こまっちゃうナ
そろそろ退院後の生活をどうするかという話題も出始めたころ、母が鼻血を出して寝込んでいた。割といつもの事なので、おとなしくしてなよと笑っていたのだが。その翌日には点滴・心電図のモニターを付けられ、ナースコールを手元につながれた状態で出迎えられた。血圧が上昇し、脳梗塞の部分から出血を起こしたようだ。血圧が上がると鼻血を出すこともあるということで、念のために検査をしたところ出血が見つかったと説明された。出血の範囲は、脳梗塞とほぼ同じか僅かに広がった程度か。入院が延長されていく。入院中で幸運だったのだろう。
この頃から母の情緒不安定が顕著になってきたように思う。
ある日病室に行くと、足踏みマット式のナースコールが用意されていた。相変わらず、身体に麻痺はなく痛みもないため、思い付くとベッドを抜け出すらしい。ベッドにいるとイライラする。じっとしてると不安になるから何処かに行きたいと半泣きで訴えられる。入院当初は、会話を理解出来ているので記憶障害・言語障害であり、認知症ではないと説明されていたし、実際にも会話が続かないだけでオカシナ様子はあまりなかったと思う。これまでのんきに対応していた最大の理由でもある。ここにきて次第にいわゆる認知症といわれる状態に合致する症状が出始めてきていた。
もともと思い込んだら一直線な性格で、思い込みの激しい母だが脳梗塞によって理性の箍がはずれてしまった感じだろうか。脳出血で症状が悪化した可能性もあるが、目の前にある物の名前が分からない・言葉が話せないという状況に慣れ、自分自身に意識が向き始めたのも原因かもしれない。家族の名前が分からない。自宅の場所が分からない。過去の出来事が昔の事か最近か分からない。分からない事に激高したり、泣き崩れたり感情のコントロールができない状態が続く。脳の障害が原因なので、説明しても納得しないし、次第に記憶の空白を思い込みで埋めるようになってきた。例えば、自身の兄が亡くなった事は理解しているが、葬儀に参列した記憶がないとする。記憶が無いのだから自分は参列していないに違いない。亡くなった事を隠してたのか。兄嫁が悪意で自分を呼ばなかったに違いないと怒り出す。時間を掛けて説明し、落ち着かせても、一晩たてば元通り。
夢を見ては妄想を育て、昔を想い出しては記憶を捏造する。終わりが見えない。