行動
「コーヒーを浮かせる……ですか?」
寒咲は、コーヒーの入れられたコップを覗き込む。真っ黒に染まり上がり、あの暗闇を思い出す。
「せや。さっきも言うたみたいに、君は既に能力者になっとる。まずは、心の中でイメージするんや。コーヒーがどのように動いて、どのように変形し、どのような末路を迎えるのか」
「イメージ……」
寒咲は目をつぶり想像する。文字通り、コーヒーが宙に浮く状況を。詳しく……そして繊細に。
「コーヒーカップの7cm上に、コーヒーの液体が長方形の形で浮き出す……」
するとどうだろうか。瞳を開けた寒咲が目にしたのは、まさに自分が想像していた通りの光景だった。
「成功……やなぁ」
老人はホッとしたような安堵の表情を浮かべた。それとは対照的に、寒咲は驚愕していた。
「うわああああ!マジで浮いたぁぁぁ!」
その非現実的な光景に、その言葉通りに目を背けた。寒咲の瞳には、観賞用の植物が映っていた。その時だ。
バシャァァ!と、突如宙に浮いていたコーヒーが、老人へとぶち撒かれた。
「熱づああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
先ほどとは打って変わって、怒りに満ちた表情となった。
「おどれぇ!何さらしとんじゃぁ!」
「ひぃい!すいませんすいません!」
イキナリの事で、いまいち状況が把握出来ていなかったが、寒咲には謝ることしか出来なかった。
ブチ撒けたコーヒーを拭き取り、老人の衣服も着替え終わったところで、先程の現象について聞いた。
「お爺さん。お言葉ですが、僕は何もしていません! お爺さんにコーヒーをブチ撒けようとか、野暮な事は考えてないんです!信じて下さい!」
「そんな事、最初から分かっとるわ」
老人は、入れ直したコーヒーを嗜んだ。おや、これはキリマンジャロ……ブルーマウンテンにしたハズやのにのぉ……と、何か言っている。
「では……一体、何が起こったんですか?」
「ええか?この世の中には完璧な人間なんておらんねや。それと一緒で、この世には完璧な能力なんてのも存在せん。どんな能力にも弱点がある言うことや」
ズズっと、コーヒーを流し込む。どうでもいいが、淹れたてを一気飲みして熱くないのだろうか。
「そんで、君のもった能力。それにも弱点があるんや」
「その弱点というのは……」
「……視界に入っとらんと、能力が適応されへんちゅうところや。自分、さっきコーヒーから目ぇ逸らしたやろ?」
確かに、寒咲は一瞬ではあるが、観賞用の植物の方へ目がいってしまった。
「常に視界に入っていないと駄目なんですか?」
「せや。やから、大事な時によそ見したりすんなよ? それが命取りになるかもしれへんねやからな」
あれ、もうコーヒー無くなったか。老人は立ち上がった。
「ま、とりあえずやけど能力は使えたし、別にルイルちゃんに預けても大丈夫そうやな! いやぁーワイの腕もまだまだ現役やで」
そう言って老人は、再びコーヒーを注ぎにいった。