満ちた口調はどこまでも楽しそうだ。
考え事で上の空のマケインの返事に、女神は美しく微笑む。
例えば、それは希少種である金虎の獣人少女だったり。
金色と黒色に毛先が跳ねたショートボブヘアーに、マリンブルーの澄んだ瞳をした小柄な女の子。
「少し、でいい……から、味見、したい」
小さな声で紡がれた言葉に、マケインはぐしぐしと頭を撫ぜてやる。すると、たちまち彼女は嬉し気に喉を鳴らした。
例えば、それは一介のメイドだったり。
貧しい農村出身の、柔らかな茶色のセミロングをした、豊満な体つきが特徴的で素朴な人間の娘。
畳む前の洗濯物が入った大きな籠を運んでいたメイドは、通り過ぎたマケインに振り返って、こう呟く。
「あ、マケイン様、待ってくださいよう!」
その拍子にうっかり転んで籠の中身が宙へ舞う。
例えば、それは性格の悪い巫女だったり。
床に散らばった洗濯物を見て、豪奢な金髪を振って怒り出す。
「ちょっと! これは誰が片づけていくのよ!」
「……リリーラ殿、まるで自分がいつも片づけているような言い草だな」
「うぐっ」
例えば、それはエルフ族の血を引く女性剣士だったり。
涼しい銀の瞳を向け、冷静に事態を俯瞰して腕組みをする。
「だ、大体あのメイドはずるいのよ! こうやってドジなところを見せてすぐ可愛い子ぶるんだからっ」と巫女が話せば、
「それは考えすぎというものだろう。もしくは、可愛くない己への僻みというのだ」と剣士はため息をつく。
その返事に怒り出した巫女と口論をしている剣士を置き去りにして、マケインは走り出す。
栗色の髪をした妹たちが、キラキラとした眼差しで言った。
「「美味しくなかったら許さないんだから!」」
その言葉に、兄であるマケインはニヤリと口端を上げ、靴を履いて市場に向かって走り出した。
空は青く、風は強く。どこまでも果てしなく続いていく。
際限なく広がっていく世界に、マケインは朗らかに笑った。
「さあ、理想のファストフードを作ろうか!」
――この物語は、前世の記憶を持ちながら食の神に愛された少年、マケイン・モスキークの異世界夫婦生活の物語である。
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