プロローグ
『十字の方角に敵編隊三、対空迎撃準備‼」
空母内に金属独特の響きを持った声が響いた。
昼寝していた者から掃除していた者、写真を撮っていた者までせわしなく動き出す中で、俺も甲板に向かう。
この空母を中心に全方位に配置された哨戒艇が敵航空隊を補足すると同時に、この旗艦に伝達、航空隊を迎撃に向かわせるという典型的な防衛スタイルであるが故の堅実性で多くの敵を殺してきた。
『発艦準備よし‼…………行くぞ‼』
単座式戦闘機が甲板に風を誘い、遥か彼方の敵部隊へと飛翔する。
全部で二十機、ベテランぞろいのエース部隊。彼らが見えなくなるまで、整備兵達は手を振った。
『ここまでかッ』
『援護に回る、待ってろ‼』
『————ああ、かあさん……』
『アルファスリー、コントロール不能ッ』
『————————』
最期の声が無線機越しに伝わる。最後の友軍機までもが炎を纏って墜ちていく。
友軍機、ゼロ。
敵機一。
防衛線は突破され、大編隊は遥か後方、俺達の家を目指し突き進み続ける。
最後まで留まった敵機は旧式の――――対艦雷撃機。『九七式艦攻』
『畜生‼』
翼から火が噴き出す。
刹那の漂白。
前方に回った敵機のパイロットが薄ら笑いを浮かべ、反転。
風防と風防がこすれそうな程近くを通り抜け、後部銃座の敵兵が俺の機体を機関銃で撃ち抜く。
耳障りな金属音、反応しない機体。何かがそっと首を撫でる。
海面まで三十メートル。
最期まで残っているのは奴の残虐な笑み。
海面まで――。
血で染め上げられた海の中で、ゆらりと、静かに何かがきらめいた。