70年を越えて
ケータイのアラームが鳴り響き、俺を浅いまどろみから引きずり出す。表示された時刻は午前八時。デートが十時からだからあと十分はイケる。
「おーきーろー」
不意に爆撃音が響く。ちなみにこれは通知音だ。
恐る恐るLINEを開くと大量の通知、そのうち九割がニュース系のやつで、残る一割が彼女のもの。
「はあ…………起きないとダメかあ…………」
ベッドから落ちるようにして床に転がる。フローリングの冷たさが心地よすぎる時期だが意を決して立ち上がるとそのまま洗面所へ向かう。
誰か今の眠気を保存して、寝るときにまた使えるのを造ってくれないかなあ。
そんなことを考えつつ身支度を済ませていざデート。
付き合ってから五年が経つのだが、まあ、その話はまだ出ていない。
彼女はフリーのジャーナリストで俺は歴史研究家。仕事の関係で知り合ったのが五年前、彼女の祖父が太平洋戦争で亡くなったらしく、それを調べるために俺の調査を取材したのが最初だ。
「遅ーい」
腰に手を当てて怒る彼女に手刀を切って謝りつつ駆け寄る。
「あー、えー。また海底調査に行くんで一か月間会えません」
俺がやっと本題を切り出したのはカフェに入ってからだった。
「次はどこ?沖縄?ハワイ?」
「レイテ沖……」
そこで沈んだと言われる「将龍」の調査のためだ。
それを聞いた彼女はどこか複雑そうな顔をしながらカップに口をつけて言う。
「うーん、なんかね……お爺ちゃんが将龍に乗ってたらしいのよ」
「ほう……」
片眉をあげて応じる俺に彼女は続ける。
「この戦闘機分かる?九七式艦攻……っていう戦闘機なんだけど……」
彼女が見せてきた写真に写っているのは何度も見たような形、独特の細長いフォルムと後部銃座、俺のよく知る艦攻だ。そしてこいつは戦闘機じゃない。
「ああ……仕事柄よく知ってるタイプなんだが、これがどうかしたのか?」
「うん……お爺ちゃんがこれのパイロットだったらしいの」
「んなッ!?」
俺はちょっとばかり自分の耳を疑った。
九七式といえば死亡率のえげつなく高い対艦雷撃機じゃないか、そんなのに乗っていたとは驚き以外の形容詞が見つからない程の衝撃だった。
「す、すごいな……そんなんで終戦間際まで生き延びていたのか」
「すごい時代だよね……大空を翔る戦闘機と海を進む戦艦とかがいっぱいいるんだもの、今じゃ考えられないよ」
「…………」
いや、俺はそれがある場所を知っているのだが……。
などとは口にせず、首を縦に振る。
「あれ?なんで戦死したんだっけ?」
俺のささやかな質問に彼女は首を傾けて答えた。
「いやーそれが分からないのですよ、私が知ってることは将龍に乗っていて戦争の最後の方で戦死しちゃったってことぐらいだもの」
「ふーん……」
その日のデートはそこで終わった。
調査当日、レイテ島沖で俺たち調査チームは将龍と思われる沈没船を発見した。
詳細を調べるために探査艇に乗り込んだ俺は、将龍の近くに行き、その姿をデータに収めた。
その刹那。
巨大な衝撃と共に俺は意識を失い、そのあとのことは覚えていない。