完全なる殺害への挑戦
「なんだと?」
目の前の老人は顔を歪めた。いや、苦虫を潰した顔というべきか。しかし、すぐさま余裕の表情へと変わった。
「いや……そんなはずあらへん。ハッタリは効かへんで小僧」
老人はまた一歩近づく。飛び付けば届く距離まで近づいていた。
「ハッタリなんかじゃねえ。ただ、確証は得られてねぇってだけだ」
寒咲は老人の行動を振り返る。頭を切り落とされてから復活するまでの時間は、実に20秒。しかし、それは寒咲が老人へと近づくまでにかかった時間でもある。という事は、もしかしたら復活にかかる時間は、もっと少ないかもしれない。
そんな言い方をすれば、老人の有利さが目立つかもしれないが、そうではない。
例えば、老人は即死ダメージを受けたとしても10秒以内に能力で復活できるとする。という事は、逆に言えば10秒以内でないと復活できないという事にならないだろうか。
そもそも前提として、能力を使うという事は意識が無いと本来不可能な事なのだ。しかし、今回に限って言えば、あの老人は首を切り落とされても意識を保てるかもしれない。
西洋の死刑囚に、ギロチンで斬首された後に30秒間に渡って瞬きをした人がいたという。もし、人間が頭を切り落とされても数秒間なら意識が残っているとすれば、老人は能力で復活したのも頷ける。
つまり、寒咲が知るべき情報はあの老人が何秒間首を切り落とされても意識が残っているのかという事、そして復活するにあたって何か条件があるのかということ。それだけだった。
「まぁジジイさんよ。ちょいと俺の実験に付き合ってくれや」
寒咲は後ろに置いてあった花瓶を掴んだ。もちろん、中には花花の為の水が溜まっていた。
その花瓶ごと老人に投げつける。老人は両手をクロスさせ、花瓶から身を守った。しかし、寒咲の狙い通り中の水は老人へと飛び散った。
「もっかい死に晒せェ!」
その水は先程と同じく日本刀へと変化し、勢いよく老人の頭を切り捨てた。
「がパッ」
老人の頭は老人の背後へと落ちようとしていた。しかし、寒咲はそれと同時に老人へと突っ込んだ。そして、地面に落ちた老人の頭を全力で蹴り飛ばした。この間3秒ほどだ。
「さっきジジイが復活した時、体と頭は近くに転がっていた。もし、能力適応の射程距離があったとするなら……頭と体を突き放せば復活できない!」
老人の頭はドアの近くへと転がった。血がそこら中に飛び散っており、まるでホラー映画の中に入ったみたいだ。
老人の体から、どす黒い血液がドロドロと流れる。ここまでで15秒は経過していた。
「どうやら……ビンゴみたいだな。案外あっけなかった気もするがな」
寒咲は老人の胸元へ耳を当てる。が、寒咲の耳には鼓動は伝わらなかった。寒咲はこの組織から脱出すべく、すぐさまこの部屋を出ようと思った。仲間の1人が殺されて、何も反応しないような冷徹集団でもないはずだ。この老人の死体を誰かに見られる前に、早く姿を眩ませなければならない。
寒咲はドアへと近寄った。転がっていた老人を頭を足で転がす。その老人の顔は少し笑っているように見えた。
「気色悪いな……」
寒咲はドアノブへと手を伸ばす。既に頭の中には脱出する方法だけが充満していた。しかし、人というものは一つのことに集中し過ぎると、その他の事は疎かになるものである。寒咲は知らなかったのだ……老人の手には小さな無線機が握られていた事に。
「アルスさんを殺したか。やれやれ、私が直々に指導してやらにゃあならんのか?」
ドアの向こうからそう声が聞こえた。